8-引き入れたその訳は
約二日の看病の後、ブランクは全快した。
ファレーナと後から加わったメイド、リベリカの処置が的確であったこと、
フレアクラフトに伝わる塗り薬の効力が非常に強かったことが理由として大きい。
そうして、二日前より若干丸くなったブランクと二人は道場の真ん中で作戦会議をしていた。
「まず、私の道場を選んだこと。センスが良いわ! 褒めてあげましょう」
「あ、ありがとうございます?」
胸を張るファレーナは可愛らしい少女そのものだ。
三メートル越えの巨体、ブルブラックを一撃で沈めた実力者であることは、ブランクにとって未だに嘘のような事実であった。
「本来であれば、入門のお祝いとかした方がいいのかもしれないけれど、残念ながら我が道場は未だに危機を脱したわけではないわ」
「えっと、危機というのは……?」
状況を飲み込めていないのは、とりあえず連れてこられたは良いけれど、二日も療養に徹していた弊害である。
兎に角、傷を治すため食べては薬を塗り寝るを繰り返して、ブルブラックの門下生から受けた手痛い仕打ちを消す必要があった。
打撲や軽い骨折は当たり前であり、悪いところでは変なふうに骨が曲がっていたりもした。
そこはファレーナの力の見せ所であり、まるで粘土で遊ぶ子供のようにこねくり回された結果、完治したのだ。
ブランクとしては、看病中は生きた心地がしなかったが。
そんなブランクを見かねたリベリカが小さく咳払いをする。
「簡単に説明いたしますと、道場“虹焔”は門下生が三日前までゼロ人の状況でした。協会の規約に則り、ブランク様が入門されなければ、その時点でファレーナ様の道場“虹焔”は潰れていました。それを、ブランク様の入門申請が通ったことでギリギリ回避できた。これが現状です」
「なるほどです。ですが、未だに危機とは……」
「成果。これをあげなければ、門下生の有無に関わらず潰されます。そして、約十年の道場
打ち立て禁止令が発令されます」
「それはそれは……」
大変なことだ。と他人行儀で茶を啜るブランク。
この二日腹が破裂する寸前までたらふく食べていた影響か、茶とても美味しかった。
「なんだか対岸の火事みたいな顔してるけど、成果を上げるのは貴方なのよ?」
「ぇっ!? ぼ、僕ですか!?」
思わず茶を吹き出しそうになって堪えたのは褒めるポイントか。
目を丸くするブランクを諌めるように、リベリカは言う。
「そも道場とは、冒険者という職業がほぼ消えた今、魔物退治や国防を担う騎士を排出するための施設。それがまともに機能しているかどうかを評価するのは、協会の仕事として最も有名なものと思いますが……まさか知らなかったのですか? 騎士を目指す者が」
「あ、あはは! そうでしたね!! 失念してました!」
二人の視線が懐疑的なものに変わる。
顔は青ざめ、汗は滝のように噴き出し、目はバタフライをして泳いでいる。
余りの怪しさに、ファレーナはブランクを背後から羽交い締めにした。
「ふぁ、ファレーナさん!!? にゃにを!?」
「やりなさい。リベリカ」
「イエス、マイロード」
「ち、ちょっと!? テンション感さっきと全然違うんですけd────あ、あっひゃひゃひゃ!!?」
無防備に開いた脇に超絶技巧のメイドの指捌きが炸裂。
どこで鍛えたのか、何のための技なのか。
どちらにしても肋骨を痛くない程度に触る心地はとてもじゃないが少年が耐えられるものではなかった。
そうして、少年は程なくして白状した。
「「記憶喪失!?」」
「はい……、実は半年より前のことを思い出せなくて。その時にブルブラックさんに拾って貰ったんです。雑用と偶に剣を教えてくれるというので。ご飯も寝床も頂けましたし」
ブルブラックの修行方法はファレーナから見て最悪のものだった。
環境も悪ければ、師も最悪。
そんな地獄に於いても、存外優しさはまだ残していたのだ。
或いは。
「彼も気付いていた、のか」
ファレーナがブランクを引き入れたその核心。
もしそこにブルブラックが辿り着いていたのだとすれば納得がいく。
素性の知れない少年の面倒を、クズみたいなやり方とはいえ見ていたのだ。
そう考えなければただのお人好しだ。
一人考え込むファレーナに、ブランクが切り出す。
「気付く? とはなんでしょう」
「私が貴方を門下生にした理由よ。貴方には特別な力がある、と思う」
ファレーナの言葉に得心を得たように頷くリベリカ。
「出なければこのような駄犬を門下生にするなど、あり得ませんよね。えぇ、リベリカは承知していましたとも」
「貴方、絶対わかってないでしょ……」
「それより駄犬を否定してくださいよ!」
ブランクの涙ながらの訴えは却下され、道場の隅でいじけてしまう。
そんなブランクを置いて、二人の話は進む。
「リベリカ。貴方、シャガが戦った対戦者のことは覚えてる?」
「……あぁ。あの惨敗を決した試合ですね。ボロボロのコテンパン、圧倒的なまでの差で大敗した」
「そんなことはどうでも良いのよ! その対戦相手にレイテムってのがいたでしょ? そいつ、ブルブラックの道場にいたのよ」
「? 意図を測りかねます。それがどう駄犬を門下生にする理由と……」
リベリカは己の脳をフル回転させ、主人の考えを模索するがどうにも答えにいきつかない。
ファレーナは人差し指を立てて言った。
「レイテムとブランクの剣筋は全く同じだったのよ」
「それは……割と当たり前では?」
「確かに、師匠と弟子。弟子同士の剣筋が似る事はよくある事よ。けれど、全く同じはあり得ない」
核心をつくファレーナの言葉に、リベリカはハッとした。
「癖、攻撃パターンから何まで……全てが同じだ、と?」
「そう。恐らく、九〇%真似しているわ。残りの一〇%は、他の門下生かブルブラックの動きでしょうね」
他人の動きを一から百まで真似ることは基本出来ない。
骨格と体格が違う者同士が同じ動きをするのは不可能なのだ。
瓜二つの双子であれば可能かもしれないが、だとしても小さな癖まで同じというのは考えづらい。
だからこそ──異常。
隅でメソメソ泣くブランクに二人の視線が集まる。
「ということは……」
「ええ。二つの可能性が考えられるわ。だから、ほら! 貴方も来なさい! これからの方針を話すわ」
ほぇ? という気の抜けた声を出すブランク。
本当にこんな奴が? と呆れる二人だった。
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