第31話 静かなる裁き
無名はセニアの仲間から聞いた情報、ルオール法国の侵攻に対処する為急ぎ現地へ向かう方がいいとすぐにその場を後にするつもりであった。
「無名さん、どちらに?」
「ルオール法国が攻めてきたのであれば急いで国境に向かう方がいいでしょう。距離はどれほどありますか?」
残念ながら無名はこの世界の事を殆ど知らない。
ルオール法国がどの方向にあるのか程度は分かるが、どれだけの距離が離れているかなど皆目見当もつかなかった。
「ここから馬車で2.3日といったところです。どれだけ急いでも2日はかかるので救援に向かうというのは現実味がありませんよ」
「なるほど……」
無名は足を止め、少し考える素振りを見せる。
師匠であるフランであれば転移魔法で即座に現地へ赴く事が可能だが流石に無名はまだ習得できていない。
2日もかけてしまえば恐らく国境の守りは突破されるだろう。
少しでも速く到着するには空を飛ぶ以外に方法はない。
考えた結果、無名は口を開く。
「分かりました。では僕だけ先に行きます」
「いえですから……」
何も理解していないなと呆れた表情で口を開くセニアは、ハッとしたのか少しだけ目を見開いた。
「まさか……飛行魔法で、ですか?」
「はい、そのまさかです」
「おいおい無名、そりゃ無茶ってもんだよ」
見かねてシェリーも口を挟む。
国境まで馬車で2日以上かかるというのに飛行魔法で行こうなどと愚行でしかないのだ。
無名は勇者でありまだこの世界の常識をよく分かっていないのだとシェリーは肩を竦め会話を続ける。
「無名、いくらアンタが勇者でもそりゃあちょっと無理があるよ。ここから国境まで一体どれだけの距離があるか分かっていないだろう?丸2日飛び続けるなんてそんな人外じみた事は出来ないだろうし、大人しく馬車で行くことにしな」
「いえ、そうではありませんよ。雷属性の魔法と風魔法の応用で高速跳躍を繰り返せば数時間で辿り着けます」
無名の言葉にシェリーは唖然とする。
それが冗談で言っている訳では無いと無名の態度から分かるからであった。
「いやいや……アンタ本気かい?」
無名は無言で頷く。
膨大な魔力を持ち類稀なる魔法の技術がなければそんな離れ業は出来るわけがない。
シェリーはそれを冗談混じりでもない雰囲気で言い出した無名を正気かと言わんばかりの眼つきで見た。
「一応これでも勇者ですから」
無名は足元に魔法陣を発動させると、国境の方向へと見やる。
「我々は後から追いつきます。クラン所有の馬車なので恐らく2日で到着出来るとは思いますが……ご武運を」
セニアは無名にそう伝えたが、それほど心配はしていなかった。
何しろ無名の発動した魔法陣はセニアにも理解できない高等魔法であり、そんなものが扱える時点で既にセニア以上の実力があるのは明白であるからだ。
「では行きます。駆ける空への一歩」
無名は当然のように空へと浮き上がっていくが、そもそも飛行魔法は難易度が高く使いこなせる者は少ない。
クランメンバー達は呆気にとられ、口を開いたまま固まってしまっていた。
「稲妻よりも疾く」
乾いた音を置き去りに無名は飛び去り、すぐに見えなくなっていく。
「ほえ〜凄いなぁ勇者は。アタイじゃどれだけ背伸びしても出来ない荒業だよ」
リコも他のメンバー同様呆気にとられていた。
獣人である故に、魔法に関してはあまり得意ではない。
無名の扱う魔法は聞き覚えはあるが、使いこなせる者はほぼ見たことがなかった。
「安心しろよ、俺にも無理だぜ」
「あ、マスター!いつ戻ってきてたんですか!」
不意にリコの肩を叩いたのは青い髪の優男だった。
服装は高そうな素材が使われており、見るからに貴族然とした風貌だった。
「あん?今さっき戻って来たとこだ。それで?さっきのが噂の勇者か?」
「そうだよ!もうすごかったんだよ!見たこともない魔法でバーッッて飛んで行った!」
「そうかそうか、そりゃすげえな。さっきの破裂音みたいな音がそれか」
