四季、全てを見ている季節へ。
僕の高校生活は順調だ。新しい友達も出来た。写真だって撮れている。
……ちょっと、頭のおかしい……いや、変人の先輩がいるけど。一年前と比べて、より変人具合が上がっている気がする。
なんとなく、そうするのが楽しくて、あえて冷たくしてみる。ただ、それを抜きにしたらだいぶ素直になれているものだと思う。
もともとの性格的に、いつも受け身なんだけど、先輩について行くと、いつの間にか自分でそう選択しているから、凄く他人を巻き込む力があるのだと思う。言ったら調子乗るだろうから言わないけど。
「先輩。僕思ったんです」
「お前からとは珍しい。よかろう。何を思ったんだ?」
ドヤ顔してくる。
やっぱこの人面白いなあなんて思いながら、一枚花びらを撮る。
「先輩って、なんで彼女出来ないんだろうと。同じ変人なら、幸せになれると思うんです」
「さらっと俺を変人として断定するなよ。悲しくなるだろ?」
「そうですか。それで、せっかくの青春を写真に捧げてるじゃないですか」
「お前話聞いてますか? とかゆーくせに、自分だってわりと話聞いてないの分かってる?」
「はい。それで、先輩は虚しくならないのかと」
この人はいちいち人の発言に突っかかってくるから困る。まあ、僕もなんだけど。
僕の高校生活は、多分順調だ。
「お前の中学時代が知りたいわ」
「聞きますか? というか、聞いてますか?」
あとこの人は、敬語がへたくそでもいい、というか気にせず、距離が近い。めっちゃ近い。
愛歌とは違うタイプの、『いい先輩』だと思う。
「あー。俺はいいんだよ。その時に楽しいことが出来れば。青春だのなんだのって、そりゃ憧れはするし、兄貴が懐かしんでる見ると、それもいいと思うけどな。でも、それよりも俺は写真が好きなんだ。それに、後輩とだって仲いいし?」
凄いにやつき。僕だったら許されないくらい。美形じゃないと許されないか即通報の笑みだ。この人は顔がいいのに、それを上回る性格のせいで一回も告白されたことがないらしい。哀れ。
「で、お前の過去話、聞かしてくれよ」
「別に大した話じゃないですけど、それでいいなら」
「へえ。お前ってそんなタイプだったんだ」
「何か文句でも?」
愛歌との話をしていたら、いたずら好きの顔をしていた。くそ。この先輩に僕はなんてことを言ってしまったんだ。
人の嫌がることを動画にとっときゃよかったとか言うこの先輩だ。何をされてもおかしくない。
「いや。意外だった。……入学式から、迷子ww」
「待ってください。愛歌も同じ迷子になったんですよ? 僕だけじゃないんです。僕だけじゃ」
「うわあ必死だ」
「うわあってなんですか。笑わないでください。……だから、なんで爆笑するんですか!」
あの時は本当、必死だったんだ。それを笑うなんて。
「内気だったんだあ。お前が。今はそんなこう、ふわふわ柔らかい性格じゃないよなあ、お前」
どうしてだ? なんて聞いてくる。この人にプライバシーの概念はないのか。
「……愛歌と出会って、成長したから、ですかね。依存関係から抜け出したってこともあると思いますけど。自分に自信がついて、他人に自分の意見を言えることが出来て。それから、……遠慮せず、自分の思ったことを堂々と言えるような人に出会ったから」
思ったことははっきり言って、親身に寄り添って。愛歌は、そうして笑顔を咲かせていた。自分も周りも笑顔にして、幸せになって。
そんな彼女に、僕は憧れを抱いた。だから、真似したんだ。彼女の行動、言動を。
「そうかあ。……春って、綺麗だな。そして、春が来ることを表すのは一つ。もうすぐ俺、受験生だぜ。ヤバいな」
「応援してます。どんまいです」
「絶対最後の方が本音だろ」
桜の花びらは、綺麗だった。それをパシャリと機械に写し取った。
お姉ちゃんが死んでから、私の夢は無くなってしまった。桐ケ谷君とも、あまりうまくいかなかった。
でも今は、大丈夫って思うんだ。私が、お姉ちゃんの為にかき集めた知識と技能。そのすべてが、目の前のお客さんを笑顔にするために使われる。親友もいる。桐ケ谷君とだって、別に仲が悪いわけじゃないんだ。
「わあ! すっごい奇麗! ありがとう」
「そんな喜んでくれると、こっちも嬉しいな」
「夏夜奈ちゃん。ほんとのホントにもらっていいんですか!」
「いいよいいよ。寧々ちゃんは大袈裟だなあ」
親友の誕生日に、髪飾りをあげても喜んでもらえることだって。
「ああ、そうだ。寧々ちゃんのことを、専門校時代の友達に話したら、これを渡してくれって」
桐ケ谷君にお願いだから渡してくれと頼まれた手紙。自分で渡しづらいものなのかな。いや、そもそも面識ない子に手紙渡す意味が分からないんだけどね?
