7.異世界での推理と結末
「―――ま、僕にかかればね。」
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ホームズは血の匂い立ち込める事件現場をあとにすると、裏口から外へ出た。一度建物を振り返ったあと、足跡だらけの小道をなにかを探すように目を走らせていた。
後ろから桶田が着いてきているが、まだホームズのことを胡散臭そうな目でみている。
ホームズは桶田を無視して、順一に話しかける。
「この世界の魔法は属性以外の魔法は使えないか、使えてもすごく弱いと言うのが"常識"だろう? 」
「確かに、そうだね。」
「だから自分が疑われないためには、自分の使えない属性で殺したように見せかけたかったのではないかね。」
「つまり、身体強化系の属性や重力関連の魔法の属性やスキルを持っていない人物が犯人ってこと? 」
「僕らの前の世界の、魔法のない世界でいう"アリバイ工作"じゃないかと思ったんだ。」
ホームズはポケットに突っ込んでいた手を出し、おもむろにしゃがみこむと雨に湿った土に生活魔法を放つ。
「僕は水属性のようだから、土魔法は水分が多い土でやっとこのくらい出来るって感じだな。」
土が盛り上がり、手のひらサイズの四角い建物が出来上がる。土でできているのに、灰色のミニチュアビルディングはコンクリートっぽく見える。
「【ガーダルシア】を区分けした偉大なる土魔法使いは、建築のセンスはあまりなかったな。ただの四角い石の建物は、ただの箱にみえる。」
「確かに、マイクラの初心者っぽいけど。作りやすいって聞いているよ。」
「だけど、建材自体は魔法使いのレベルが高くて、丈夫だし多機能だ。」
「外から中には盗難防止の機能で、魔法関与出来ないもんね。」
「偉大なる土魔法使いよりレベルが高くないと、動かせても壊すことは出来ないんだったな? 」
「ホームズくん、それって―――」
ホームズは灰色のミニチュアビルを、カタリと縦向きに動かした。
「建て物を動かしたと言うことか! 」
桶田が声を出す。それを受けてホームズは辺りの地面を指差した。
「建物の周りを調べると、建物が動いた形跡は残っていたよ。ほらワトソンくん、地面をよく見てごらんよ。雨が降っていて良かったな、裏口側の地面に四角い痕がちゃんとあるから。被害者は表側の窓近くに立たせて、建物を裏口側を下になるよう縦に動かせば……。」
ホームズは縦にした土魔法で出来た、ミニチュア建物を振る。中には小石でも入ってるのか、カラカラと音がする。
「この建物の長さからしたら10~15階位の高さから転落した衝撃になるだろうね。」
「なるほど……。"転落死"ということか。」
「え、でも、ホームズくん、密室の謎は……。」
「単に被害者内側から鍵を閉めただけだよ。村田さんからの手紙に書いてあっただろう、被害者は非常に几帳面な性格だった、と。」
「つまり、被害者が密室を作り出した、と……? 」
「――そんなわけで、奇しくも密室になってしまったために、上の人間が来てマナスキャンするなんて犯人は思いもしなかっただろうが。完全なる犯罪なんて無理なのさ。普通の人間にはね。」
ホームズは自ら作り出した土のミニチュアを壊した。壊せるのはホームズより強い土魔法の能力がある魔法使いだから、大抵の魔法使いはこのミニチュアを壊せるのだろう。
立ち上がって土で汚れた手をズボンの脇で擦ると、手をポケットに突っ込み、桶田の方へ向き直る。態度はずいぶん横柄に見える。
「――以上が、遺体と現場から導きだした僕の推理だ。現時点では証拠もなく、ただの推測でしかない。推測ではなく事実かどうか調べるのが、あなたたちの仕事だと思うんだが、どうかね? 」
