第26話 勇者の初陣
無名が冒険者ギルドを訪れる数日前――
アルトバイゼン王国北端にある国境では、警備を任された辺境伯領の私設軍隊が今日も今日とてルオール法国領内へと目を光らせていた。
ちょっとした小競り合い程度の事は日常茶飯事であり、警備の者達も慣れたものであった。
その日もミストルティン辺境伯の屋敷に一本の通信が飛んできた。
長距離には向かない短波通信機による連絡手段であり、魔導具の一種である。
国境駐屯地に置かれた通信機で文字を打つとそれが屋敷の通信機と同期しており、まったく同じ文字が打たれるという仕組みだ。
「ドレイク様、国境からの通信です」
当主であるドレイク・ミストルティンが執務室で事務仕事をこなしているといつものように執事が一枚の紙ペラを持って現れる。
執事から受け取ると一瞥するが、やはりいつもと変わらない文言が書かれてあった。
"国境付近、法国からの侵攻あり。数は三十、警戒に値せず"
「いつも通り事に当たれ」
ドレイクはそれだけ言うと視線を机へと落とした。
あまり時間を無駄にするわけにもいかない。
まだまだ事務仕事はたんまり残っているのだ。
しかしその日はいつもと違った。
バタバタと走る音が聞こえてくると、バンッ!とドレイクの執務室の扉が勢いよく開かれた。
「ここはドレイク様のお部屋ですよ、挨拶もなしに入室するとは、無礼が過ぎるのでは?」
執務室に駆け込んできたのは屋敷の通信担当員であり、執事は彼を睨むと静かに怒りを露わにした。
「よい、それでどうした?血相変えて飛び込んで来たのだ、何か火急の用事でもあるのだろう?」
「は、はい!!こちらをご覧ください」
男の手には先程執事から受け取った紙と同じような見た目の紙ペラが握られている。
「こちらが今しがた送られてきた通信です」
「ふむ?見よう」
ドレイクは男から紙を受け取ると視線を落とす。
数秒紙を見つめた後ドレイクは目を見開き、近くにあった手紙を手元に引き寄せペンを走らせ始めた。
「ドレイク様?一体何が書かれていたのですか?」
執事が問い掛けても一心不乱に何らかの文字を書き続けるドレイク。
ようやく書き終わったのかドレイクはその手紙を封筒に入れ封蝋を一つ、ポンッと押すと執事へと手渡した。
「早馬で陛下へと届けてくれ。儂は今すぐに国境へ向かう。それと同時に領民を避難させよ」
「国境で何かあったのですね?」
「国境警備の者からだ。法国が全力を挙げて侵攻してきたらしい。数はおよそ30万……到底ではないが我が領内の軍だけでは抑えきれん。出来る限り儂が抑えるが急ぎ王都から増援を送ってもらわねばならん」
「なっ!……畏まりました。すぐに近くの領にも増援を要請いたします」
執事が駆け込んできた通信担当の男を連れ立って執務室から出ると、ドレイクは壁に掛けてあった大人の背丈ほどもある大剣を手に取った。
「久しぶりに振るうな……腕はッッ!……落ちてはおらんようだな」
相当な重みがある大剣を片手で振るうと、食器がカタカタと震えカーテンがフワッと靡く。
国境を任されるということは国王から相応の信頼があるとも言える。
ドレイク・ミストルティンは巷で、剛剣と呼ばれる程の実力者であった。
歳こそもう若くはないが、剣聖ランスロットが台当するまでは剛剣こそが王国最強の剣士と謳われていた。
今では常に敵対しているルオール法国との国境に身を置き、王国を守り続けてきた忠臣でもある。
「馬車の用意を!それから剣の腕に自信がある者は付いてこい!振るう場所を用意してやるぞ」
廊下に出ると屋敷中に響き渡る声量で、私兵へと声を掛けていく。
ドレイクが玄関先へと着いた時には既に馬車が数台、私兵も数十人が片膝を付き、彼を待っていた。
「既に準備は整っております。ドレイク様、我らミストルティン騎士団50名、付き従わせて頂きます」
「うむ、全員馬車に乗り込め!」
ドレイク含めた51名が国境へと急ぐ。
屋敷から国境までは全速力の馬車で駆けて約1時間。
