第18話 エルフという種族
無名が女の子に魔法を教えていると何だ何だと他の子供達も寄ってくる。
最初は警戒していたが女の子が笑顔を浮かべているのを見て大丈夫な人間だと判断したらしく俺も私もとみな無名に教えを請おうと集まった。
「みなさん魔法を学びたい、という事で間違いないですか?」
「「「はーーい!」」」
元気のいい返事に無名も少しだけ顔が綻ぶ。
「では次はこの魔法はいかがですか?」
今度は風を上手く操りその辺に散らばっていた木の葉をまるで鳥のように子供達の周りを漂わせた。
たったそれだけだが子供達は喜び笑顔を浮かべる。
その様子を見ていたであろう親らしきエルフがおずおずと近付いてきて口を開いた。
「あの……子供達に危ない事はさせないでください」
「ええ分かっています。出来る限り安全な魔法を選んでいますので。火属性魔法に関しては教えるつもりはありません」
危ない事を教えているかもと危惧した母親だったようで、無名が懇切丁寧に説明するとホッとした表情を浮かべた。
「貴方は人間……ですよね?」
「はいもちろんです」
「その魔力量は一体……」
母親エルフも気になっていたのか探りを入れてきた。
答えないのも失礼かと思った無名は正直に自身の肩書きを述べる。
「僕は万能の勇者として王国に召喚されました。だから他の人より少し魔力が多いんだと思います」
「す、少し……?」
他の人間がどれだけ魔力を内包しているか分からない無名は少しだけ自分の方が多いと表現したがそれは間違っている。
エルフですら驚愕に値する魔力量を無名は有していた。
エルフの中でも精鋭であるマリアですら無名の魔力量に驚きを隠せなかった程で、普通のエルフからしてみれば無名の魔力量は化け物みたいに映る。
「貴方はいい人間なのですね」
しばらく子供の面倒を見ていると不意に母親のエルフが零す。
いい人間と言われて頷けるかといえばそうではない無名が反応に困っていると、エルフは話を続けた。
「貴方のような人間ばかりだったら……エルフは息苦しい生き方をしなくてもよいのに」
「それはどういう意味でしょうか?」
「エルフはどこに行っても狙われるんです。労働力や愛玩動物として……」
母親エルフの口から語られたのは、耳を塞ぎたくなるような内容だった。
エルフという種族柄、王国のように受け入れてくれる国もあれば亜人排他主義の国のように領土に足を踏み入れる事さえ叶わないのだと言う。
そして悪どい冒険者や野盗などに見つかれば、それこそ奴隷にされてしまうのだ。
「私達は普通に生きていたいだけなのに」
「なるほど……これから引っ越す所は安全なのですか?」
「そう聞いています。次の集落は魔族も人間も近寄らない場所だと」
エルフは魔力が高く魔法の才に恵まれた者が多い。
あまり悩み事などないと思っていた無名も眉を顰めた。
「僕がいつまでいるかは分かりませんが、貴方達と共にいる間は守りましょう」
それが贖罪になるかもしれないから、と続ける言葉は口に出さず胸の内に秘めておく。
「ああ、申し遅れました。私はミンフ、この集落では医者をやっています」
「無名です。何か困った事があればご相談ください」
遂に一人のエルフと打ち解ける事ができたと無名は内心喜んでいた。
名前を教えて貰うことさえできれば一人としてカウントしてもよい。
長老からはそう補足されていた。
一人のエルフと打ち解ければそこからは加速度的に受け入れられていった。
毎日子供達に魔法を教え、興味を持ったエルフが近付いて来る。
そのタイミングで話を振りミンフと同じように言葉を交わす。
集落に残っているエルフ全てと会話を交わすのに一週間で済んだ。
結果を報告しに長老の家へと向かうと、何やら揉めている声が聞こえノックもせずに中へと入った。
