第22話 無の空間
――――――
ここはどこだ……。
僕は確か邪龍の首を落とし、ミルコが抱きついてきた所までは覚えている。
しかしその後の記憶がない。
それよりもここはどこなんだ。
周りは真っ白の空間が広がり、何も無い。
地面も空も辺りの風景も全てが真っ白だ。
『まだ死ぬには早いんじゃないかな?』
「誰だッ!?」
突然僕の耳元で声がする。
咄嗟に振り向き声のした方へと手を向けた。
『おっと!血気盛んだねぇ』
「誰だ、どこにいる」
目を瞑り神経を研ぎ澄ませる。
それでも気配が一切読めなかった。
『まあまあ落ち着いてくれよ、神無月無名くん』
「フルネームを知っている……?」
『もちろん。まずは自己紹介してもいいかい?』
気配を悟らせず声だけが聞こえてくる不気味な現象。
とにかく話をしないことには何も進展がなさそうだ。
そう思い僕は手を下ろす。
『どうも、こんにちは。かな?』
「光が……集まっていく」
僕の目の前数メートル先に光が集まり人の形を創り出した。
『私は神だよ。ああ、正確にはティターニアともう一柱の神と言ったほうがいいかな』
ティターニアは女神だ。
この世界の殆どの人が信仰している神でもある。
しかし今僕に話しかけてくる神とやらは幼い男の声だった。
『名前は……まあ今はいいよね』
「神だという証拠はあるんですか?」
『うーん、じゃあこういうのはどうだい?』
人の形をした光がまた形を変え、今度は僕もよく知る人物へと変化した。
「黒峰さん……」
『そう。君と同じくこの世界に召喚された勇者の一人、黒峰拓斗の姿さ』
「変化の魔法はあります。それを使っているだけなのではないですか?」
『疑り深いなぁ。じゃあこれならどうだい?』
また光が動き今度は僕が一番よく知る人物に変わる。
「母さん……の姿」
『そう。これなら信じるでしょ?だってこの世界の人は君の母親の姿を知らないんだから』
心を読んだのだろうか。
それとも僕の記憶から?
魔法という言葉で片付けられない現象に、信じざるを得なかった。
「……神だというのは分かりました。では聞きますがここはどこですか?僕は獣王国で邪龍を倒したはずですが」
『ここは君の心の中さ。まあ驚くほど何もなくてビックリしたよ』
「心の中?」
『そう。君の身体はいま死にかけていて治療院のベッドに寝かされているよ』
妙に納得してしまった。
邪龍の首を落とした時最後に残った全ての力を振り絞ったせいで、その後立つのも一苦労なほど消耗していた。
「心の中、というのは分かりました。で、僕はいつ目覚めるんですか?」
『私が君の前から消えたらさ』
「では消えてください。このまま死ぬわけには――」
そこまで言って僕は固まった。
死ぬわけにはいかない理由はなんなのだと自問自答してしまう。
僕は今まで誰かのために自分を犠牲にしたことはなかった。
それがどうして今、死にかけているのだろうか。
『それは君の心の変化さ。自分さえよければいい。自分が一番でなければならない。そんな思いが変化してきているのさ』
「なぜそう言い切れるんですか?」
『だって周りを見てみなよ。何も無いでしょ?つまり、君の心は空っぽってことさ。普通の人間ではあり得ない現象なんだけど、今の君は考え方や気持ちが激しく変化している。だから何も無いんだ。まあ良いように言うならこれからこの真っ白な空間に色がついてくるって感じかな?』
なんともフワッとした言い方に僕は眉をひそめる。
褒めているのか貶しているのかどっちか分からない。
「それでなぜ僕はここにいるんですか?」
『私が呼んだからさ。今は辛うじて君が死なないように私が命を繋いでいるんだ』
「どうしてそんなことを?」
『君に死なれると困るんだよねぇ。魔神の復活が近いからさ』
「他にも勇者はいると思いますが」
『でも君ほど適した者はいない。魔神ってね、魔王や龍王とは格が違うんだ。まずこの世界の生き物では勝ち目はない。そこで白羽の矢が立ったのが君たちのような外部から来た人間さ』
