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第25話 本音と建前

「……頭を上げてくれ」

クロウの言葉に無名はゆっくりと顔を上げる。

まだ少し険しい表情のクロウとジェシカの次の言葉を待つ。


「……あの時、俺達ももっと協力者を募るべきだった。たった二人で避難させるなんてそもそも無理な話だったんだ。だが……あの時は味方を巻き込んだお前に当たってしまった。俺達にも非はある、だからお前だけが悪いわけじゃねぇよ」

クロウの口から出た言葉は意外なものであった。

元々無名に会ったら怒りをぶつけてやるつもりだったのだが、開幕早々無名からの謝罪を受けてクロウの怒りも下火になっていった。

冒険者に死は付き物だ。

だからかクロウやジェシカも一般人に比べてややドライな部分がある。


実際どちらが悪いかを第三者が判断するなら、当然の如く無名に軍配が上がるがお互い納得できる落とし所があるのであればそれが一番いい。


セニアは彼らを黙って見守る事にした。

最悪の場合、剣を抜く事になるやもと危惧していたが杞憂に終わった。


「とりあえず仲違いはこれでやめようぜ。俺達だって勇者を敵に回したいわけじゃねぇ。ま、一発殴らせて欲しいってのが本音だが」

「分かりました。では人目につく所でやりましょう」

無名は即答した。

意外な反応にクロウもジェシカも目を丸くする。

無名も出来ることなら冒険者達との確執は無くしておきたかった。

クロウの提案はそれを一気に片付けてしまえるかもしれないものだ。

多数の冒険者の前で殴られれば多少溜飲も下がる。

無名はそうと決まれば立ち上がり、ラウンジへ行くよう促した。


セニアも無名が殴られても良いと言うのであれば止める真似はしなかった。



ギルドの建物内にはざっと見ただけでも数十人はいた。

これだけの冒険者の前で殴られれば噂は広がってくれるだろう。

そう思いながら無名はクロウに合図を送る。


「全員聞いてくれ!」

クロウが声を張り上げると冒険者達はなんだなんだとクロウへと視線を送る。


「今俺の横にいるのは、半年前街を守る為味方ごと魔物を消し飛ばした勇者だ。知っているやつもいるだろ?」

クロウに集まっていた注目が全て無名へと移る。

その目には恨みがこもっているものが多い。


「コイツはわざわざ俺達に頭を下げに来た。こんなところまでな。コイツにも思うところがあったらしい。もっと選択肢はあったのだと自ら謝罪を申し出てきた。正直腹も立っていたが結果だけ見れば数千人の命を救った街の救世主だ!だが俺達だって謝罪の言葉一つではいそうですかと許すわけにもいかねぇ……だから半年前コイツと直接会話を交わしていた俺とジェシカが一発ずつぶん殴る!それでお前らも許してやってくれや。味方の裏切りなんて散々見てきたんだ。コイツみたいに非を認めて頭を下げに来たやつなんて見たことがねぇ!それに免じて許してやってくれ」