「なぜ引っ越す必要がある!我々エルフはいつも逃げてばかりではないか!今こそ団結して戦うべきだ!」
「分かっておらん!我々だけで魔族を迎え討てるのならば既にやっておるわ!」
「たかが魔族の一匹や二匹!力を合わせれば勝てない相手ではない!」
「一人の魔族に手を出せば奴らは必ず報復に来る!そうなればエルフは全滅するぞ!」
声を荒げていたのは無名が最後に名前を教えてもらったレインという男だった。
対する長老は疲れているのか声色が若干掠れている。
「今ならば勝てる可能性があるだろう!?こちらには勇者がいる!奴が手を貸してくれるのなら全滅はないはずだ!」
「それではエルフが力を合わせて撃退したとは言えん!」
「結局長老は戦いを避けたいだけだろう!俺はやってやる!これまで散々エルフだからと隅に追いやられてきた!人間の国も魔国も我々からすれば同じ!」
ヒートアップしてきた二人だが、無名の気配に気付いたのか同時に振り向いた。
「む、見苦しいところを見せたな無名殿」
「いえ、こちらこそ何かあったのかとノックもせずに申し訳ございません」
無名を見て落ち着いたのか長老は溜め息をつく。
「無名!お前はどう思う、正直に聞かせてくれないか」
「どう、とは?」
「魔族から逃げてばかりの現状を打開しなければいずれ我々の住処は失われる。反撃に出るべきか否か」
無名は考え込んだ後自分なりの答えを口にする。
「いつかは戦わねばならない。それが早いか遅いか、僕なら反撃に出る事を――」
途中まで口にして無名は固まった。
ここで反撃に出るという事は、無名に興味を持ち笑顔を見せてくれたエルフの子供達の命も危ぶまれる。
無邪気に魔法を見て喜ぶあの姿を忘れられなかった無名は姿勢を正し言葉を紡ぐ。
「いえ、死に急ぐ必要はありません。レイン、今ここで戦う選択肢を取るのなら子供達はどうするのですか?他にも非戦闘員は沢山います。どこに逃がしてどうやって守るか、それが明確になっているのならば僕はレインに賛同しますよ」
無名の言葉に長老は少しだけ驚いた顔を見せすぐにニヤッと笑みを浮かべた。
「だそうだがレイン?」
「……すまなかった。少し頭に血がのぼっていたらしい。そうだよな、子供達の事をすっかり忘れていた。あの子達はエルフの希望なんだ。絶対に死なせるわけにいかない……。俺が間違っていた長老。すぐに出立の準備を整えてくる」
レインはそれだけ言うと長老の家から出て行った。
「ふぅ、助かったぞ無名殿」
「いえ、僕はありのままを伝えただけです。もしあの場でレインが子供達の避難先、守り方を明確に説明してくれていたら僕はレインに賛同していました」
「ふん、無理だと分かっているくせによく言う」
長老は無名の言う明確な説明というのが無理だと理解していた。
そもそもそんな事が可能ならとっくに長老が実施しているだろう。
「無名殿もこの集落に来た時から少しばかり気持ちの変化があったようだな」
「はい。レイオールの死と子供達の笑顔を見ていると……」
「ククク、それが普通の感情というものだ。無名殿にはそれが欠落していたからあの魔女がここに送り込んだのかもしれないな」
慈愛、そんな感情を抱くことは今までになかった。
無名にとって必要なかったから。
日本に居た頃は常に誰よりも優れていなければならなかった。
それが教育方針だったから。
どんな事にも順位というものは存在する。
神無月家では二番手というものが許される家庭ではなかった。
頂に君臨してこそ神無月家の長男だと、口酸っぱく時には体罰を受け、教えられてきた無名が慈愛の心など持ち合わせているわけがなかった。
奇しくもこの世界に来て学ぶ事ができた無名は幸運だったといえるだろう。
あのまま日本にいればいつか心が壊れていたから。
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