9-固有術式
「貴方には二つの可能性があると思っているわ」
どこから取り出したか、黒板を用いて説明を始めるファレーナ。
雰囲気を出すためか、黒太緑伊達メガネまでつけている。
エリュシテは何でも揃うのである。
「一つ、貴方の記憶能力と再現能力が高い可能性。声を聴くだけで、ある程度ニュアンスや声質を似せることが出来る人っているでしょう? そういうタイプよ。まぁしかし、私としてはこの線はないわ。貴方の動きは、真似というよりはそうね、映像の再生……に近いのかしら?」
「それが僕の力ですか。ピンと来ないですし、いまいちパッとしないですね」
ブランクを門下生に入れた理由。
それは彼が、当時同じ門下生であったレイテムの動きを完全に真似ていた事から、その才能をファレーナが見出したからだ。
そう説明をされ、次にその能力の予想説明に移ったが、ブランクとしてはあまり嬉しくもなかった。
なぜなら、
「もっと派手なものが良かった……」
「バカね。見た目ばかりが良いものよりよっぽど価値がある能力よ」
不満を漏らすブランクの言い分は一般的に尤もだったが、熟練者の視点では違った意味に変わる。
「どんなものでも、全く同じに再現出来るのであれば、実力に見合ってなくても、魔術最高位の術式が撃てるのよ。それはつまり反則級。常識を覆す力よ。もちろん、先に挙げた例であればそんなことはないんだけど、これから話すものが該当する場合、現実味を帯びてくる」
街一つを消し飛ばす炎弾を撃てるものがいて、例えば赤ん坊が真似をする力があったとする。
赤ん坊はその力の出し方を理解出来ても、理解し再現する能力だけなのであれば、必要能力がないため使えない。
しかし──見たものをそのまま使えるならば、赤ん坊でさえ街を消し炭に出来るのだ。
そんな力が、この世には実在する。
「それこそ、もう一つの可能性“固有術式”よ」
“固有術式”。
それは、世界でその者しか使えない術式であり、力の大小は様々だ。
だが、基本的には厄介なものとされ、個人が使う場合も理解を深めるのに時間を要し、敵として相対する場合も、作戦を立てづらく戦いにくい。
基本的に術者が死亡した場合は何年後か定かではないが、産まれた人間にその術が与えられる。
それが、固有術式である。
「それが僕にあるかもしれない……と?」
「そう。基本的に“固有術式”は、“固有術式”であると外的要因で判断することができないわ。“固有術式”は己自身で気付く特別な術式なの。よくわかんないと思うけどね、もし本当に“固有術式”なのだとすれば、いつか来るべき時に感じるはずよ。その名を」
「実感が湧かないですね……」
それもそのはずである。
要は自分の中に得体の知れない何かがいる、と言われてるようなものだ。
力だけを与えてくれる寄生虫のようなものかも知れない。
存在を感じる事ができず、しかもそれが力をくれている。
とても奇妙な感覚だった。
「ファレーナさんは違うんですか? その、炎の色が少し特別な気がして」
ファレーナの炎は一見普通の赤の炎だ。
熱が最高潮に達した時、赤から白へと変化して、炸裂する力はブルブラックを一撃で沈めたほど。
だがそれは見方を変えれば、ただ炎魔術を極めた、とも取れる。
“固有術式”かと言われれば違うような気もした。
しかし、ブランクの指摘がよっぽど驚きだったのか、ファレーナは目を丸くしていた。
「まぁ……私のはおいおい話すけど、“固有術式”ではないわ。似て非なるものよ。そもそも、よ」
そんなブランクの指摘を横に投げ、人差し指を彼の鼻につき立て、ファレーナは問いを投げる。
「貴方、なぜ騎士になりたいのよ」
「にゃ、にゃねって……(な、なぜって)」
「誰しもが、求める物には理由を持つ。私は世界一の騎士になり、道場“虹焔”を世界一の道場にするっていう野望があるわ! 父のために。先祖のために。コレは私がなさねばならない使命よ」
未だに伊達メガネを外さないもんだからいまいち締まらない宣言だった。
端的に言えば夢。
叶えたい夢はないのか、と。
騎士になって、何を為したいのか。
それをファレーナは問うていた。
雑念混じった複雑な表情で俯いて、ブランクは呟く。
「分かりません。僕には、何になりたいのか、何がしたいのか。記憶もなくて、行くところもなくて……何をしたら良いのか分からなくて」
それは彼の本心の吐露だ。
思考が追いつかなくなった脳の処理は、心からの言葉を直接垂れ流す事で、事なきを得ていた。
もしそれを隠そうとすれば、言葉が詰まり、何も言えなくなっていただろう。
その口が今、これ程に流暢に動くのはきっと、眼前の少女の身の丈に合わない抱擁感のせいだろうか。
「でもブルブラックさんを見た時、ファレーナさんを見た時に感じたんです。煌めきを。虹の輝きを。僕はあの正体が知りたい。あのキラキラの果てにある物が知りたいんです」
少年のまなこ。
それは嫉妬する程の透白であった。
あまりにも美しい。
宝石にしたのなら、きっと最高級の装飾品になるはずだ。
その宝石のような瞳がファレーナを射抜いている。
虹の輝きの正体を知りたいと。
強い欲望の視線が、ファレーナを突き刺している。
「強く、なりたいんだと思います」
「そう。私は貴方がどこ誰で、記憶喪失であろうと、素性に一切興味はないわ。あるのは貴方の才能だけ」
そう、遂に伊達メガネを外していうファレーナの顔は真剣だった。
それ以外に全く興味はないが、逆説的に、それにだけは強い関心を持っているということ。
「強くなりたいというのなら、両手を上げて喜びなさい。貴方は必ず強くなる。なぜなら貴方の師はフレアクラフトたるこの」
ファレーナの瞳が光る。
赤みを帯びた野心は好奇のままに渦巻いて、ブランクの意識を巻き込んだ。
鮮烈に。
苛烈に。
猛烈に。
燃え盛るキラキラを放つこの人こそ、
「私だからよ」
自分が目指す道標をくれる人だと、ブランクは確信した。
読んでいただきありがとうございます。
少しでも“面白そう”と“続きが気になる”と感じましていただけましたら、『ブックマーク』と『評価』の方していただけますと幸いです。
皆様の応援が作者のモチベーションとなりますので、是非ご協力よろしくお願いいたします。




