第12話 指南初日
無名の問いにカイルは無言を返した。
その後、数秒間を開け頭をポリポリと掻きながら溜め息をつく。
「どうして見殺しにしたって言い切れるのかな?」
「よく考えればおかしな点はいくつかありました。まず一つ目、貴方が助けに来てくれた時一切の傷を負っていませんでした。ハルファスの魔法は完全に僕らの不意を突いていたにも関わらずです。二つ目、もしも完全に防ぎきったのであればすぐ攻勢に出れたはずなのにどうしてあれだけ時間が掛かったのか。三つ目、レイオールが死んだというのに貴方はハルファスを見逃した。あのまま続けていれば倒せたでしょう」
無名は疑問を全てカイルにぶつけた。
レイオールの死に意識が向いていた為気付けなかったが、マリアに言われてからよく考えれば意図があったとしか思えない行動の数々。
一度猜疑心を持つとそうとしか思えなくなってしまっていた。
「そんな事はないさ。たまたま当たりどころが良かっただけだし助けるのもタイミングを見計らっていただけさ。私でも伯爵級の魔族を相手にするのはなかなか骨が折れるからね」
「どれだけその言葉を信じられるかは分かりませんが、今は一旦置いておきます。ただし、もしもレイオールを見殺しにしたのだと分かればその時は……」
「その時は私を殺すといいよ。まあできるのなら、だけど」
今のままでは勝てるどころか指一本触れることすら難しいだろう。
更なる力を身に着けなければと無名は固く決意する。
「いやぁしかし、無名君にも命の重みが理解できたようでよかったよ」
「身近な人の死は悲しい、そう感じられたのは確かに初めてでした。ですがそれは貴方の思惑通りだったなら分かっていますね?」
「もちろん。さて、雑談はここまでにして指南を始めようか」
カイルには適当に誤魔化された気もしたが言葉にした通り、一旦置いておく事にした。
とにかく強くならなければならないのだ。
またいつ魔族に襲われるか分からない。
これが万が一、王国内だった場合被害は想像を絶する。
王国にも強力な騎士はいる。
剣聖ランスロットだ。
カイルの強さは底が見えないが、彼もまた底が見えない。
無名が出会ってきた人の中でランスロットとカイルは上位に君臨する。
そんな人物に手ほどきを受けられるのはとても幸運な事であった。
ただし師匠であるフランは別だ。
あれはもはや人外の領域であり、比較対象にはならない。
カイルの戦い方は無名と似ている。
魔法と剣を巧みに扱い近接から遠距離までと距離を自在に操れ万能タイプの戦い方だ。
「じゃあまずは攻撃してきてよ。私は反撃しない、防御に徹するから」
「分かりました」
最初に学ぶのは身を守る術。
どれだけ力が強かろうと防御力が劣れば長期戦はできない。
無名が斬りかかるとそれをダンスでも踊るかの如くカイルにヒラリヒラリと躱される。
何度か惜しい場面もあったが、決定打というにはほど遠い。
やがて無名が息切れしてくるとカイルが待ったをかけた。
「うん、君は持久力もないね。それじゃあ長時間の戦闘はできないよ」
「体力作りが必要だと?」
「そうだね。今日から毎日この湖を一周すること。その後で毎日指導してあげよう」
カイルは簡単そうに言うが湖を一周となると全速力で走り続けても一時間以上はかかる距離だ。
無名が顔を顰めるとカイルは更に鬼のような事を言いだした。
「はい、これ着けて」
カイルはポケットから取り出したリングを四つ無名の足元へと投げた。
地面に落ちるとドスンッとそれなりの重みのある音が響く。
「それ一つ五キロあるよ」
「全部で二十キロ……」
「そう、それ着けて毎日湖一周ね」
「わ、分かりました」
指南を受けている以上、できないとは口に出来ず無名は渋々ながら了承した。
実際に手足へ着けてみるとかなり重く感じる。
剣を振るだけでも一苦労だった。