ほんの少しタイミングが合わず無名と顔を合わせる事はなかったが、優男こそセニア達が所属するクランのマスターであった。
「で、マスター。戻って来たって事はいよいよ出発かい?」
「ああ、そうだな。[静かなる裁き]に所属する全メンバーで救援に向かう。セニア、俺とお前で指揮を執るから半分引き連れて先にミストルティン領に向かってくれ」
[静かなる裁き]の中でもクランマスターに次ぐ実力者はセニアである。
人数的にも二部隊に分けなければ馬車に入り切らない。
その為、別部隊の指揮をセニアに任せる事にしていた。
「さてと、これは王国の危機だ。分かっているな?これより救援に向かう!あのドレイク殿ならそう簡単にくたばる人ではないが、どうやら法国にも勇者がいるらしいからな。あまり悠長にしてはいられない。全員出るぞ!」
「「「おおおおおー!」」」
総勢30人にものぼるクランメンバーが二班に別れ、馬車に乗り込んでいく。
[静かなる裁き]が所有する馬車は高速馬車に分類される。
普通の馬車よりも強靭な車体と馬が使われており、貴族御用達クラスの馬車だった。
「無名が終わらせる前に到着したい所だがねぇ?あの感じだと着いたら終わってたってのが一番有力だろうね」
「へえ、シェリーがそこまで言うなんて珍しいじゃないか。そんなに噂の勇者は強そうだったのか?」
「強そう……なんてもんじゃないねあれは。レベル4のアタシじゃ逆立ちしたって勝てやしないよ」
対等どころか自分より格上であると、挨拶の時点で気付いていたシェリーの声色は若干の畏れを含んでいた。
「味方となるか邪道に堕ちるか……さて、どうなるだろうな」
「さあ?それこそ神のみぞ知るってやつじゃないかい?マスター」
クランマスターは既に見えなくなった無名を眺めるように、ルオール法国へと視線を向けて呟いた。
――――――
[静かなる裁き]のクランハウスを出発しておよそ一時間。
既に無名は国境が見える位置にまで移動していた。
稲妻よりも疾くは音を置き去りに出来るほどの速さを得る。
しかしあまりの速さに壁に激突する恐れがあり、使われる事が少ない魔法であった。
無名も当然それは理解している。
だからこそ空へと上がり魔法を行使していた。
空中ならば障害物は何もない。
全力で魔法を発動し最高速を維持しながら何度も同じ魔法を使用すれば音速並みの移動速度を得られる。
とはいえ消費する魔力量もバカにはできないが、無名はフランに鍛えられた事もあって魔力量は常人の数十倍にものぼる。
でなければこんな離れ業をやろうなどと思わなかっただろう。
無名の視界に交戦中の光景が入ってきた。
いよいよ戦場だと今までより気を引き締める。
何処に降り立つのが正解か悩む時間も惜しい。
誰がどう見ても王国軍の戦力より法国の方が圧倒的に多かったからだ。
空から見ていると一部の空間が開けており2人の騎士らしい者達が戦っていた。
決闘でもしてるのだろうと、その場所だけは降り立つ場所の選択肢から外した。
(あの辺りが一番戦力差があるな……)
無名はとてつもなく広い戦場で、ある場所に目をつけた。
そこは王国軍の数十倍の兵士が相対しており、普通にぶつかれば数十分も保たないであろう事は想像に容易い。
目的地を定めるとまた加速し一直線に進む。
あまり低飛行すると矢が飛んできても鬱陶しい為、高度を飛び続ける。
一点を見つめ一気に急降下すると、空から何かが降ってきたと兵士らはざわめく。
「な、なんだ!?」
「人間かッ!」
「空から降ってくるぞ!場所を開けろー!」
王国軍の本隊がある場所に音もなくフワッと降り立った無名はすぐに辺りを見渡しリーダー格でありそうな騎士を見つけ足を向ける。
真っ直ぐ自分の方へと歩いてくる謎の人間に、指揮官は冷や汗を垂らしながら手に持つ剣を強く握る。
あまり歓迎されてないのではと感じた無名は出来る限り優しそうな声色で彼へと声を掛ける。
「始めまして王国軍の皆さん。助けに来ました」
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