第2話 エルフの森
エルフの集落にエルフ以外の種族はいない。
ある一人を除いて。
滅多に見ない人間が集落にいれば自ずと目立ってしまう。
マリアの付き添いの下、集落を案内してもらう際もジロジロと観察するような視線が突き刺さり、無名は居心地の悪さを感じた。
「……随分と見られますね」
「それはそうだろう。この集落に人間が訪れる事など殆どないのだ。お前が十年ぶりくらいに訪れた人間だぞ」
「十年前にも僕のような人間がいたのですか?」
「居たのではない。今もいるのだ」
エルフの集落に住み着いた人間がいると聞いて無名は驚きを露わにした。
これほど居心地の悪い場所に住み着くなど、よほど人間社会に馴染めなかったのだろうかと勝手に想像を巡らせる。
「その方は今どこに?」
「知らん。集落に顔を出す時もあれば森の何処かに居を構えて暮らしているそうだ」
「では神出鬼没な方なんですね」
同じ人間がいるなら会ってみたい。
居心地の悪さを少しは紛らわせるだろうか、無名はそう考え居場所を聞くが返ってくる言葉は自分で探すしか無いとの事だった。
集落内は活気溢れているらしく、興味深い人間を一目見ようとエルフの子供達は家から飛び出てきて無名をじっくりと観察している。
しかし近付こうとは思わないらしく一定の距離を保ったままだ。
「我々エルフは魔力が見える。だからお前の魔力も私には見えているのだ」
唐突にマリアに話しかけられ無名は子供達へ移していた視線を彼女に戻した。
「見える?どういった見え方なんですか?」
「身体を纏うような半透明のオーラだな。お前の魔力は質も量も私より多い。長老よりも多いかもしれん」
「なるほど……ではあそこにいる子供達にも僕の魔力が見えていると?」
「そうだ。不思議とお前の魔力は温かみがあってな。悪い気はせん。でないとそもそも村には連れてきていない」
どうやら無名の魔力はエルフが好むものだそうで、興味深そうに見てくる子供達もそれが理由であった。
「よし、着いたぞ」
マリアに連れて来られた場所は一軒の木でできた家だった。
ここに誰かいるのかと思ったがそうではないらしく、マリアがポケット鍵を取り出した。
「開けて入ってみろ」
言われるがまま無名はその鍵で扉を開ける。
中には木でできた机や椅子などが置かれてあり、無人だった。
「ここは?」
「ここがお前の住む場所だ」
「は?」
理解できず無名はとぼけた返事をする。
「お前が今日から住む家だ。前の住人は随分と前に集落を出ていってな。空き家になっている」
「ちょっと待ってください。ここに住むってどういう事ですか?」
「ああ、知らないのか。このエルフの森に飛ばされてきた奴は大体社会不適合者ばかりだ。お前の場合は命の重みを知る為。だからあの魔女がここに飛ばしたんだろう」
ちょっとした観光程度に考えていた無名は、驚きのあまり目を見開く。
フランはそういった意図があってこんな場所に飛ばしてきたらしく無名は文句の一つでも言ってやりたくなった。
「お前は人間社会で何をやらかしたんだ?」
「何も。ただ王国の為に戦っただけですよ」
「それだけでここに飛ばされるわけがないだろう。最初から話してみろ」
マリアに促され、空き家へと入ると椅子に腰掛ける。
無名はそこで事の顛末を細かく話した。
「はぁ……なるほどな。お前は確かに命の重みを理解できていないらしい」
無名の話を聞いたマリアは大きく溜め息をつき、ジトッとした目つきを向ける。
「なぜですか?相手は国に攻め入った敵兵です。何人殺そうが罪にはなりません」
「そうではない。……とまあ私が言っても無駄か。とりあえずここで命の尊さを学ぶといい」
「いつまででしょうか?」
「長老が認めるまでだな」
殆ど無期限であると知った無名は立ち上がると、家から出て行こうとする。
当然マリアが腕を掴みそれを阻止した。
「どこへ行くつもりだ?」
「王国に帰ります」
