第32話 万能の勇者参戦
助けに来た、そう言われてもどう反応していいか分からず指揮官の騎士は口をパクパクさせる。
歓迎されていないと思っている無名は更に言葉を重ねた。
「アルトバイゼン王国所属、万能の勇者神無月無名です」
勇者という単語にハッとした様子の指揮官は、最敬礼を行う。
「し、失礼しました!勇者様とは思っておらず……」
「仕方ありませんよ。僕は今まで殆ど表舞台に出てきていませんでしたから」
「え?」
意味が分からず呆けた顔で聞き返すと、無名は話を続けた。
「覚えていませんか?半年前の悲劇を」
半年前と言われて指揮官は思い出した。
何人もの部下を失ったあの悲劇。
敵に敗北し死んだのではない。
味方から背中を撃たれたのだ。
その元凶が今目の前にいる。
そう思うと指揮官のこめかみに青筋が浮かび上がる。
「……何をしに来た裏切りの勇者。ここは戦場だぞ、またあの時の悲劇を繰り返すつもりかッ!」
今にも殴りかかりそうな指揮官を抑え込む騎士達も無名を睨みつけていた。
冒険者からは案外受け入れられていたが、やはり騎士は受け入れ難いのかと無名の顔は曇る。
今更過去は変えられない。
そう言えば騎士の神経を逆撫でするだろうと、無名はその言葉をすんでのところで飲み込んだ。
「何をしに来た!また!またも仲間を殺すつもりか!」
「お、落ち着いて下さい!剣をしまって!」
「今ここで斬り掛かっても逆に殺られてしまいますよ!相手は勇者です!」
怒りに身を任せ口調が荒くなる指揮官を部下が諌める。
それでもまだ怒りが治まらないのか無名を射殺さんと睨んでいた。
「もう一度言いますが、僕は救援に駆け付けました。現在この場で指揮を執っているのが貴方のようでしたので声を掛けたのですが」
「……その言葉を信じられる程俺は単純じゃない。そこまで言うなら見せてみろ!行動でな」
行動、つまり指揮官である騎士は無名に結果で示せと暗にそう言っていた。
言葉通り受け取るのなら少なくとも勇者らしく圧倒的な戦力差を覆せるくらいには力を見せつけなければならない。
「分かりました。ではこれより殲滅に入りますので魔法を行使している間は僕に近付かないようお願いします」
返事はないが目を見て言ったのだから大丈夫だろうと、無名は二度発言する事はしなかった。
無名は王国軍の本隊から少し離れ法国軍に近付くよう歩いて行く。
法国の兵士もまた、空から人が降ってきたせいで若干ざわめいていた。
「まずは名乗りましょう。僕は万能の勇者、神無月無名です。そちらは?」
法国軍に向けて無名が大声で名乗りを上げると、ざわめきは更に広がっていく。
隊長格と思わしき兵士が前に一歩出ると片手を上げ声を張り上げる。
「偽の勇者に踊らされるな!我々の数は多い!たとえ奴が本物の勇者だとしても数の暴力には逆らえまい!突撃ぃぃぃ!」
名乗り返す事などせず法国軍は攻勢に出た。
勇者というのは規格外の存在。
それは何処の国でも周知の事実だが、目の前で佇む青年が勇者とは到底思えなかったのだ。
「一応警告しますが、僕に剣を向ければ命の保証はしませんよ」
「敵の言葉を真に受ける奴がいるか!やれ!勇者を騙る不届き者を殺せ!」
もはや何を言っても無駄だと分かった無名は足元に魔法陣を発動する。
「それではお見せします。よく見ていて下さい指揮官殿。これが僕の全力です」
後ろを振り返り指揮官である騎士に視線を合わせると両手を真横に開いた。
「五十並列魔法展開、白亜の雷槍」
無名の頭上に五十の魔法陣が浮かび上がるとその一つ一つから雷を纏った槍が顔を出す。
中級魔法とはいえ、これだけの数を同時に発動されれば驚異でしかない。
ルオール法国の兵士は夢でも見たかのような顔で空を見上げた。
死を突きつけられた彼らの背筋には冷たいものが流れる。
「魔法部隊!迎撃せよ!!」
棒立ちで受け切る訳がなく、法国の騎士が指示を飛ばす。
青白い膜が法国軍を覆うと、騎士は口角を上げ無名を再度見る。
