0-接続者《リンクメイカー》
とある噂があった。
その者は一度でも技を受ければ体術であろうと、どんな魔術であろうと、全てその場で模倣され、対策される。
曰く、彼を倒したいというのであれば──一撃必殺でなければならない、と。
—
暗い森の中。
おうおうと茂る森は日中であっても陽光を遮り、湿度の高い闇を形成している。
自然と虫も植物も生き生きと活動をし、そこに蔓延る魔物も活発だった。
人が来る事はない魔境。人の手が数百年、数千年と入っていない本物の自然だった。
その中を一人の男が歩いている。
彼は黒いフードを被り、顔が見えなかった。
足元から身体を這い寄ってくる百足も、顔の周りを飛ぶ羽虫も、木の上から落ちてくる毛虫も、気にする事なく森の中を突き進む。
生息する魔物や獰猛な獣達も下生えに身を隠し、隙を窺うが飛び付いたりはしなかった。
まるで、挑めば自分が負けることを知っているかのようだった。
そうして森の中で、唯一陽が落ちる広い空間に出る。
その陽だまりの中心には一輪の花が咲いており、それを目視した男は優しく笑った。
駆け寄ろうと足早に近づいた。
「待ちなよ、にいちゃん」
足先数センチの地面に突き刺さるナイフ。
ローブの男はその場でかたまり、周囲を確認した。
ナイフを投げた犯人──暗殺者の姿は見当たらなかった。
「あんた、凄腕、なんだってな」
四方八方から声が聞こえた。
姿を隠すのが上手いらしい。
「そんなことない。まだまだだよ」
「隠すなよ。俺のナイフ、避けたんだぜ……ケケッ、自信、無くなっちまうよ!!」
右から左から、前から後ろから飛んでくるナイフの襲撃。
タイミングも方向もわからない絶死の攻撃を、それでもローブの男は全て弾く。
その手には普通の剣が握られていた。
それに比べると飛んでくるナイフは意匠が凝った金がかかったものにみえる。
「カカッ! これすらも防ぐか。しかもショートソードで。完全に見切ってないと、無理な芸当、だな」
最小限の動きで、無駄なく弾く。
それがたとえ出来たとしても、予測出来ないナイフの軌道を、緊張状態で全て見切るなど超人のソレである。
それが出来てしまうという事はつまり。
「魔術、は探知にかかっていない。つまり固有術式か──!!」
暗殺者は一つの結論に辿り着く。
不可能を可能にする魔術。
世界に数多の固有術式あれど、同時期に同じ固有術式は生まれない。その固有魔術を他者が扱うには一度死ななければいけない術式だ。
誰もが扱える普通の魔術と比べ、思いもしない運用方法で他者を撹乱することに秀でており、ものによっては初見殺しとも言える力を有する軌跡の力。
それを有しているとなれば、不可解なこの状況も納得ができる。
そう確信した暗殺者は次の策に移ろうとしたその瞬間、
「がっ!?」
首を急激に締められる感覚と逆らえない引力に体勢を崩した。
暗殺者の首に巻き付いたフックがついた縄が彼の行動を縛ったのだ。
力のままに木の枝から滑り落ち、地面に身体を強く打ち付ける。
暗殺者の姿は黒装束で包まれていた。
口だけが露出し、目の部分に描かれた対の翼が特徴的だった。
「油断、はしてなかったみたいだけど隙が出来たね。足を地から離す時は最善の注意を。僕が師匠によく教わったことだよ」
スルスルと縄がローブの男の袖に収納されていく。
腕には縄の発射装置が姿を見せていた。
釣った魚を引き寄せるように地面を這う暗殺者はそれでも笑って、
「ギギ、暗殺者に、それを説く、か」
「はは、暗殺者だからこそ、じゃない?」
軽口を叩くローブの男の首に、暗殺者は照準を合わせた。
手早く首に巻きつく縄をナイフで引き裂き、立ち上がる勢いで首めがけて刃先を突き出した。
「シャァッ!!」
「おっと……」
遠距離戦から引き続き始まるのは近接戦だ。
両手に持つナイフから繰り出される連撃を軽々とローブの男はさばいていく。
そうして剣でナイフを弾き飛ばし、暗殺者の首に剣を突きつけた。
「いつも思ってたけど協会の人たちの格好って奇抜だよね。恥ずかしくないの?」
「ギギ、恥ずかしい? 神から賜った聖衣がか。貴様のような、恥を知らず、生きながらえる輩に比べれば、心地よいこと、この上ない!」
「うわ……」
瞬間、暗殺者の腕が奇天烈に伸びる。
まず足元に伸び、そこから鋭角に、アッパーのように真上に突き出されたナイフが顔面に直撃──する前に男は躱したが、フードが切れて素顔が顕になった。
「輝く白髪に、白透の瞳……貴様、接続者か!?」
「酷いなぁ……人を化け物みたいに」
「こんな、化け物とは、聞いてないぞ! チクショウ、騙された、か」
曝け出された素顔を隠すように片手で覆うブランク。
指の間から見える瞳は透き通り、美しいものだった。
瞳の奥に潜む激情は隠し切れなかったが。
「化け物め!!」
再び伸びた両腕。
自分の意思で、空中を自由自在に動き回る腕は予測がつかない。
「蛇流・暗殺術“喰い噛み”!!」
縦横無尽に駆け回り、ナイフの凶刃が男の首目掛けて発射される。
暗殺術とは名ばかりの、曲芸じみた技だったが、その効力と威力は絶大だ。
目で追えない速さで地面を這う腕は初撃で防げるものじゃない。
一撃必殺とはまさにこの事。
「死ねぇっ!」
獲物を狙う蛇が如き、正確性と俊敏さで棒立ちする男を襲い──
しかし、直前で防がれた。
「な、なに!?」
二つの腕を見ずに、同時に、腕を掴んで止めた。
その勢いのままに引き込まれた暗殺者は、抗えずに体勢を崩す。
その行き先は白髪の男の胸元であり、
「が、がぁぁっ」
ズブズブと無力に、胸を剣で貫かれた。
自分の重さと慣性に後押しされる形で。
「一度見た。一度受けた。それは──もう覚えた」
「そ、んな」
「君の敗因は最初の腕伸ばしで僕を仕留め切れなかった事だ。接続者に、二度目の技は通じない」
勢いよく剣を引き抜き、暗殺者の血が噴水のように噴き出す。
血溜まりに沈み、息絶えた暗殺者を前にして、白髪の男は深く溜息をついた。
「時間がかかりすぎだな。ファレーナさんなら、一発で終わっただろうに」
剣についた血を振って落とし、腰に佩く。
白髪の男がフードをさすれば、自然とフードは切れ端同士が接続され元の姿を取り戻した。
「待っててね。ファレーナさん。もうすぐで、貴方を」
そう言って、白髪の男は陽だまりの花を摘んだ。
接続者と呼ばれたこの男は、元々ひ弱で、泣き虫で、とても剣の才能はない少年だった。
その少年が暗殺者を前に軽口が叩けるほど成長したのは、今から三年前に遡る。
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