26-勝てるわけがない
「ファレーナ様!!」
道場の横の家へと辿り着き、ファレーナを運び込む。
中ではリベリカが正座で待機しており、玄関を開けた瞬間に目をカッと見開いた時はブランクもエマも驚いた。
いの一番に駆け寄って、事前に用意されていた布団に寝かせる。
未だにファレーナは、顔を熱らせながら息を荒げていた。
「こんな……酷い……」
リベリカはすぐさま治療を開始する。
その手際はメイドの名に相応しいものであり、今まで一人でファレーナを支えた実績を考えれば、長年の積み重ねによる力だった。
逼迫した状態でありながら、呑気に欠伸をするエマはさてと、とファレーナを横に置いた。
「とりあえず結論だけは手紙を飛ばしたから知ってるよね、リベリー。これからブラちんの修行を始めるよ」
「待ってください」
そんなエマの暴挙を許さないと言わんばかりに、食い気味に話を遮るリベリカ。
彼女もまた満身創痍だ。包帯で身体中を巻き、右腕は折れ、片目は包帯で防がれている。
彼女は己が主人を思うのか、頬には涙が伝っていた。
「納得がいきません。状況が状況です。ファレーナ様が、ブラックナイトとの勝負に出られないのはわかります。それでも彼が出るくらいならば、私が出た方がまだマシだ!」
「どうだろねー、リベリーにも全部、教えたはずだぜ? 契約決闘が決まった時点で、この話は不毛だよ」
「不毛でも何でも! もっと幾らでも、案はあったはずです……フレアクラフトの。ファレーナ様の、全てを、この男が握っている? 冗談じゃない!!」
リベリカの言葉は一部正しい。
あの場で、取れる手段は多くなかった。
エマが力を出さない以上、あの場には一歩も動けないファレーナと勝ち目のないブランク。それに適度に逆上したプーサーがいた。
その状況下で、適切な判断を下し、リスクを限りなくゼロに近づけ、得たい物だけを得るなど、夢物語も甚だしい。
しかし、リベリカはそれでも許せない。
たった半年共に修行を行なっただけの、ファレーナに対し、師弟の感情すら湧いてるか怪しい弱者の戯言など聞いてる暇はない。
そんな弱者が自ら提案し、この決闘が組まれたともなれば憤慨せずにはいられない。
どれほどの覚悟を持って、プーサーに決闘を受けたのか。
理解し難い、度し難い。
「ブラックナイト……プーサーは、汚泥を三日三晩煮詰めて、発酵させたドブの中のドブのような男ですが、実力は本物です。彼がその能力にかまけて、修行をサボらなければとっくに黒等級へとなっていることでしょう。その修行をすることすら億劫にさせる、彼の固有血術、星の魔術はそれほどに脅威だ」
「固有血術……?」
「固有術式はどんな人間でも生まれた時、運が良ければ手に入る。しかし、固有血術は血筋にしか受け継がれない稀少な術式なんだよ。歴史がある分、能力の使い方も研究されてるし、幅も増えてる。ファっちゃんだって、固有血術なんだぜ?」
聞きなれない言葉を反芻していると、エマから飛び出る雑学。
その中には驚愕の事実も含まれており、ブランクは思わず瞠目する。
「ファレーナさんも……?」
「そうだよー。彼女のは単純、とっても強い炎が出せる。とは言っても、ここ数世代で初代の炎が出せなくなったっていう理由で没落したんだけど」
「没落したのは、魔術のせいだった……?」
ファレーナが町で奇異の目で見られているのは直に体験していた。
あの居心地の悪さは思い出すだけでも吐き気がする人の汚点の一つだろう。
他者を攻撃することにかけて、どんな生物より人は優れている。
その最たる例を見たブランクは、そんな理由で社会的に抹消されてしまう魔術の恐ろしさ、不可解さに首を傾げた。
「違います。安易な解釈をしないでください。もちろん、それが火種になったのは否定しませんが」
それを真正面から否定したのはリベリカだった。
どちらかといえばこの場合は、訂正に近いのかもしれないが、語気は否定が込められた強いものだった。
「あれは……あれは不幸な事故です。ファレーナ様も、お父様も悪くありません」
リベリカは俯いて語るその言葉に心当たりはない。
しかし、それが容易に踏み込んでいい内容でないことだけはわかったブランクは、棚上げすることにして、
「は、話を戻しますが、僕だって少しは強くなった自覚があります! まだ実践はまだですが、少しくらいは勝算が──うぇっ!?」
そこまで言いかけて、ブランクの視界は百八十度回転した。
突然脳を掻き混ぜる重力に理解は遅れ、頭蓋を打った鈍い痛みに漸く自分が転倒したことに気付いた。
足払いをした張本人、リベリカは睨みつけるようにブランクを見下し、
「──勘違いも甚だしい。この程度、予測も、ましてや避ける事も出来ない貴方に何ができると言うのですか。怪我人の私とこれほどの差があるのに僅かでも勝機を見出したと? 愚かにも程がある」
嫌悪から来る言葉は正鵠を射ていた。
脳に衝撃を受けたブランクはこれ以上、リベリカに口出しする気力は生まれなかった。
自分の選択が間違っていた──そう考えてしまうほどには。
打ちのめされてしまったのだ。
意気消沈と言葉をなくしたブランクを横に、エマは気楽に続けた。
「それはあーちも同意だよー。あーちもまさか、ブラちんが真正面からやって勝てるとは思わない。でもそれは現段階での話。固有術式を手に入れれば、その限りではないかな」
「その自信は一体どこから来るんですか。強力な固有術式は数あれど、ブランクの能力が戦闘に特化したものではないのは自明の理。歴史上で最強といわれた八種の固有術式の中の全てが戦闘に有利になるものばかりでした。催眠……消滅……時間、その八種の概要ももちろん図書館で調べました。彼に該当するものはなかった。であれば、この勝負、勝ち目がありましょうか──いや、ない」
確固たる自信を持って言い放つそれは、彼女が半年間かけて探し続けた成果でもある。
努力をした人間だからこそ、裏付けることのできる自分自身が理由となる事象。
妥協せず、ファレーナの命令を一心に守り、半年間研究をしていたリベリカは、ちょっとした固有術式研究家といってもいい。
そんな彼女がブラックナイトに勝てる可能性がある固有術式を、エマから手紙をもらった際に脳内検索していてもおかしくはない。
そして、ファレーナから聞いていた真似する能力を裏付けるような強力な固有術式はなかった。
であれば、どうやって勝つと言うのだ。
あの絶対的物量と火力で押し潰してくる悪魔のような男を相手に。
「断言するのはまだ早いと思うなー」
それでも食い下がるエマに、リベリカは言いようもない感情を抱く。
相手が最強の魔術師だろうと、この努力を否定することは許されない。
許してはならない。
だからこそ、リベリカは激情を抑えない。
「──ッ、まだ言いますか! ならば彼の固有術式は一体!」
「簡単さ」
リベリカの様子を気にもかけず、エマは落ち着いた口調で言い放つ。
「かつての魔王が使っていたとされる固有術式。それこそ、ブラちん──君に宿っている固有術式だ」
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