6-彼女は炎
鮮烈に。
苛烈に。
猛烈に。
その少女の登場は唐突に、華美なオーラを纏い、
誰もを圧倒して参上した。
宛ら花でも散るように。彼女の赤い魔力の波動は、甘い花の匂いを漂わせた。
「ハァァッッ!!!」
対するは、闇の波動。
ブルブラックから放たれる魔力の波動は、見るものを圧倒し魅了するファレーナとは正反対の、他者を制圧するための負のものだ。
場を支配しようとしたファレーナの魔の力を、
弾き飛ばしたブルブラックは鼻を鳴らした。
「誰かと思えば今朝の負け犬ではないか。ギャンギャン泣き喚き、みっともない姿が今でも我が瞳に浮かぶぞ」
ブルブラックはニヤリと頬を歪ませ、
対するファレーナは見下すようにその面を傾ける。
「煩い爺やね。たかだか、弟子の勝負一回勝ったくらいで浮かれて、器が知れるわ」
「ほざきおる」
くつくつとブルブラックは笑い、
「じゃが、良いのか。貴様、不当な理由で他門に立ち入った場合、協会より罰則が下る。軽くて半年の試合出場停止、重ければ道場をたたむことだってありゆる。貴様程度の門派であれば、即刻──」
「それなら問題ないわ」
したり顔で告げるブルブラックに突き付けるのは一枚の用紙であった。
それはブランクがファレーナに渡しそびれた入門申請書。
だがそれは落とした時とは状態が違った。
「貴様の印と、協会の承認印……」
「その通り、コレでブランクは私の道場にも席を置く事になる。自分の弟子を迎えに来て、何か問題があるかしら?」
基本的に道場の掛け持ちは良しとされない。
師の教育方針の違いや教える技の相性などの理由があって、二ついっぺんに教わるよりも一つの道場で極めた方が圧倒的に強くなれるのだ。
そういう意味合いで言えば、問題は大いにあったが、ファレーナがブルブラックの道場にやってきた理由としては最適の理由だった。
しかし、
「くっくっくっ……」
「何かおかしい?」
「おかしいさ。貴様が証明したのは、ここにやってきた理由だ。あぁ、良いだろう理解した。ようこそ、ドーベルマンナイト道場へ。だが貴様、我が門戸を粉砕しておいて、タダで帰れると思っているのか? それにだ」
ファレーナの周りをその門下生が取り囲む。
ザッと十六人。
床に倒れていた負傷者までもが、
真剣を手に、ファレーナに向かい合っていた。
その様子にファレーナは目を眇めた。
「ただ同然だろうと、ブランクはワシが可愛がる門下生だ。雑用係を新たに探すのも面倒でな」
「随分と、躾が上手いのね」
「半年の成果だ。さて、没落したフレアクラフトに一体何ができるか──」
瞬間、再びの熱風が巻き起こる。
台風でも発生したかと見紛う豪風が肌を焼く熱と共に門下生を襲い、吹き飛ばす。
「舐めすぎ」
「の、ようだな」
両者の言葉が合図となり、
魔力は更に解放された。
闇の魔力と炎の魔力。
お互いの魔力は拮抗し、その中間にいるブランクは蹲ることしかできなかった。
激しくぶつかり合う赤と黒の魔力はバチバチと火花を立て、今にも爆発せんという勢いだった。
「くっくっく。門下生程度を瞬殺して調子に乗っておるようだが、貴様の等級は一体何級かね」
ブルブラックの問いに、ファレーナは少しだけ間を開け、
「八級よ」
そのファレーナの答えにブルブラックは大口を開けて嘲笑した。
「八か! よりによって!! 師匠の資格、その最低限度の等級で息巻いているとは……片腹痛いな!!!」
ブルブラックから放たれる魔力は更に圧を増す。
中間にいたブランクが徐々にファレーナの方へと押し出される圧倒的魔力量。
実力皆無のブランクでは立つことさえままならない。
他者を押しつぶす闇の魔力に立ち向かうこともできずに、地面を舐め転がってゆく。
「わしは黒等壱ツ星! 貴様の三つは上の等級だ!! 国でも両手で数えるほどしかいない黒等の証は、現国防の要を任される重要な等級だ! たかだか八等級風情では足元にも及ばん!」
ブルブラックから噴き出した魔力はブランクを吹き飛ばした。
なすすべもなく、
紙屑のように吹き飛んだブランクは無様にその身体を地面に打ち付け、
「あ、ファレーナさん?」
なかった。
寸前で抱き留めたファレーナの身体は、ひ弱なブランクと身体と比べても小さい。
なんとか受け止めた形のファレーナはそれでも頼もしくブランクに映った。
(こんな小さな身体なのに……)
「今、アタシのこと小さいな、と思ったわね」
「テレパシー!?」
ほんの一瞬、心に浮かんだ言葉。
それを言い当てられたブランクは身体を硬直させる。
ファレーナの声音が恐ろしく冷えていたからだ。
殴られても仕方ない。
そう、目を固く瞑った時、優しく小さな手のひらがブランクの頭を撫でた。
「よく見なさい。そして刻みなさい、これが自分の師の戦う姿と」