「それ筋力トレーニングにいいんだ。ちなみに言っておくと過去に私が指導した勇者だけど、最後の方は一つ十キロのリングを着けていたからね」
無名は化け物かと口から出そうになった言葉を飲み込む。
そんなものを着けていれば動くことすらキツイ筈だが、それで結果は出たのだろうかと質問するとカイルはにこやかに頷く。
「それだけの重りを着けて最後は私に膝を突かせたよ」
「化け物としか思えませんね」
飲み込んだ筈の言葉が喉からスルリと出てきてしまう。
少し雑談を交えた後訓練を再開し、夜が明けるまで続いた。
「……あ、ありがとうございました」
「ウンウン、なかなか良くなってきているよ。まあでも踏み込みが浅いから次は私の首を刈り取るつもりでね」
結局一度も触れることすらできずに終わった。
無名は両膝を突き、肩で息をしながら頭を下げる。
こんなにも実力差がある相手はフラン以来であった。
もしも本当にカイルが魔族と結託していたとしてもレイオールの仇など取れやしないと実感させられていた。
それと同時にこれだけ強い人間でありながら、妻を失うような事に巻き込まれたというのが信じられなかった。
――――――
無名への指南初日は終わりカイルも自宅へと帰ってきていた。
そのまま寝るかと思いきや、地下室へと向かいまた研究の続きを再開する。
「うんうん、いい感じの色になってるじゃないか」
何らかの薬剤が入った小瓶を手に取るとじっくりと眺める。
満足そうにひとしきり眺めた後、ソッと机に置く。
「無名君は筋がいいね。あれなら過去の勇者すらも超える逸材になるだろう」
カイルは独り言を呟きながら部屋の中をウロウロと歩き回る。
「彼を生贄にするのもいいし、いや、あれだけ筋が良ければいよいよ魔神との戦いに挑めるかもしれないな……」
カイルは迷っていた。
妻の蘇生に必要な贄として無名を使うか、それとも過去に叶わなかった魔国滅亡の実現。
この世界から魔神が消えれば魔族らも散り散りとなり、各個撃破していくだけで平和が訪れる。
しかしカイル程の力があろうとも魔神は別次元の存在。
自身と同格の戦力が少なくとも十人は必要だろうと考えていた。
そればかりか魔神との戦いに挑むには周りを固める対魔族戦力も必要となってくる。
こればかりは各国が協力し合わなければ難しい。
「確かレブスフィア帝国にも勇者が二人召喚されたって聞いてたな……今度顔を見に行ってみるのもありかもしれないね」
勇者をかき集め指南してやればそれなりの戦力に激変する。
無名が殺してしまった法国の勇者はもったいない気もしたが、それを補える程に無名が強くなる可能性を秘めていた。
「ただ……王国の勇者、無名君以外は役に立たないな。あれならまだドレイクや長老に手を借りた方がマシだ」
カイルは既に顔を隠して王国に召喚された勇者を見に行っている。
その際、勇者としての力を十全に使えたとしても無名以外はパッとしない連中だと認識していた。
「まああの茶髪の青年は使えるかもしれないけど……うーん、あっちはランスロット君が手ほどきしてるみたいだし、私は無名君だけに集中するとしますかね」
黒峰だけはまだ筋がいいと言えた。
だが無名に比べれば数段落ちる。
あーでもないこーでもないと誰に聞かせるでもなく独り言を呟きながら様々な小瓶を手にとっては眺め、を繰り返す。
魔国との全面戦争はもう近いのだ。
妻を蘇らせたいという野望と魔国滅亡を実現するという願いが錯誤し頭を悩ませる。
今はまだ過去の勇者の手によって封印された魔神が完全に復活していないが、もう時間の問題であった。
「ふう、考え事をしても仕方がない。今はこれに集中するとしようか」
カイルは頭を振るとまた別の小瓶へと手を伸ばした。
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