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第35話 慈悲なき言葉

エミリアが膝を突いた様子はルクレティアにも見えていた。

彼女は負けたのだと。


おびただしい血だまりがそれを物語っている。

二人の動きが速すぎてどんな戦いが繰り広げられていたのかは分からないが、無名は傷らしい傷はなかった。


「エミリアはどうなった……」

ルクレティアが近くにいた近衛兵に尋ねると険しい表情で首を振る。


「……エミリア殿は王国の勇者に敗北しました」

言いにくそうに答える近衛兵に同情するかのように他の騎士達も渋い表情を見せた。


回復魔法があるこの世界では多少の怪我や傷は治すことができる。

しかし折れてしまった心は修復できないのだ。

法国の者達は誰もがエミリアの心が折れていない事を祈るばかりであった。




――――――――

エミリアは悔しそうな顔で無名を見上げる。

魔法使いとばかり思っていたが、剣も扱えると分かり無名に対する認識が甘かったのだと後悔の念にかられた。



「何か言い残す事はありますか?」

冷淡で感情の乗っていない言葉がエミリアの胸に突き刺さる。

今この瞬間反撃に出たとしても恐らく返り討ちに合うだろう。

数分の戦いでそれは十分理解していた。


「何もなければここで――」

無名が何かを言いかけて視線をエミリアから外した。

エミリアもそれに釣られて同じように視線を動かす。



「そこをどけぇぇぇ!鋭利なる黒き刃(ダークネスエッジ)!」

その時、女の声と共に黒い斬撃が無名へと飛来する。



「|降りかかる災厄は湾曲する《ゼロダメージ》」

勢い虚しく黒い斬撃は無名に触れる寸前、直角に曲がり直撃することはなかった。


「駄目です!ここへ来てはなりません!」

駆け付けた女性が誰かはすぐに分かりエミリアは声を上げる。

無名は誰か分かっていなかったが、エミリアの焦り様から駆け付けてきた女性が法国の女王であると見抜いた。


「エミリアから離れよ!乱雑な負の感情(パンドラボックス)!」

ルクレティアが両手を無名に向けると、足元から異形と思われる手足が這い出しそのすべてが無名の身体を掴もうと扇状に広がりながら襲い掛かる。


「これは決闘ではなかったのですか……?覆う雷鳴(ライトニングシェル)

呆れた表情で自身を覆う雷の結界を展開する。

決闘かと思えば、まさかの法国のトップが参戦してきたとなれば呆れるのも無理はない。



「陛下!なぜここに来たのですか!」

「お前をここで失う訳にいかん!全軍、目標は王国の勇者だ!討てーッッ!」

ルクレティアにとって最高戦力は言わずもがなエミリアだった。

後方に控える本隊に号令を飛ばすと一斉に武器を構え走り寄ってくる。


「そちらがそういう行動を取るのなら僕もそれなりの手段を取らせて頂きます|千の雷は白き矢となり降り注ぐ《ホワイトオブサンダー》×3」

無名は向かってくる大軍に向けて上級魔法の同時詠唱を放つ。

魔力も相当量注ぎ込んだせいで威力は並の上級魔法とは比較にならぬ程であった。


三千もの稲妻が戦場を駆け巡り無名へと近付いて行く法国軍は顔面蒼白で狼狽え始めた。


「縦横無尽に動き回れぇぇッッ!」

リーダーらしき騎士が声を上げるが次の瞬間には雷に打たれ黒焦げの人型へと姿を変える。

あまりの惨状にルクレティアとエミリアは開いた口が塞がらなくなっていた。


「まだ上級魔法は三つ同時が限界ですが……それなりに被害は出たでしょう」

無名が小さく呟くと未だ呆けているルクレティアとエミリアへと視線を移す。



「貴方がルオール法国の指導者で間違いないですね?」

無名の言葉にハッと我に返ったルクレティアが片手でエミリアを庇うように広げ、もう片方の手を無名へと向けた。


「王国の勇者殿はなかなか過激な戦いがお好みのようだな」

「そういうわけではありませんよ。そもそも決闘であるはずのこの場に兵士を大挙させようとしたのが発端でしょう」

「……今ので数千人の兵が死んだぞ」

「それだけ僕も脅威と判断したからです」

「脅威だから排除したと?やりようはもっとあった」

「ありません。あれが最善です」


ルクレティアと無名のやり取りは平行線を辿ると察したエミリアが口を挟む。


「陛下、なぜ私を助けに来られたのですか」

「む……我らルオール法国にとってお前は失う訳にいかんのだ。お前が思っている以上に勇者の力は強大なのだぞ。やっと……やっと勇者を召喚する事が出来たのだ。妾より命の価値は大きい」


