7-メイドの帰還
一週間という期限は長いようで短い。
あと六日ある、あと五日あると思っているうちに、気付いたら当日になっているのだ。
それは宛ら、時限爆弾を解体しているときのよう。
じっくり、じわじわと精神的に苦しめられる。
そんな苦しさを、主人だけに合わせるわけにはいかない。
そんな心持ちから行動した一週間であった。
門下生を探して、エリュシテの全区内を駆け巡った。
“道場に入る”と、一言でも言ってくれれば良いのに。
フレアクラフトの名を出すと途端に逃げてしまう。
確かに、中途半端な人間であれば数人、見つけることはできた。
しかし彼らを前にして、過る。
かつて仕えた男の顔が。
今仕える少女の顔が。
曇りなき、決意と信念の家柄。
それを一切違える事なく継いだ現在の主人は、仕えるにたる人間だ。
世渡りが下手、とも思う。
だからこそメイドたる自分が、ストッパーとして機能せねばならない。
多少の無理を通してでも、判子を押させて門下生を連れてくるべき。
そう、理解はしているはず──なのだが。
書類を書き切る前に、毎回紙を取り上げてしまった。
過るかつてと今の主人の顔が、悲しい顔になるようで。
──己は馬鹿だ。
どうしようもない、主人不幸ものである。
そんな意味のない後悔に歯噛みする。
そうして一週間が過ぎた。
帰途につき、メイドは思う。
この一週間であの主人が候補生を見つけているわけはない。
勿論、メイドが切ったような不適正な人物を、入門させているのなら話は変わってくる。
そんな行動を、彼女がするとは思えなかったが。
安普請なボロ道場に着いた。
相変わらずのボロさだが、立派な看板だけが寂しく立て掛けられている。
(ええい、腹を決めなさい)
扉の取手に手をかけて止まる自身に、心で発破をかけ、意を決して扉を勢いよく引いた。
「申し訳ありません、ファレーナ様。一週間で候補生を探して来る予定だったのですが、見つかりませんでした──ので! かくなる上は、不肖、私めが門下生になる事でこの場を凌ごうと、進言させていただきt──」
メイド姿から騎士姿への早着替え。
ファレーナの服装の意匠は基本、鎧というよりもとある事情により学生服の方が近い。
それと比べれば、古き良き甲冑を装着したメイドは正しく騎士と呼べる。
まずは姿から、とはいったものであった。
だが、その準備が無駄だった事を瞬時に理解し、思考は停止した。
「ほら! もっと食べなさい。怪我人は食べる事で傷を治すの。私の薬は効果覿面だけど、それは食ありになんだから」
「も、もう食べられません……うっぷ」
「軟弱ねー! そんなんだからあんな辺鄙な道場でいじめられるのよ! ほら! 後二皿!」
「そこは一皿じゃないんですかぁ!?」
眼前で繰り広げられる、師匠と弟子の食事風景。
包帯でぐるぐる巻きにされた見知らぬ男と、その男の口に粗雑に食事を突っ込む主人。
それはまるで愛妻弁当を夫にあーんしているような、なんとも仲睦まじい光景に思えて、思わず嫉妬心が燃え上がる。
込み上げる感情は理解しようとする脳を停止させ、メイドは石のように固まった。
「ん……? あ! リベリカ!! 帰って来たのね!?」
メイド──リベリカを見て、ファレーナは抵抗していたブランクの口に食事を突き刺して、涙ぐみながらリベリカに駆け寄った。
「わ、私……み、見捨てられちゃったんじゃないかって思ってぇ……心配だったんだからぁ」
しかし、主人の変わらぬ姿に石化は解ける。
暖かい手。可愛らしいご尊顔。
ちょっと力を入れれば、折れてしまいそうな身体。
その全てが、愛らしくいじらしい。
「……ファレーナ様」
自尊心の強い主人が、なぜか自分にだけはとても強い執着心を持ってくれている。
その事実が、心に幸せを染み渡らせた。
優越感。このポジションは脅かされることはなく、腹をパンパンにして倒れている目の前の男も同様だ。
「私の勝ちだ」
「なんの話?」
「いえ、こちらの話です。それよりファレーナ様も、道場も……とりあえずの窮地は脱したようで良かったです。まずは話を致しましょうか」
昂っていた感情は終始ファレーナに突き動かされたが、漸く落ち着きを取り戻したリベリカ。
荷物を置いて、一先ず食事を男に食わせる事が久しぶりの仕事になりそうだった。