第37話 終戦
無名がルクレティアとエミリアを亡き者にした時、王国軍では歓声が上がっていた。
遠くからでも分かる法国の女王と勇者を殺した瞬間。
勝利は目前だと言わんばかりに王国軍の士気は最高潮に達していた。
「王国軍の勇者が法国女王の首を獲ったぞー!」
「「「おおおおおおッッ!!」」」
たった一人で剛剣ドレイクを破った勇者と闇魔法に特化した女王を倒したとなれば士気が上がらない筈がなかった。
後は法国軍が退いていくのを見届けるだけ。
誰もがそう思っていた。
「お、おい……あの勇者様、何しようとしてるんだ?」
様子がおかしい無名を見て、王国軍の兵士が呟く。
こちら側の本隊へと戻ってきてもいいはずだが、無名は一歩ずつ法国軍へと歩んでいく。
既に勝敗は決したはず、まだ何かするつもりなのかと兵士達は不審がった。
ゆっくりと法国軍に近づく無名。
無名の後ろに倒れている女王と勇者の亡骸を回収する為押し寄せる法国軍。
両者がぶつかるのは明白だった。
先に動いたのは無名であり、両手を広げ空に無数の魔方陣を浮かび上がらせる。
法国軍も迎撃態勢に入ったのか魔方陣が所々で浮かび上がり、弓手は矢を番え騎士は盾を構えた。
「|海神より放たれし霹靂千牙」
凶悪なまでの魔法。
オーバーキルとも言えるような魔法により法国軍は成すすべもなくその場に伏していく。
ただ数だけは多い法国軍は勢い衰えず無名の元まで駆けた。
「貴様はここでぇぇぇぇ!」
騎士の一人が加速系の魔法を使い無名の懐へと飛び込んだ。
剣を大きく振るうと無名はそれを剣で弾く。
「魔法使いが剣を扱った所でッ!」
騎士の二撃目三撃目が繰り出されると、無名は危うい動きで辛うじてさばいていく。
「クソックソッ!」
何度剣を振るおうが無名の身体に触れる事すらできず騎士は焦りの表情を浮かべる。
「貴方は……一般兵みたいですが、それなりに腕が立つみたいですね」
それどころか無名は冷静に騎士の動きを分析していく。
「その余裕の態度、いつまでもつ!」
「もう終わりですよ。貴方の動きは勉強になりましたから。雷光一閃」
次に放たれた斬撃を無名はすんでのところで躱すと、横に飛び騎士の心臓目掛けて雷撃を放つ。
「ガッッ――」
短い悲鳴と共に吹き飛んだ騎士は二度と起き上がる事がなかった。
それを見ていた法国軍の騎士達が個々に叫ぶ。
「隊長ー!」
「クソッ!隊長でも勝てねぇのかよ!」
「なんでもいい、攻撃の手を緩めるなー!」
先程まで無名に肉薄していた騎士は法国軍の騎士隊長の格をもっていた。
剣の技量も有象無象に比べて高く、それなりの立場であった。
しかし無名の前ではそれすらも有象無象に過ぎない。
そう感じさせるほど、法国軍の騎士の目には圧倒的に映っていた。
矢継ぎ早に放たれる矢は無名の結界に阻まれ、その効果を見せてはいない。
突撃しにきた騎士や騎馬隊も無名の魔法によって次々死んでいく。
戦場らしくなってきたといえばそれまでだが、この時点でまともに戦っている王国側は無名だけであった。
「まだやるのかよ……」
「もういいわ……法国軍も疲弊しているみたいだし」
「あの調子なら全滅するまでやるんじゃないか?」
既に無名が戦場に加わってから数時間が経過している。
何十万もの兵士がいた法国軍も今では数千人にまで数を減らしていた。
無名も流石に疲弊してきているのか若干渋い表情をしている。
高名な魔法使いであっても数時間魔法を行使し続けるのは至難の業であり、膨大な魔力を有する無名でも辛い苦行であった。
それでも攻撃の手を緩めないのはルオール法国を完膚なきまでに潰すつもりであったからだ。
王国軍の兵士達も法国軍には同情していた。
敵に化け物のような勇者がいたから、このような事態を招いてしまった。
攻めた側の筈なのに、今では追われる立場と成り代わってしまった法国軍は敗走していく。
それでも無名は背後から魔法をぶっ放し数を減らしていった。
――――――
開戦からおよそ六時間。
法国軍は遂に数名の騎士を残し他は全て死に絶えてしまった。