ルオール法国はアルトバイゼン王国やレブスフィア帝国に比べ軍事力で劣る。

そこにきて遂に実現できた勇者召喚。

喚び出されたエミリアは元の世界でも騎士であった事も幸いし忠誠心も高い。

それに加え戦闘能力は目を見張るものがあった。

今やルオール法国になくてはならない人材といっても過言ではない。


それが今、王国の勇者に敗北し膝を突く始末。

まだ召喚から日が浅いと言うこともあったのではないかと推測し何としてもエミリアだけは救わねばと、考えた時には既にルクレティアの足が動いていた。


「妾の首と引き換えにエミリアは逃がしてやってくれぬか?」

法国の女王ともなればその首にどれ程の価値があるか。

勇者一人を助けてやる代わりに国の指導者が首を差し出すなど前代未聞であったが、背に腹は代えらぬとルクレティアは自身の命を差し出すつもりでいた。


二秒程間を置き無名が口を開く。


「いえ、それはできません」

「何故だッ!妾は正真正銘の王族だぞ!たかが勇者一人逃がしてやるだけではないか!」

有り得ないといった表情で感情を顕わにするルクレティアに無名は言葉を続ける。


「どちらにも死んで頂きます」

「なっ……!?」

無名の口から出てきた言葉は耳を疑うものであった。

エミリアも信じられないといった表情で目を見開いている。


「これは戦争なのでしょう?なら貴方達は王国からしてみれば大戦犯です。死んで償うとよいのでは?」

「馬鹿な!敵国とはいえ貴様に人間の情というのはないのか!」

ルクレティアが声を荒げるが無名は態度を改めない。


この世界での戦争では敵国の指導者が敗北を認め首を差し出せばその時点で攻撃の手を止め終戦となる事が多い。

しかし無名は残念ながらこの世界の人間ではなく、セオリーというものは知らないのだ。

ましてや無名は元の世界でも変わり者であり、人の心を持たずと言われる程。

女王が首を差し出すと言ったところで矛を収めるような男ではなかった。


「正気か貴様……妾はルクレティア・ルオールだぞ!妾の首を取るだけでこの戦争は終わる!」

「でもそこの勇者がいずれ報復を誓い戦争を仕掛けてくる可能性があります。出る杭は打つべきです」

もはや何を言っても無意味と感じたルクレティアは首元のネックレスを引き千切って地面へと投げ捨てた。


「陛下!それは――」

「よいエミリア……これ以上の問答は無意味であろう。ならば一矢報いるまで!」

血だらけの腕を抑えながらルクレティアの行動に悔しそうな顔を浮かべた。

その動作が何を意味するのか理解できない無名は突っ立ったまま動かない。



「ルオール法国の王家のみに伝わる秘法、貴様に見せてやる。何があろうと貴様だけは道連れだと思え!飽くなき死への探究心(デストロイシーク)!」

ルクレティアが投げ捨てたネックレスは自身の生命力を魔力に変換する魔道具だった。

全魔力を駆使しても上級魔法が精一杯のルクレティアでも生命力を変換すれば神級魔法の行使を可能とする。

ただし、生命力を削るということは寿命を削るという事でもあった。


神級魔法ともなれば消費魔力も桁違いに多く、ほぼ全ての生命力を使用しなければ行使できない程である。


闇属性魔法には死に直結するような魔法が多く、その中でも致死性の高い神級魔法を放ったルクレティアはその場に跪き荒い息を吐く。



突っ立ったままの無名は無防備で、漆黒のドームに包まれた。

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