プロローグ
それは、壮観という言葉が似合うほどのパレードだった。
辺境の地で生まれ育ち、村外に出るとしても狩りのために森の中へと行くだけの生活。
王都という栄えた街の様子でさえ唖然としてしまうのに、その煌びやかさと言ったら呆然としてしまうほどだった。
花火という夜空に咲く花の大きさと来たら、その音の圧と共に目の網膜と耳の鼓膜にこびりつく。
「てか、ホロのやつどこいるんだ?」
何もかもが新鮮で目移りしてしまうが、今回の目的は凱旋してくる同郷のホロの姿を見ることなのだ。
忘れてはいけない。忘れてはいけないが、祭りのこの楽しい雰囲気に呑まれ、その意志が揺らぐ。
そう、今宵は世紀の魔王を討伐した勇者たちを讃える凱旋祭だ。
各国から選ばれた勇者たちを一目見ようと国内国外関係なく、ごった返しになるぐらいに人がいるのは当たり前と言えば、当たり前だった。
人類を苦しめた魔王を討伐したのだ。
その被害は甚大ではなく、その爪痕は各国に残っているだろうが、なるほど。この祭りの賑やかさときたら、復興のための活力を養うために必要なものだと思わせるほどだ。
ていうか、いない。
どれだけ探しても、ホロがいない。お淑やかそうに手を振る金髪碧眼の美女は違うし、立って大仰に手を振る男も違うに決まっている。後の数名も明らかにホロではない。
「おっかしいな」
「いったい、何がおかしいのかな大きい人」
いきなり話しかけられて、ギョッとしてしまった。
話しかけられたのはこれが初めてだ。
振り向けば、陽気そうと言った印象の老人がいた。
「…いや、えっと、同郷のやつが勇者なんですがどうもこのパレードにいなくて…」
老人は訝しげな表情を浮かべ、その髭を撫でる。
「その勇者の名は何というのかな?」
「えーと、ホロっていいます」
「...ダラス、クレナイ、マダムツ...戦いの中で死んでしまった報告があったのはこの三つの名。記憶が正しければホロという勇者は死んだという報告はなかったが…」
ふと頬に冷たい感触があった。
「ほぉ、雪か。めでたいことだ」
上を見上げると、確かに雪が舞っていた。
「まぁ、安心せぇ。わしはまだボケておらんから」
雪とは正反対の温かいほほえみを浮かべる老人に、礼を言って、パレードを少し見てからこの祝福されている喧騒の場を後にした。
確かにあいつは人見知りなところはあったが、もう十年は経っている。パレードが恥ずかしいなんてことはないだろう。勇者として様々な経験をしたことだろうしな。
何かしら理由があるのだろう。
それに年に一回は手紙のやり取りをしていた、もう一度手紙を書いてみよう。返事があれば何よりだ。
「寒い」
鼻を啜りながら、降り積もる雪の上をただ歩く。
足跡はすぐに消えるだろう。