「無駄な足掻きを……五十もの魔法を同時詠唱などという人外じみた力には驚かされたが所詮は一人。できることもたかが知れている!」
「……追加で、五十並列魔法展開、赤色の炎槍」
「なッッッ!?」
今度は真っ赤な魔法陣が浮かび上がり、そこから炎を纏った槍が顔を出した。
既に百もの魔法を同時に発動しており、ルオール法国の騎士は開いた口が塞がらなかった。
「まだこれでも師匠には及びませんが……少なくとも貴方達よりかは魔法技術に優れているかと」
「や、殺れーッ!奴を!殺せぇ!」
騎士は剣を突き出し突撃を命じた。
騎馬が騎士が無名目掛けて走り出す。
彼らを覆う青白い結界と共に。
そんな法国軍を嘲笑うかの如く、無名によって放たれた魔法は綺麗に心臓を貫いていく。
一人につき一本ではない。
たった一本の雷槍、炎槍が数人を貫き勢いを殺す。
結界など無いのと変わりがなかった。
悲鳴が戦場を埋め尽くし、法国軍は阿鼻叫喚になっていた。
その様子を眺めていた王国軍の兵士も呆けた顔を浮かべ、無名の魔法にただただ圧倒されていた。
「あれが……勇者かよ」
「とんでもないわね……」
「喧嘩売ったら瞬殺されそうじゃないか……」
あまりに人外じみた戦い方に魔法師団の魔法使いも呆気に取られてしまっていた。
雨あられと降り注ぐ魔法の槍が消えると、後に残されたのは死屍累々の光景であった。
「ふぅ……流石に疲労感が溜まるな」
ボソッと呟く無名の言葉は誰にも聞こえていない。
これだけの範囲魔法を使っておきながら疲労感が溜まる程度で済むのは、勇者故の魔力量だからである。
普通なら何十人から何百人という規模で放つ広範囲魔法だが、無尽蔵ともいえる魔力があればそれを一人で補えてしまう。
それに加えて結界すら容易に貫ける程の威力を持たせるなど常人の領域ではなくまさしく勇者といえる魔法であった。
無名は迫ってきていた火の粉を払うとゆっくりと指揮官の騎士のもとへと戻って来た。
「これで信じて頂けましたか?」
「……化け物、め」
指揮官の男はその言葉をかけるのが精一杯であった。
法国軍の規模から考えればたったの数百人かもしれないが、たった一人で駆逐できる数ではない。
しかし現に今、目の前でやってのけたのだ。
化け物と言わずなんと呼ぶのか。
「化け物ですか……まあその通りかもしれませんね。ですが僕は自分以上の化け物を知っていますから」
「何だと?あれ以上の魔法を放つ奴がいるというのか?」
指揮官は半信半疑に問いかける。
今のですら化け物の領域なのにあれ以上があってたまるかという思いだったが返ってきた言葉は想定外だった。
「悠久の魔女フラン、僕の師匠です」
無名のその言葉で納得がいった。
世界最強の魔法使いと名高い魔女の弟子であれば、あれくらいやってのけても不思議ではなかったからだ。
「フラン様の弟子、か。勇者を弟子にとるとは変わった事をなされるお方だな」
「確かに変わってはいますね、人間的にも」
「……まあよい、お前の言葉を全て信じた訳では無いが、今は共同戦線といこう。共通の敵がいるなら、手を組まんわけにもいかん」
渋々ながら無名の参戦を認めた指揮官は手を差し出す。
公式に依頼するという意味合いで握手を申し出たつもりだったのだが、無名はジッとその手を見つめる。
シェリーのいたずらな力を込めた握手を経験しており、まさか目の前の指揮官もそうなのかと若干疑ってしまったからであった。
無名が数秒してから手を握ると、指揮官は剣を掲げた。
「今この時より万能の勇者が参戦する!!敵は多いがこの程度の戦力差を埋められる実力者だ!やるぞ!王国を守れー!」
「「「「うおおおお!!!」」」」
指揮官が認めたのならその部下である騎士達も認めなければならない。
人間的に嫌悪していても勇者の力は隔絶している。
ミストルティン辺境伯領を守る国境守護隊の士気は頂点へと達した瞬間であった。
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