神曰く、定期的に勇者を召喚しているのはこの世界と僕らがいた世界の繋がりを失わないためだそうだ。
期間が開きすぎてしまうと、勇者を召喚した時また別の世界と繋がってしまう可能性が高いらしい。
「僕が魔神を倒さなければならないということですか?」
『そういうことさ。だから私が無理して君を召喚術式に組み込んだんだ。本当なら君は今元の世界でいつも通りの日々を送っているよ』
「ありがた迷惑ですね……」
僕は元の世界でやろうとしていることがあった。
世界を混乱に陥れ新たな秩序と体制を作り直す、そんな野望があった。
それも道半ばに閉ざされこんなよくわからない世界に召喚されてしまった。
『その顔は納得していないねぇ。普通異世界に召喚されたら喜ぶんだけど』
「誰もがみなそうとは限りません」
『まあまあ、もう済んだことじゃないか』
人を別世界へ攫っておいて罪の意識など皆無な神に苛立ちが募る。
ケラケラ笑いながら話す神に嫌気が差してきたが、ここから抜け出す方法がわからない為、何もできやしない。
『まあとりあえず君には死んでもらったら困るんだよね。魔神に唯一対抗できそうな勇者。まあもう一人有望な子がいるけど今のところ君が一番だよ』
「あまり嬉しくはありませんが。それならサッサとこの真っ白な空間から出してもらえませんか?」
『まだもう少しだけ待ってくれるかい?私が君の命をなんとか繋いではいるけど、外部からの魔力が足らなくてね。君を起こすには物足りないよ』
神が言うには、現在僕の魂はあの世へと送られかけているのを神の権力で繋ぎ止め、その間に誰かが僕の身体に魔力を流し込んでくれているそうだ。
半信半疑だが、そう言われてしまえば待つしかない。
『おっ。一気に大量の魔力が流れてきたね。ん?ああ、なるほど』
「何がなるほどなんですか?」
神は何かが起きていると分かっているようだが、僕は今何が起きているかすら分からない。
『今龍王の一体が君に魔力を流し込んでいるよ。これだけ膨大な魔力ならもう少しで君は覚醒する。折角の機会だ、何か質問とかはないかい?神に質問できる機会なんて早々ないよ』
質問、と言われても何を聞こうか悩む。
あまり時間もなさそうで、聞けても一つか二つ。
「では……勇者の一人斎藤大輝は死んでしまいましたが、元の世界に戻ったんですか?」
『いいや?死んでるよ。この世界で死んだら突然君たちの世界には戻れない。これはゲームじゃないからね。肉体ごとこっちの世界に呼び出しているんだよ。元の世界では今頃捜索願でも出されているんじゃないかな』
「無責任な神もいたものですね……」
神の言葉一つ一つが無性に腹が立った。
別に斎藤大輝に情が湧いたわけではない。
ただ、勝手に呼び出され死んだらさよなら、というのが納得いかなかった。
『ほらほら、もう時間はあまりないよ。他に質問は?』
神が急かしてくる。
真っ白な空間は徐々に狭まってきていた。
いずれ何もかもがなくなり、僕の意識は覚醒するのだろう。
他に聞くこと……神に聞きたいことなど数えられないほどあるが、とにかく今はこれさえわかればいい。
そうすればまたいつか機会が訪れるはずだ。
『ほらほら、もうすぐだよ』
「では最後に一つ。魔神を倒せば僕らは元の世界に戻れますか?」
今はそれがわかれば良い。
元の世界に戻る手段がないと言われれば絶望しかないが、あると言うのなら目の前の神に会う機会をまた作れば良いだけだ。
『うーん、そうだね。正直に言おう』
「嘘偽りなくお願いします」
『君たち勇者は……元の世界に返す手段がない』
神の言葉に僕は愕然とした。
この世界の神が言うのだ。
どう足掻いても元の世界に戻ることはできないのだろう。
その言葉を最後に僕は真っ白な空間から追い出された。
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