第30話 フランの暗躍
――――開戦する数時間前。
フランは深き森から遠見の魔法で国境付近を観察していた。
ルオール法国が攻めてくる事は事前に分かっており、どんな様子かと好奇心から覗くことにした。
ドレイク率いる王国軍に比べて圧倒的に数が多い法国軍にフランは苦笑いを浮かべる。
勝ち目などないだろう。
いくらドレイクが英雄であろうとあまりに数が多すぎた。
助太刀するつもりはない。
しかしちょっとくらいは手を出してもいいだろうと、ミストルティン領から出てきた早馬に目をつけた。
「仕方ないなぁ……無名君が辿り着くまでにはまだまだ時間が掛かるし。これはサービスだよ」
フランは独り言を零し、指で弧を描いて魔法陣を発動させる。
早馬は一瞬のうちに転移し、王都が目前に迫る位置まで移動していた。
馬上の騎士は何が起こったか分からず、困惑顔を浮かべているが馬は気にも留めず走り続ける。
それも当然のはず。
どれだけ急いでも王都までは数日かかるのが、気づかぬうちに目の前には王都を囲う防壁があるのだ。
しばらく呆然としていた騎士だったが、とにかく急がなければという思いから気を取り直し、正面だけを見て王都目掛けて一直線に駆けていく。
これで間に合う。
フランは満足そうな顔を浮かべ、今度は遠見の魔法で映す対象を無名へと変更した。
――――――――
「第一級警鐘……国の有事、もしくは災害級の魔物が現れた時のみに鳴らされる鐘の音です」
セニアの言葉に無名は冒険者ギルドの受付まで駆け出した。
ギルド内も騒ぎになっており、先程までラウンジで談笑していた冒険者達も武器を片手にギルドから飛び出していく。
「第一級警鐘です!国家の危機ですので冒険者の皆様はいつでも緊急依頼を受けられる準備を!」
ギルドの受付嬢が叫ぶよりも早く冒険者達はギルドを出て行った。
「不思議に思っていますね?無名さん」
受付嬢の言葉通り依頼を受けるのならばギルド内に滞在するべきなのではないかと思った無名はセニアの言葉に首を捻る。
「ギルド内にいるべき、そう思ったでしょう?ですがこれが冒険者ギルドです。緊急依頼というのは冒険者ギルドに所属する全ての者が対象です。つまり、冒険者が依頼票を取り、ギルドが受理するというフローがなくなるんですよ」
「というと?」
「みんな各々で情報を集めに向かいました。冒険者ギルドに情報がやってくる前に自分の足で調べた方が早いときもありますから」
国家の危機ともなると冒険者も他人事ではいられないのだ。
アルトバイゼン王国に所属する冒険者は全員が誓約書にサインをする。
内容は当然国家の危機が起きた時、何を置いても優先して王国を危機から救う必要があるというものだ。
今回のような事態に遭遇し、逃げたり隠れたりすれば冒険者ギルドから追放されてしまう。
一度追放されればその国では冒険者稼業はできなくなり、他国へと移らざるを得なくなる。
「というわけで私もそろそろクランハウスに戻ります。恐らく仲間の一人が既に情報を持ち帰っている事でしょうから」
「僕も一緒に行ってもいいですか?」
無名は冒険者ではない為、わざわざ動く必要はない。
しかし王国に召喚され国王自ら力を貸してくれと頼まれた以上見過ごすわけにいかなかった。
「手を貸して頂けるのですか?」
「まあ……これだけ警鐘が鳴ってて聞こえなかったフリもどうかと思いましたので」
無名がそう言うとセニアは微笑むと2人でギルドから飛び出して行った。
街は騒然としており人が逃げ惑う様が無名の視界に入ってくる。
第一級警鐘が鳴る事自体、あまり無い事なのだろうと察したが、焦った様子の人々を見ていると若干走る速度も速くなっていく。
セニアの所属するクランの建物まで辿り着くと既に何人かの冒険者らしき者達がたむろしていた。
