3-違和感
「あのぉ」
頼りない声。
いまにも消えてしまいそうな、
蝋燭の火のような印象を感じさせる声だった。
声の先、その主が立っていた。
白い髪に優しそうな顔付き。
165センチ程の身長で筋肉はあまりついていない細身だ。
とても騎士を目指す者としては気迫も肉体も足りなかったが、今まで来た者の中では幾分かマシに見えた。
「ぶ、ブランクと言います! 今日はその」
「入門したい、ということかしら」
「あ」
ブランクという少年を見て、
足を組み、肘をつき、
明らかに態度が悪いファレーナ。
機嫌が悪いわけではない、ただいつも相手を分析する際は戦闘の中だったりと非常に空気感が固かった故に、日常でも相手を見定める時は睨みがちになる。
(こ、怖ぁぁっ! なんであの人睨みつけてるノォ!!?)
一人ガクガク震え始めるブランク。
その様子をジッと見つめ、見据え、品定めをする。
強くはない。明らかに。
肉体も心も。
だから強くなりたい、ということだろうか。
そんな事を考えていても仕方ないか、とファレーナは立ち上がった。
「なんでうちに?」
「あ、え、えと、実はこの前の試合を拝見させてもらってまして……」
「ん?」
この前の試合。
それは十中八九シャガの試合だ。
それ以外の試合は半年以上前に取り行ったものであり、記憶に残るようなものでもない。
とはいえシャガの試合も何も活躍していない、良いとこなしの駄試合だ。
そんなものを理由にやって来たということは、
「冷やかしか……他所でやりなさい。私は付き合ってられるほど、今、体力がない」
「違いますよ!! 感動したんです、あなたに!!」
しっしっと適当にあしらおうとして、そのブランクの熱意に驚いた。
まるで初めて魔術を見た子供のような笑顔で言うのだから。
「あの会場の中、強い人はほとんどいませんでした。僕が初めて見た強い人より更に上の強さ!! それを僕は貴方に見ました。あの観客席からでも伝わる覇気に魔力……貴方に騎士道を教われば、僕はきっと強くなれる! そう確信したんです!!」
彼の言葉の意味は理解し難かったが、ブランクの熱量だけは理解した。
間違いなく、嘘は言っていないと。
だから、ファレーナもそれに応えるように、道場に飾ってあった木刀を手に取って、ブランクに一つ投げる。
「はわ!? な、何を……」
「そこまで言うなら、見極めようじゃないか。──模擬試合だ」
—
「やぁー!!」
(ひどいわね)
酷い。
何が酷いって、全てが酷かった。
動きが悪い。剣筋が悪い。筋力がない。体力がない。着眼点が悪い。知識がない。動体視力が悪い。魔力がない。多様性がない。才能がない。
何もかも無ければ、何一つ特筆することが無かった。
それは飛べない鳥に飛び方を教えるような、
絶望感さえ与える悲惨さだった。
だが。
(何か引っ掛かる)
ブランクの剣をいなし、体幹を崩して倒れさせる。
そんな彼の様を見て、喉に魚の骨が引っかかったような。
或いは手が届きそうなとこに物があるのにギリギリ取れない時のような、不快感を感じている。
得体もしれない不快感が、ファレーナを襲っている。
「凄い……これが、ファレーナさんの力」
「ん、鼻血が出てるじゃない」
転んだ時に強く鼻を打ちつけたのだろう。
救急箱を取りに行こうと、背後を振り返った時その時、手首を掴んで止められる。
「もっと見せてください──ファレーナさんの力」
「──!」
思わず飛び退いた。
得体の知れない恐怖。
底知れない狂気のような何かを、ブランクから感じたからだ。
だから、飛び退き様に思い切り木刀で薙ぎ払ってしまった。
「ぎゃふん!!」
「あ! だ、大丈夫!?」
吹き飛んだブランクは壁に背を打ちつけて目を回す。
まさか自分が一瞬でも少年に恐怖したとは考えたく無かった。
鼻と背中に痛み止めの塗り薬を塗りたくり、暫く道場で寝かすことにした。
「なんでしょ、この違和感は。一向に掴めないわね」
剣を振っている時間、振らない時間。両方の時間を合わせても一向に答えに到達する気配はなかった。
もうすぐで出てきそうな物だから尚更タチが悪い。
ブランクに才能はない。教える価値も、ないように思える。
だがその違和感が自分自身に告げるのだ。
このブランクを手放してはいけない、と。
「ん……」
悶々とする中、30分程度でブランクは目を覚ました。
重い瞼を何とか開いて、薄れる意識を何とか覚醒させて、漸くブランクは状況を理解する。
「は、はは……どうですか。僕は、弟子にしてもらえるんですかね」
「どうもこうも……」
決め手にかける。
ファレーナが弟子を取る時に決めているのは、そいつに教える事で得られるだろう未来の報酬だ。
即ち、道場の繁栄である。
弟子が有名になり、門下生が増えれば、フレアクラフトの名誉は安泰だ。
だからこそ今は適当な弟子を取るのではなく、ちゃんと未来を想像できる人材を確保したいと、ファレーナは考えていた。
ファレーナ自身の中に現れた、あの違和感の謎さえ解ければ或いは話も変わってくるのだが。
そう悩むファレーナを見て、ブランクは大量の汗と涙を流していた。
「は!? ど、どうしたのあなた」
「やっぱり僕じゃ無理ですよね……知ってました。僕は弱いから」
フルフルと震え始め、今にも爆発しそうな爆弾のよう。
基本感情を直球にぶつけるファレーナは彼のその反応に戸惑う。
そのまま言ってもいいが、自分でも理解出来ていない感覚だったからだ。
とりあえずそこは言わなくていいか、と。
「い、いや! 違うのよ。コレはちょっと悩んでいたというか……」
選択を間違えた。
悩んでいた、の言葉が引き金となり爆弾は爆発。
ブランクの涙は滝のようにその水量を増し、踵を返して走り出す。
「大丈夫です! 断られるのは慣れてますので……では、しつ、しづれいじまず!!!」
もはや言葉にならない言葉で走り去るブランク。
追いかけようとしたが、ファレーナ自身、理由がまだ見つかっていないのになんて声をかければいいのか彼女には分からなかった。
だが、走り去った彼の足跡。
そこには一枚の紙がひらひらと落ちていった。
「これは入門申請書、ね」
名前から個人情報まで色んな情報が書いてあり、その経歴を見て瞠目した。
自分の中にあった確かな違和感が姿を現したのだ。
「アイツよ。アイツは私のものよ!!」
ファレーナもまた走り出す。
眼前に姿を現した、蜃気楼のような未来のために。
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