5-私の●●
思えばあの輝きを目にした事が、分水嶺となったとブランクは思う。
先行きが見えない暗闇の中で、初めて見てしまった強力な光。
強さを象徴したそれは暗闇の中では眩しく思え、手を伸ばしてしまった。
そのキラキラに。煌めきに高鳴る鼓動を信じて。
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道場にやって来たのは、ブランクだった。
模擬試合で受けた傷はほぼ完治し、腫れも引いていた。
ファレーナによる治療は彼の身体を完全回復させるには充分だった。
「ワシはなぁ、ブランク。貴様の事が気に入っていたのだ」
しかし、今その彼は道場で蹲っている。
ファレーナとの試合の傷は癒えている。
だから、今彼を苦しめているのは別の痛みだった。
「可愛い可愛いブランクよ。間抜けで、か弱で、強さのかけらもない貴様は突然ワシを尋ねて来たな。それからもうすぐで半年になるが……一向に強くなる気配がない」
ブランクは覚束ない様子で地面に剣を突き刺して立ち上がる。
剣は稽古用の木剣ではない。稽古用の真剣だ。
それを構え、見据える。
先には、
「弱いなぁブランク、お前は」
数人の真剣を持つブルブラックの門下生がいた。
地獄の特訓メニュー裏の段、“多対一虐め抜き”である。
ブランクを稽古と称し、いじめるのはこの道場の通例だ。
その主導者は師ではなく、レイテムだった。
「お前が弱いのは何でだと思う? 体格も悪い、センスもねぇ。つまりは向いてねぇんだ。何もかもがないお前は剣の道を目指すべきじゃあないんだよ!」
レイテムの繰り出す斬撃はただ振り払うだけの稚拙なものだ。
一端の剣士であれば、この程度の剣なぞ苦なく振り払えるはずだ。
しかし、一端の剣士ではないブランクでは受けるのすら難しい。
力のままに投げ飛ばされ、壁にまで追いやられる。
「何も出来ないのならば! テメェは給仕でも雑用でも事務でも、その程度の仕事をすれば良いんだよ! 騎士を目指すな!!」
「もっと……」
「あ?」
レイテムの過激な攻撃に、ブランクは笑って返した。
それは見るものを怯えさせる狂気の瞳。
吸い込まれそうな透白の瞳にレイテムは一瞬、怯えた。
「足りない!!」
「うぉっ!」
レイテムに倣い、力のままに振るったブランク。
その過激な攻撃姿勢はレイテムにそっくりだった。
「もっと教えてください! 僕に足りないものを!」
「くそっっが!!」
「あっ!」
レイテムが力任せに押し払い、よろけた先には門下生の先輩たち。
睨みを利かせたハイエナは弱った獲物の喉元に、容赦なく剣を突き立てる。
四方八方から迫り来る刃を器用に躱し、いなし、やり過ごす力もやり返す力もブランクにはなかった。
「ぁあ……」
立ち上がれなくなった門下生は剣の腹で叩かれる。
これが虐めと言わずに何というのか。
しかしこれをブルブラックは必要な処置と考える。
目を眇め、傍観していたブルブラックが口を開く。
「痛みなくして強さは生まれない……レイテム。刺せ」
「は? い、いや、そりゃあさすがに」
「稽古に上限はなく、やり過ぎは弱者の言い訳であり、妥協は堕落だ。打撲なぞ、剣の痛みではない。真の鉄の冷ややかさを知らねば、上達の道には程遠い。さぁ、やれ」
「は、はい。へへっ、悪く思うなよ、ブランク」
レイテムは先輩が袋叩きにするブランクの元へ向かう。
半狂気に染まる瞳は狂信の証、ブルブラックに全ての責任を放棄した血に飢えた獣の瞳だった。
舌舐めずりをし、からんからんと地面に剣先が当たり、乾いた音を鳴らす。
それは死への足音であり、疲弊し、負傷しているブランクへの死のカウントダウンでもあった。
「ま、まだ……僕は」
「もっと遊びたいよなぁ、俺もだ。だから、サクッといってやる……し、死ぬんじゃねぇぞぉ」
腕は震えている。
しかし、腹を決めたのか。ブルブラックを一瞥し、鋒をブランクに定めた後は弓を構えた熟練者のように微動だにしない。
這いずるブランクは道場に差し込む光に手を伸ばし、尚も逃げようとしていた。
「知りたい、のに……何が、足りないのか」
知るためにブランクはここに来た。
必要なものを。自分に足りないものを探すため。
いまだに見つけていない、自分のピース。
それを見つけるまで、死ぬことは出来ない。
だから、手を伸ばすが。
レイテムの構える剣は遂に、
「教えてやるさ……それは、俺と出逢わない未来を掴み取る“幸運”だ!!!」
ブランクへと突き立てられた。
逃れられないその刃は、ブランクの肉を裂き、骨を断つだろう。
壮絶な痛みが彼を襲うはずだ。
刺しどころが悪ければ、命さえ奪う鉄の剣。
ブランクは強く目を瞑り、今更ながら後悔する。
──僕は選択を間違えた。
この道場を選んでしまった、それこそ彼の間違いだったのだ。
ブルブラックの強さに惹かれ、門下生になったは良いものの、始まったのは稽古という名の虐めだ。
半年いて、強くなる実感なぞ一向に感じなかった。
もっと良い出会いを掴み取れたら──そう、歯痒くもレイテムの言う通りだった。
運がなかった。
諦めのつく結論を手にして、ブランクは痛みに備え強く目を瞑った。
どうか命だけは救われてくれと、神に願って。
「──幸運なら、あるわ。私が見つけた」
瞬間──道場の扉から強烈な熱風が巻き起こる。
台風と見間違うような豪風が扉を破壊して、勢いに任せ、門下生らを道場奥にまで吹き飛ばす。
それはレイテムも例外ではなく、ブランクに剣が刺さる前に扉と共に吹き飛んだ。
「貴様……」
「あなた、は」
烈火の如く、燃え盛る長い髪。
瞳は太陽のような輝く赤。
小さな体からは想定もつかない魔力の放出は、まさしく太陽の化身のよう。
「ファレーナ・フレアクラフト。ブランク、貴方を──私の弟子にするわ」