それから、桶田が部下に命じて被害者を恨む人物をさがすと、ひとりの土魔法属性魔術師が見つかった。被害者の不動産会社で働く女性の魔術師で、もし凶器が鈍器ではないかという推理をされたとしたら、捜査線から消えるだろう痩せたひ弱な魔法使いであった。ステータスでも筋力かなり低い値で、レベル自体も低かったため魔力も土魔法以外は全く使えないような実力であった。
警備員が彼女のもとを訪ねたとき、マジックバックに家財道具を詰め込んで逃亡する直前だったと言う。まさにギリギリセーフ。任意でお話を聞く予定だったが、警備員を突き飛ばして逃げようとしたためあえなく御用となった。
取り調べの結果、その魔法使いがあの夜、被害者を現場に呼び出して殺した犯人だという。動機は恋愛絡みだったようだ。
被害者から購入した不動産について、被害者と揉めている人物がいたらしい。その人物が冒険者出身のムキムキマッチョで、さらにスキルが身体強化系だったため、彼に罪を着せるためにトリックを用いたそうだ。
密室殺人になったのは予想通り全くの偶然で、貴族がマナスキャンしに来たのを見て逃げようと思ったようだ。
証拠が少なかったため、自白のポーションも使われたと新聞記事に書かれていた。薬を捜査に使うなんてこちらの世界の捜査はいささか乱暴な気もするが、常識が違えば何もかもが違う異世界である。即日裁判で、日本とは全く違う世界なんだなと実感した。
日本に戻りたくとも戻れない自分たたちは、この世界の常識の中で問題なく過ごしていくしかない。無事に、無難に、と順一は思った。
この事件は、事件の少ないガーダルシアの全国紙の一面を飾っていた。警備責任者として桶田がインタビューに答えている。写真の彼は実物より男前に見える。
すでにホームズと順一は、少し前に手伝ったお礼と称して村田が菓子折りを持ってきた際に、犯人逮捕の詳細を聞いていた。しかし、順一は自分の関わった事件が新聞に載るなんて滅多にない経験のため、新聞を角から角まで読んだ。一般人の協力者がいて事件解決にみちびいた、との一文につい頬を緩めてしまう。順一は、なにも協力していないにも関わらず。
★
「はー、それにしても密室殺人なんて、凄い事件だったね。」
「そうかね? 僕の記憶によれば、単純ではあったが、いくつか啓発的な点があった事件だったな。」
「単純! 啓発的! あの密室殺人が! 」
順一は叫んだ。
「そう、実際、それ以外に表現のしようがない。」
ホームズは、順一の驚いた顔に笑いかけて言った。少々勝ち誇った表情なのが腹立たしい。
「本質的に単純だったことの証拠に、僕は、少々ありふれた推理をした以外、何の手助けも無く、桶田たち警備員は数日で犯人を逮捕できたじゃないか。それに建物を横にして転落死させるトリックは、赤川次郎の小説に似たものがあったし。」
「……えええ、赤川次郎? っていうか、本物のホームズなら日本の小説家のことなんて知らないはずじゃん……!! ねえ、君は明らかに日本人だろう?! 」
ぎくり、と完全に"観察"に出ているホームズだった。
しばらく固まったあと、ホームズはゆっくりと、いつものソファに座り直して順一の方をみて笑いだす。
もう順一も彼のことは、単なる推理小説オタクとしか思っていない。長すぎるごっこ遊びだ。
「はっはっはっ! まあ、いいじゃないか。僕が異世界のホームズで、君は異世界のワトソンで。」
「えぇ………。じゃあさ、君が僕を異世界のワトソンというなら、この出来事を小説にして発表しなきゃならないじゃないか。」
「ふむ。じゃあ、次に転生して元の世界に戻ったら、是非書いてくれたまえ。小説家になろう、でな。」
異世界の自称シャーロック・ホームズは、そう言うと満足そうに微笑んだ。
読んでいただきありがとうございます。
設定だけいろいろ考えた結果、トリックはお飾りとなりました。
Image Song:camden lock「ターザン」