筋肉だるま
俺が体を鍛え始めたのは、ホロの両親が魔物に殺されてからだった。
あの日から泣いているホロに俺は言ってやった。
「ホロ、俺強くなるからさ。お前を守れるくらい。だからさ、…安心して欲しいんだ」
泣き止んでくれないか、という言葉は出せなかった。泣いているホロの姿は見たくなかったけれど、今は流れる涙を否定してはいけない。
ただ、彼女の安心にと、心の安寧を一つ作ってやりたかったのだ。
同じ村で、妹のように一緒に育った同郷を泣かせたくはないと、心に誓ったのだ。
願わくば、彼女には笑顔でいて欲しい。
その日から、俺は死に物狂いで鍛えた。村の人たちは少し引いているのを今でも覚えている。
俺は魔力の才はなく、体を鍛えることでしか強くなれなかったからそれこそ人間の限界に挑戦するほど鍛錬を重ねた。
ひもすがら走り、ひもすがら筋トレを行い、ひもすがら村周りの魔物と戦っていた。
気づけば、筋肉だるまになってしまった。
村長は自分のことを筋肉だるまと言う。
結局、この筋肉も無駄になってしまった。
突然来訪した、王聖国家騎士団にホロは世界を救う勇者だと認定されてしまったのだ。
俺は行くべきではないと告げた。そのために王聖国家騎士団と戦うのも辞さないと。
けれど、行くと言ったのはホロだった。
私も戦いたいんだ。マサと一緒に。だから、強くなってくる。
待っててね。
最後に彼女はそう言って村を去った。
あの時、俺は止めるべきだったのだ。
後悔と自戒の念が入り混じりながら、奥底にある情欲がさらに俺の精神を混沌とさせていた。
俺にもっと力があればな。
「ちょっと、そんな顔しないでよー。私これでも全然まだ強いんだからね。そうだ! 見せてあげるよ、私の努力の証。」
「努力の証って、どうするんだよ」
「そうだなぁ、あ、そうだ! おんぶして私を木漏れ日の洋館に連れて行ってよ! あそこにある無駄に大きな岩があるところ!」
闊達な笑顔はあの日のままだ。
「…わかった。見せてくれよ」
ホロが培ってきた、この三年間の努力の証を。
少しだけホロの元気さにほころびながら言うと、ホロは嬉しそうに口を開いた。
「マサ、お待たせ」
陽光のような笑顔だった。陰りに妖艶さを感じたが、それは彼女が大人になった証左なのだろうか。