力強く、しかして優しい。
身体の芯から温めるその言葉は、ブランクの不安を吹き飛ばした。
黒い魔力が嵐のように道場内を駆け巡る中、
ファレーナは堂々立ち向かう。
相手は黒等壱ツ星。騎士等級十四段階ある中の、上から四番目の強者である。
ブランクであれば、
立つことすら許されないその圧倒的魔力の乱気流を、ファレーナはなんなく闊歩する。
「暗黒武装──黒斧撃刀」
地面に手をつき、魔術を地面に付与。
引き抜くように手にするのは漆黒の武器だ。
闇の魔術によって強化された造形魔術。
二対の黒い武器はそれぞれが人一人分程の大きさがあり、
それを軽々と扱うブルブラックの巨大さが伺えた。
加えて込められた魔力は必殺の破壊力を秘めている。
刃先で撫でられるだけで、普通の人間ならばミンチになってしまう。
暴力を封じ込めた漆黒の武器を、ただの土から生み出すブルブラックの手腕は言うまでもない。
彼にとって、武器がない状態はないのだ。
どこでも臨戦態勢に移行できて、
どこでも本気で戦える。
それが彼の強みであり、真骨頂だ。
暗黒武装に隙はなし。
「さぁ──小娘ハンバーグで晩餐じゃぁ!!」
振りかぶるブルブラック。
彼は今正しく台風の化身だ。
一度武器を振い出せば、道場ごと人が吹き飛ぶ。
それを、子供同然のか弱な少女が受け止め切れるはずもなく。
ブランクは最悪の未来を想像して、固く目を閉じた。
「悪いけど、十年前なのよね」
ブランクの杞憂を笑いとばすように、
肌をつつくような軽口がブランクの瞼を開かせた。
自分より小さな背中はそれでも、嵐の中で微動だにしなかった。
「私が、八等級を取ったのは」
「ば、バカな」
嵐を内包した斧による振り下ろせば、本来であれば、町を駆ける少女と何ら変わりないファレーナなぞ粉微塵だ。
だからか──斧は振り下ろす前に彼女の頭上で静止していた。
彼女の小さな腕二本によって。
「どうなっている……!?」
斧の刃に食い込むようにして、ファレーナが掴んで止めている。
振り下ろす斧を止めた驚きより、現状ぴくりとも動かさせないその膂力こそ驚嘆だった。
ファレーナの倍以上もある体躯のブルブラックの、丸太みたいに太い腕が血管張り裂けそうになりながらも動かせない。
微動だに出来ないのだ。
その事実に、ブルブラックは困惑していた。
そんなブルブラックを揶揄うように、
ファレーナは笑った。
「嫌がらせでさ。試験を受けれてないの。フレアクラフトだから」
彼女のいうことが本当であれば、
それは間違いなく能力の詐称にすぎない。
騎士なら恥じるべき行為だろう。
だが、自らの力を隠す能力にも長けている証左であり、外部的要因がある以上、それを見破れないブルブラックが責めることなど、できようものか。
脳を巡った衝撃は、現実逃避から無理やり現実へとブルブラックを引き戻した。
斧は砕け散り、ブルブラックの拘束が解ける。
武器を地面から作成してすぐにでも攻撃に転じるべき場面で、ブルブラックの視界をか弱い少女の凶悪な笑顔が支配する。
「き、貴様一体何等k──」
赤に発光する手のひら。
高熱による発光は次第に赤から白へと転じ、ブルブラックの巨軀に突き刺さる。
突き刺さる瞬間、腹が黒く変化した。
黒い皮膚は闇魔術による強化を測ったものだが、ファレーナの一撃の前では紙の鎧に等しかった。
声も出せず、腹から煙を吹き出すブルブラックは腰を折り地に沈んだ。
三メートル超えの巨軀を見下ろし、百五十センチの少女は自慢げに鼻を鳴らす。
「知らないわよ。国に聞きなさい」
颯爽と現れた炎の化身のような少女は、軽々と地獄の要塞を陥落させた。
その圧倒的な強さと迫力はまさに──ブランクが追い求める輝きそのもの。
鼓動が高鳴る。ドキドキと。ドクドクと。
キラキラと虹色に輝くそれは、瞳を潰さんとする勢いで──世界を塗り変える。
「ほら、行くわよ」
少し照れっぽく差し出された手のひら。
既にファレーナを邪魔しようとするものはいない。
あとはブランクがそれに応じるだけだったが、
「な、なによ」
差し伸べられた手を掴むまで、若干の間。
少女の瞳に宿る炎に、ブランクは惹かれた。
手のひらを取り立ち上がる。
第一声は、ハッキリと。
「これからお世話になるブランクです! け、剣術も魔術も全然ですが、よ、よろしくお願いします!!」
「ふん、問題ないわ。何せ、私が鍛えるんだからね」
妙な説得力のある言葉に思わずブランクは唾を飲む。
自分を魅了した輝きは、過去の自分を塗り潰した気がした。
果たして僕は、
この虹色の煌めきに、
焦がれてしまったのだろうか。
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