「ハッ!どうやって帰るつもりなんだ?」
「飛行魔法でですよ」
無名の言葉にマリアは腹を抱えて笑った。
ひとしきり笑った後涙を拭い口を開く。
「ここがどこにあるのか知っているのか?」
「王国の何処か……恐らくはずれの方でしょう」
「違うぞ無名。ここエルフの森は王国内ではない。アルトバイゼン王国の西にずっと行ったところにある」
マリアの言葉を無名は黙って聞く。
王国内でないとしても数日かければ戻れるだろうと考えていたが、次の言葉で無名は絶句する事になった。
「エルフの森から王都まで。およそ三千キロ。さて、お前はこの距離を自給自足で補いながら帰れるかな?」
――――――
マリアから聞いた王都まで三千キロという情報。
簡単に帰れる距離ではないと知り、無名は考え事をしたいと集落の端にある湖へ一人で来ていた。
湖のほとりに座り込みぼーっと水面を眺める。
どれだけの時間眺めていたのか、気づけば辺りは暗くなっていた。
(命の重みか……日本に居た頃は考えた事もなかったな)
世界が違うが故の価値観の相違。
日本であれば殺人行為に手を染めた事もなかったが、こっちの世界に来て既に何十万の人間を殺している。
それでも心が痛まないのは何故だろうかと自問自答していると、不意に背後に気配を感じ取った。
魔物か野生動物か、どちらにせよ警戒するに越したことはないと結界を張りながら後ろを振り向くとそこには一人の男がいた。
「ごめんよ、考え事でもしてたかい?」
「……いえ。貴方は?」
「おっと、名乗りが遅れたね。私はカイル。しがないおじさんさ」
風貌はみすぼらしく、とてもではないが貴族には見えなかった為無名は態度を改めずに座ったまま話を続ける事にした。
「カイルさんですか。ここで何を?」
「ん?この辺りは私の住処が近くてね。散歩してると誰かが座っているのが見えたんだ」
月明かりだけではいまいち顔も見えず、どんな表情をしているのかも分からない。
ただ、声質からして自分よりは歳上だろうという事だけは分かった。
「もしかしてエルフの森に住み着いた人間というのは貴方ですか?」
「そうだね。私以外に人間はいなかったから君を見つけた時は驚いたよ」
驚いたといいつつも冷静なカイルに無名は不信感を覚える。
「もしかして君が今代の勇者かな?」
少し間を置いてカイルの口から放たれた言葉は、無名が警戒する理由になった。
結界を二枚張り立ち上がるとカイルと少しだけ距離を取る。
「ああそんなに警戒しなくてもいいよ。私は君に危害を加えるつもりはないから」
「……貴方の素性が分からない以上、警戒を解くわけにはいきません」
「うーん、どうしたら信用してくれるかな?」
カイルは困ったような声で無名に問い掛けた。
姿も月明かりだけでははっきり認識できず、せめて顔くらいは見なければどういった人物かも想像できない。
そう考え無名はカイルにもう数歩だけ近付くように伝えた。
「じゃあいくよ?一歩、二歩、三歩。これでいいかい?」
自分に近付いた事でカイルの姿が先程よりも見やすくなった。
顔は四十代で服装は平民が着るような安っぽい布切れ。
ただ一つだけ気になったのはカイルの片腕がある位置には、風で靡く布があるだけだった。
無名の視線で気付いたのかカイルは苦笑いを浮かべ口を開く。
「ごめんごめん、驚かせたかな?私は右腕は無くてね」
カイルは隻腕であった。
回復魔法も存在するこの世界で部位欠損という事は、相当大きなダメージを受けたという事に違いない。
「そういえば君の名前を聞いてなかったね、教えてもらえるかい?」
「……神無月無名です」
「そうかそうか無名君と言うんだね。君もこのエルフの森にいるという事は……社会不適合者仲間ということか」
カイルは久しぶりの仲間と出会えたかのような表情で嬉しそうに笑った。
ブックマーク、評価お願いいたします!
誤字脱字等あればご報告お願いします。