クロウの演説が響いたのか冒険者達は一様にウンウンと頷いていた。

既に半年も前の話だ。

死が身近にある彼らにとっては割とそう言えばそんな事もあったなレベルにまで溜飲は下がっている。


「というわけだ無名。歯を食いしばれ」

クロウが無名へと向き直ると拳を握り構えた。

身体能力強化を使えば大したダメージにはならないが、魔法使いであればバフ魔法を使ったとすぐに分かってしまう。

その為無名は無防備に彼の拳を受ける事にした。


「オラァッ!!」

勢いよく振り抜かれた拳は綺麗に無名の顔面を捉え、数歩後ずさる程の衝撃を加えた。


無名の口の中が切れたのか若干の血が口から零れ落ちる。


「次は私ね。といっても魔法使いだから魔法使いなりのやり方で殴らせて貰うわよ」

「え?」

クロウも聞いていないと言わんばかりの顔をジェシカへと向ける。

無名も想定していたのは女性の細腕から繰り出される弱めのパンチだったのだが、ジェシカは魔力を拳に集わせていく。


「いくわよ!ハァァッ!」

真っ直ぐに無名の頬を打ち抜くと砲撃でも食らったのかと思える衝撃と共に無名は後ろへと吹き飛んだ。


首がもげるかと思える程の威力に周囲は唖然とする。

死んだのではないか、そんな嫌な想像まで脳裏に浮かぶ程であった。


壁に激突した無名がのっそりと起き上がると、周囲はホッとした表情を見せた。


たとえ細腕であろうと身体能力強化を行えば、ジェシカといえども強靭な肉体を持つものと変わらないパンチ力となる。

未だ足元がおぼつかない無名だったが、冒険者達はその様に満足したのか少しスッキリした表情を浮かべていた。


「コラァァッ!ギルド内で何騒いでやがる!」

当然騒ぎを聞き付けたギルド長が現れその場は静まる事となった。

治療の為、別室へと連れて行かれた無名から話を聞き何とも反応しにくい表情を浮かべると、今後二度と同じ真似はするなとお叱りを受けた。


「冒険者らと禍根は残したくないって気持ちは分かるが、殴られてやる義理はねぇぞ。たとえお前が仲間を背中から攻撃したからといってな」

「ですがああするのが一番収まりが良かったかと」

「……まあ気持ちは分からんでもないがな。ただギルド内での騒ぎは御法度だ。次はねぇからな、勇者といえども追い出すぞ」

ギルド長は仕事が溜まっているのか、それだけ言うと部屋から出て行った。


「上手く収めましたね無名さん」

しかしセニアは未だ部屋に残っていた。

何か言いたげな顔を浮かべているなと無名も勘づいていたが、わざとスルーしていたのだ。


「何が言いたいんですか?」

「いえ……ただ上手くやったようですが私のような者にはバレていますよ」

「バレる?僕は何もやましいことはしていませんよ」

「あの言葉、心からの謝罪ではありませんでしたよね?」

セニアの言葉に無名はだんまりを決め込む。

彼女の言う通りであった。


あの場を一番上手く収めるために最適な言葉を選び、実際に冒険者達の溜飲を下げた。

もちろん心からの謝罪を述べたわけでもなかった。


「人は謝罪する時何らかの罪悪感を背負って頭を下げるものです。ですが貴方の目には一切の罪悪感というものが見えなかった。あの場を切り抜けるためだけの建前……間違っていますか?」

セニアの言葉通りだ。

無名が無言を貫くとセニアはそのまま話を続ける。


「いえ、別に責めているわけでは有りませんよ。私も……貴族界隈ではああいった顔には出さない腹芸など当たり前のように横行しているものですから」

「貴族……?」

「ああ、失礼しました。……忘れてください」

セニアは冒険者のはず。

冒険者の口から貴族という言葉が出てくるには少し違和感があった。

とはいえこれ以上追及したとて答えてくれる雰囲気でもなかった為無名はそれ以降貴族について聞くような真似はしなかった。



「安心してください。わざわざここでの会話を漏らすような事はしませんよ。私もそれなりに腕に自信がありますが、勇者に勝てるとは微塵も思っていませんから」

「……その言葉を信じましょう」

セニアは無名の本心を読み取っていたが、他言はしないと言う。

実際どこまで信じていいかは分からないが、少なくとも無名の敵に回るような事は無さそうに見えた。


「それにしてもまだ痛みますね……ジェシカさん、かなり本気で殴ってきたようです」

「そのようですね。まだ少し頬が腫れています。ジッとしていて下さい。癒しの水滴(ヒールドロップ)

セニアが無名の頬に手を当てると微かな温もりを感じ、痛みは引いていった。


「ありがとうございます」

「これでもう大丈夫でしょう。さてそろそろクロウさん達の元に戻って安心させて上げて下さい。でないとジェシカさんが目に見えて狼狽えて――」


カンカンカンカンカンカン


突如、セニアの言葉に被せるようにして街中に鳴り響く鐘の音。

無名も普通ではない音に警戒を露わにする。


「この音は……」

無名が立ち上がり窓の外を眺めると、セニアが間髪入れずに答えてくれる


「第一級警鐘……国の有事、もしくは災害級の魔物が現れた時のみに鳴らされる鐘の音です」

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