無名の放った魔法の数は百や二百できかず、千に近しい数の魔法を行使している。
流石に魔力も残り少ないのか無名の額には大粒の汗が浮かび上がっていた。
「遂に……やりやがったのかよ……」
「一人で何十万人と対等に戦えるなんて化け物じゃないか……」
「勇者ってのはあんなにも格が違うのか……」
王国軍の兵士は口々に無名に対する印象を口にする。
最初は頼りになる味方だったが、次第に恐れが入り混じり今では近寄り難いとすら思われる程であった。
生き残った法国軍の騎士はもう殺してくれと言わんばかりに地面に座り込み武器を投げ捨てた。
「……アンタに喧嘩を売るべきじゃなかったよ」
「殺してくれよもう……俺達も仲間の下に行きてぇんだ」
「あれだけいた仲間は……もう」
法国軍の騎士の目は虚ろで満身創痍だった。
「貴方達が最後ですね。このまま一思いに殺してもいいのですが、貴方達にはやってもらう事があります」
「やってもらう事……?」
無名は彼らを殺すつもりはなかった。
というのもここで彼らを自国へ帰せば、二度と王国軍に逆らうまいと喧伝してくれると思ったからである。
全滅させるのは容易だが、そうすれば法国側には明確に脅威というものが朧げに伝わってしまうと考えたからだ。
「貴方達にはこのまま自国に戻り敗戦した事を伝えて貰います。国の指導者及び勇者の死亡により国内は混乱するでしょうがそれは僕の知ったところではありませんから」
無名にとって自分を召喚した王国以外に興味などない。
本国に戻れば彼ら法国の騎士達は責められるだろうが、そもそも攻めた相手が悪かった。
無名がこの戦場に足を運ばなければこんな事にはならなかった。
騎士達は歯を食いしばり悔しそうな表情を見せた。
立ち上がりヨロヨロとふらつきながら自国の領土へと戻って行く様は同情せざるを得ない。
抵抗を見せる様子もなく大人しく自国へと戻って行く騎士を眺めた後、無名も王国軍本隊へと足を向ける。
ゆっくり近付いてくる無名をどんな顔で迎えればいいのか分からず、王国軍の兵士はみな困惑した表情だった。
「みなさん、お待たせしました。法国軍の撃退は完了です」
「あ、ああ、ありがとうございます……」
指揮官の一人が前に出て礼を述べる。
正直な感想を言うならやり過ぎだと言いたい所だったが、王国の為に戦ってくれた勇者にそんな事は言えなかった。
敵兵には同情するが、実際無名が来なければ逆に王国軍が全滅していた事だろう。
しかしこの戦場で失われた命が多すぎて大手を振って喜べなかった。
若干のお通夜ムードの中、無名がそろそろ王都に戻ろうかとしていたその時、空間が歪み現れたのはトンガリ帽子を被ったフランだった。
魔女が戦場に現れるというのもレアなケースで兵士達はざわめき立つ。
そんな兵士達には目もくれずフランは無名の側まで歩くと口を開いた。
「うーん、何ていうか……実はずっと見てたんだよねぇ」
「見てた?というのは?」
フランは遠見の魔法でずっと無名の様子を伺っていた。
この半年間で多少は変わったかと思っていたが、殆ど何も変化はない。
人の命を何とも思っていないのかあれだけの人間を殺しておいて平然としているのは、心が壊れているのではないかと思えるほど。
だからフランは今回の無名の活躍を見ていたのだが、あまりにも命の重みを理解していない行動だった。
「無名君、やっぱりボクが間違えてたよ」
「間違えていたですか?」
「そう、君はやっぱり命の重みを理解していないね。人の心もだけど」
「理解しているつもりです。王国の人達を助けたではないですか」
「助け方に問題があるって言ってるんだよボクは。とにかく君は一度命の重みを知るといい」
フランはそれだけ言うと片手を無名へと向けた。
「何を――」
無名の言葉を遮る形でフランは魔法を発動させた。
まるでその場にいなかったかのように、無名はそれ以降姿を消した。
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