「……これ」
すっごくびっくりしたみたいに、本当に綺麗な水色の瞳を見開いて、白色の手紙を手に持った。
『寧々へ。凛久より』
多分、文字を見た途端に止まって、懐かしそうに目を細めた。
「ありがとう。夏夜奈ちゃんのおかげで、とっても嬉しい誕生日になったよ。髪飾りも、とっても嬉しい!」
手紙と髪飾りをもって、心から幸せそうに笑う親友を見て、私は胸の奥がほかほかする。
ここまで喜んでくれるなら、もっと作ってあげるよ。
なんて言葉を言うには、少し私は不器用すぎるみたいだね。
でも私は、にっこりと笑っていうんだ。
「寧々ちゃんが嬉しそうで、私も嬉しい。次会う時は、家に来なよ。……まあ、結構ぐちゃぐちゃだけど」
お姉ちゃんが見たら、大人なのに、こんなに部屋を汚くて。って、くすりと笑うかもしれない。
「ええ、本当? とっても嬉しい! 汚いなんて気にしなくていいよ。じゃあ、今度またお邪魔させてもらうね!」
「うんうん。ぜひぜひ。……寧々ちゃんは私の癒しだよー。幸せになってねー」
「わわ、も、もちろんそうしたいよ? でも、みんな私の事重い無理っていって、おかしいとか怖いって逃げるの」
ああ可愛い。そしてヤンデレ。
「でも、いつか運命の人に会えるよ。それまでに経験を積むんだと思って頑張って! もし寂しくなったら、いつでも私んち来ていいんだよ?」
「……ありがとう。夏夜奈ちゃんがいなかったら、私寂しくて死んじゃいそうかも」
「そっかそっか。」
私いてよかったー。というか、死んじゃいそうかも、か。まあ、この子がちょっぴり不思議なのは今に始まったことじゃない。
親友が居て、友達もいて。私はそこそこ幸せ。お姉ちゃん。大丈夫。だなんて言えないけど、出来ればずっとそばにいてほしいけど。でも、一人でも、前が見えなくなるほどに暗くなる前に、明るく照らしてくるれる笑顔があるよ。
もうすぐ来る真夏。寧々ちゃんと一緒に夏祭り行くんだ。
熱い太陽が生い茂る緑を照らした。寧々ちゃんの手には、夏をイメージして作った髪飾りが握られていた。
迫りくる受験への恐怖を、鈴宮といることによって忘れる今日この頃。く。幸い、鈴宮カップルのおかげで実りについて頭を悩ますことは無くなった。なくなった、が。
「いやだあ……受験、いやだあ。俺は一生写真撮って生きてくんだ……」
「駄々っ子ですか。…………ああ、来年、僕もこうなってるのか。……愛歌いないけど大丈夫かな」
俺が今の俺状態になることを憂いていた春。こいつは自ら中学の初恋について話してくれた。最近だと、いっそ開き直りの域に至っている。くそう。俺だって、俺だって、カメラが居るもん!