正直、増援はあまり期待してはいなかった。
何より辺境であるこの地に王都から増援が来れるのはどれだけ早くとも6日はかかるのだ。
早馬で2日から3日で王都に着いたとして、そこから準備し出立。
また3日程掛けてミストルティン辺境伯領まで到着といった具合であり、6日後の増援などあまり意味はない。
ただもしかすれば、という淡い期待を抱いて早馬を出した。
王都には勇者も召喚され、王国が誇る魔法師団も存在する。
ドレイクが知らないだけでもしかしたら早馬よりも速く増援が到着してくれるかもしれない。
もうその淡い望みに賭けるしかなかった。
6日間を自領の軍だけで抑えきれる自信などドレイクにはない。
数だけでも数倍以上であり、敗北必至の防衛戦になるだろうと覚悟は決まっている。
国境駐屯地に着くや否やドレイクはすぐに監視塔へと足を運んだ。
聞くよりも見た方が早いと判断したからだ。
「あれが……ルオール法国の軍勢か」
遠見鏡を覗くと土煙を上げながら少しずつ国境へと近付く敵国の姿があった。
その数はいつもの数百から数千ではなく、数十万ほどの数だ。
ドレイクは渋い表情を浮かべ、遠見鏡から目を離した。
「30万の敵を相手にするのも大変だが、勇者まで動かすとは……」
ドレイクはただ数が多いから顔を顰めた訳では無い。
敵の軍勢の中に勇者と思わしき姿が目に入ったからである。
勇者というのは総じて人外の力を持っている。
ルオール法国の勇者がどのような力を持っているかは知らずとも脅威足り得る事は確かな事であった。
「接敵までおよそ2時間かと……」
「全軍をここに集めよ。この場所で奴らを迎え撃つ」
ドレイクは傍にいた騎士にそう告げると、すぐに配置へとついた。
――――――
アルトバイゼン王国へと侵攻を開始したルオール法国の軍勢を率いるのはルクレティア女王と勇者であった。
ルクレティアは本来戦場に出てくるような身分ではないが、傍にいる勇者の力を間近で見たいと出張ってきたのだ。
近くにいる騎士達は気が気ではない。
ルクレティアに毛ほどの傷をつけようものなら、物理的に首が飛ぶ。
それでも何とか平静を保っていられるのは、勇者の存在が大きかった。
国内にて勇者の実力を目の当たりにした騎士達は、全幅の信頼を置いている。
天嵐の勇者の名に相応しい一騎当千ぶりであり、魔物を相手にした時は嵐が過ぎ去った後のような圧倒的な力を見せつけていた。
「エミリア、緊張はしておらんのか?」
「はい。戦場に出るのは何もこれが初めてという訳ではありませんから」
勇者エミリアはこの世界に来る前、卓越した腕を持つ騎士であった。
それ故に戦場に出るのはもう何度目かは分からない。
緊張のきの字も見せないエミリアは、ルクレティアの安心材料の一つであった。
「此度の戦は我らが法国の悲願を叶える為の聖戦だ。過去、幾度となく争い続けて射る王国ともこれで終止符を打つ」
「その戦は法国にとって利のある行為なのですか?」
「当然だ。自国の領土が広がれば富は増えるし食糧難に困る事もなくなる。悲しい事に我が国は領土が小さくてな……他国に比べると些か貧富の差が激しい。余はそれを改善したいのだ。王国は莫大な土地を持っているくせに我が国への施しは殆どない。広大な土地を持ちながら全て自国の民だけに与える。周りの国など見向きもせん」
ルクレティアは長年争い続けてきた王国との戦いを、今回の戦で終わらせるつもりであった。
王国に非があるとはいいつつも侵略行為が容認されるほどの事ではない。
しかし勇者であるエミリアにはそう伝えておかねば、ルオール法国の在り方に異議を唱えられ見限られても困るからだ。
「む、話していればもう国境が見えてきたぞ……あれが、これから戦う敵国、アルトバイゼン王国だ」
ルクレティアの視界には、国境の壁を背に並び立つ軍隊の姿が見えていた。
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