クランメンバーのようで駆け寄ってくるセニアを見つけるとこちらに手を振る者もいた。
「セニアさん!まずいよ!リックが持ち帰ってきた情報聞いた!?」
「いえ、まだです。先程ギルドから急いで戻って来たばかりですから」
「ルオール法国が攻めてきたらしいよ!今国境付近で抑えているみたいだけど、今回は本気らしくて長くは保たないらしいの」
ルオール法国が時たまちょっかいをかける程度に王国と小競り合いをしている事は周知の事実だ。
しかし焦った顔でそう告げたリコを見れば、小競り合い程度で済まなそうである。
「セニアじゃないか、久しぶりだねぇ。それで、その男は誰だい?」
セニアがクランハウスに戻って来たタイミングでぞろぞろとクランメンバーが集まってくると、その中の一人、大剣を二本担いだ背丈の高い女がセニアへと質問する。
その男、というのは言うまでもなく無名の事だ。
見覚えのない男がセニアと共にクランハウスへと戻ってこれば気にならない訳が無い。
「この方は……よろしいですか?紹介しても」
厳つい見た目の女性がクランメンバーであろう事は容易に想像でき、わざわざ名を隠すまでもないと無名は無言で頷く。
「この方は無名さんです」
「神無月無名です」
名前を言っただけだが、無名の目の前にいる女性は怪訝そうな顔を見せた。
「変わった名前だねぇ、もしかして勇者、だったりしないかい?」
「よく分かりましたね。隠す気もありませんので言いますが、万能の勇者の名を貰いました無名です」
勇者と聞くとクランメンバーはざわつき始める。
これはどうした事かと無名が不思議に思っていると、セニアが補足説明してくれた。
「前に一度勇者の方々がこのクランハウスに訪れたんです。その時に見覚えがなかった無名さんが勇者と名乗ったのでざわついているんですよ」
ああ、そういう事かと納得した無名だったが、目の前の女性は豪快に笑った。
「アッハッハ!そうかい!アンタが噂の勇者だね!?会えて光栄だよ!」
「噂というのは……?」
「ああ、アンタは知らなくても仕方ないよ。アンタ半年前に味方ごとに魔法ぶっ放したろ?だから冒険者界隈ではアンタの事を勇者とは思えない非道な行為なんて言うやつもいるけど一定数アンタみたいな豪快な奴を好ましく思うやつもいるってわけさ」
味方ごと殺しておいて豪快な奴で済ますのもどうかと思い無名はどんな顔をすればいいか分からず困惑していた。
「ま、アンタが想像してるほど冒険者は疎ましく思っていないよ。あくまで冒険者は、だけどねぇ。騎士や魔法師団の連中はアンタを勇者とは名ばかりの傲慢な奴だなんて言うやつもいるけど」
「それは王城で十分理解しました」
傲慢な態度を取ったつもりはないが、捉え方の問題だろうと無名は気にしないことにした。
「ああ、自己紹介が遅れたねぇ。アタシはシェリー、ただのシェリーさ」
無名が差し出された大きい手を握ると、潰さんばかりに力を込めて手を握られた。
「シェリー、いつものは止めておきなさい」
「まあそう言うなって!なあ無名。痛いかい?」
咄嗟に身体強化魔法を自身に掛けておいたお陰で無名に痛みは一切ない。
セニアの様子や他のクランメンバーの呆れた顔を見て、シェリーなりの挨拶なのだろうと理解した。
「流石は勇者だねぇ。もし身体強化を使ってなければ手の骨を粉砕していたところだよ」
「……恐ろしい挨拶ですね」
シェリーの性格は悪くない。
物理の力に特化した冒険者だ。
ただ少し変わっており、会う者誰かれ構わずシェリーは挨拶とばかりに手を握り潰すような真似をする。
それに耐えられた者だけを対等に扱い、耐えられなかった者はただ手を潰される。
耐えるどころか涼しい顔で挨拶を終えた無名をシェリーが気に入るのは当然であった。
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