「ああー! この世から受験も学校も消えろ! 俺に写真を撮らせろー!」
「うるさ。というか、そういう叫びは小学校の頃に済ませておくんですよ。少なくとも、高校三年にもなって嘆くことじゃないです」
「お前が逆の立場だったら同じことしてるだろ」
「いえ。僕はもう、進路決めてます。勉強も計画的に進めてますよ」
絶句した。信じられないものを見る目で鈴宮を見る。
「なんですか? 中学の時も、愛歌に言われてきちんと勉強は怠ってませんでしたよ」
「涼しい顔しやがって……。来年、風邪で休んで受験できなければいいのに」
「うわあ……これが落ちるところまで堕ちた人の末路か。他人の不幸しか願えないなんて、世界が狭い人ですね」
「うるせえ……俺は、俺は写真家になるんだ……」
「秋に何言ってるんですか。そろそろ、本気で取り組まないとヤバいんじゃないんですか?」
パシャパシャ。写真を撮る手が止まらず、頭が回らない。嫌だ。嫌すぎる。中学んときもがちがちに緊張したし、正直終わったと思ったし。
「そういえば」
嫌な予感がする。むくりと体を起こし、背中の赤い葉っぱを落としながら、話を聞く。
「先輩って、恋愛したんですか?」
ほら見ろ。相手の傷口を抉る質問だ。他人の不幸を笑うのはどっちだ。
「初恋の中学のとき、告白して、キモ無理って言われて、それ以来恐怖で好きな人が出来てない。普通に関われるが、恋愛的な目では見れない。ああ、ちなみに男子もそうだから安心しろ。もう俺は一生恋愛が出来ないかもしれない。好きな人が出来ても、もう二度と告白しないって決めてるし」
「……言いたいことはありますけど、なんか、可愛そうですね……」
「その可哀そうって完全に俺を下に見てるから出るやつだよな?」
「よく気付きましたね」
本気で驚くなよ。傷つくだろって。
とにもかくにも、紅葉が落ちてくる中、それは今の生活にそこそこ満足って話。
くだらない考えを巡らせたり、写真を撮ったりな。
君に手紙を出したのはほかでもない、僕の為だ。
そんな一文から始まる手紙。果たして、彼女がそれを読み、何を感じるのか。もしかしたら、傷つけてしまったかもしれない。
だとしても僕は、手紙を出すだろう。一ノ瀬さんが彼女と――寧々と、親友だったのは驚いた。
もう二度と会うことはないと思っていた。言葉を交わさないと思っていた。でも、今僕は不思議な縁で結ばれている。
偶然か必然か。たまたま会うチャンスが訪れ、僕がそれを使った。そう選択した。だから、どちらでもあるし、どちらでもないのだろうと思う。
彼女が今、何を思って過ごしているのかは分からない。七夕のように、一日だけ会える、なんてものではないし、互いに抱えるものは、そこまで綺麗なものでもない。
寧々と出会った時、僕が思い、感じ、伝えたかった全てを詰め込んだ。そうすることに意味はない。なにも、変わらない。
でも、二十歳になった今。一ノ瀬さんから寧々について聞いて、一ノ瀬さんが『お姉ちゃん』の死についてから、夢が枯れたことから、今まさに前に進もうとしている時。思い出として消化しようとしている中、一ノ瀬さんとのことについても、寧々のことについても、区切りをつけておきたかった。
だから、寧々についてなど考えてもいない、自分の為に寧々へ手紙をだした。
そして、その返事が、僕と寧々が出会った冬。僕が好きな冬、帰ってきた。
初めにあった君の顔を思い出す。ぱっと頬を赤く染め、キラキラと目を輝かせていた。最後にあった時、君は瞬きを絶え間なくしていた。水色の瞳は恐らく、涙にぬれていた。口元に浮かんだ不格好な笑みも、全て脳裏に焼き付いている。
大丈夫だ。僕はもう、割り切れている。そんなこともあったと。あれから、もう五年は経った。一ノ瀬さんを傷つけて、二年は経った。
一ノ瀬さんは笑って許してくれた。ライバルだね。と笑った。
僕は今、髪飾りを作っている。ただ無心で、作っている。クラスのやつに笑われた夢。
髪飾りを作って、それを親に認めさせて、綺麗に着飾らせる。
きっかけは、幼いころからおしゃれが出来ないと嘆いていた母だった。
でも今は、仕事のように無頓着に、でも、趣味のように楽しく過ごせている。充実している。
僕は今でも冬が好きだ。人工的な明かりも、美しいと感じるからだ。
髪飾りも、冬も、僕自身だってある。だからもう、充分だ。恋人なんて、もういい。好きだなんて言う甘さはもうない。だからどうか、君も。どうであっても、幸せになって。
その景色を、髪飾りに写し取ろうと僕の手は動いた。動いて、いた。
小さいアパートの外では、今日も冬を示す雪が降っている。