6.撲殺された遺体と豆腐建築
順一はホームズに続いて、裏口より建物に入った。
長細い建物で、中の様子は日本のプレハブに似ていた。
天井は高いが横幅は狭く、奥に長く3~40メートルくらいあるワンルーム平屋の建物は仕切りもなく、ただただ長方形の部屋であった。まさにマイクラを始めたばかりの小学生が建てたような豆腐建築である。
店舗らしいのは表側の大きな窓ガラスだけだが、ガラスが汚いのか外にある庭木がぼんやりとしか見えていない。そのせいか日中であるにも関わらず、部屋はひどく暗かった。
異世界っぽいのは、土魔法で建てられている建物は壁も床も天井も、すべてが固そうな石造りところだろうか。室内には仕切りもなく店舗っぽさがまるでないため、もしかしたら倉庫として使っていたのかも知れないと順一は考えた。
表の窓ガラスのある店舗入り口の鍵は内側から掛けられていて、魔道具の一種である鍵には傷一つついていなかった。裏口の鍵も同じように内側から掛けられていたそうだが、現在は捜査のために裏口は開け放たれている。どちらの扉も土魔法で作られていたためか、歪みもなく、髪の毛一本分も隙間がないようだった。
やはり扉や鍵が重要なのか、ホームズは丹念に調べていた。
部屋には家具もカーテンも、備え付けの家具もなになかった。壁に埋め込まれた薄暗い灯り―――この世界だと電灯ではなく魔石の灯りなのだが―――が、なにもない部屋に飛び散った血液と、頭から血を流した遺体、そして傷だらけの使い込んだ武骨なランタンのみをほの暗く照らしていた。
部屋中を調べたあと、最後にホームズはご遺体に近づいて、まずは手をあわせている。仕草はやっぱり日本人っぽい。
そのあとにはご遺体と、周辺の床を調べているようだった。床の至るところに血が擦ったような痕を着けている。
「ワトソンくん、ご遺体を"観察"できるか? 」
「えっ!? ああ、亡くなった人にはやったことないけど………」
順一はあまりみないようにしていた遺体に向き合った。本来はスプラッターは苦手であるがしかたない。血まみれで、変な方向に曲がった手足を薄目で見ながら"観察"のスキルを発動する。
「ええと―――頭と身体を強く打って亡くなっている、と出てるけど……」
「そうだね。僕の見立てと変わらないね。頭から血を流し、手足が折れ曲がっていて、強い力が加わったように見えるね。鈍器で撲殺されたかのようだね。」
「鈍器か……。あるいは重力の魔法かも知れないですね。」
「――いや、室内で魔法を使われた形跡はなかったのは確かだ。それに、表の窓は盗難防止の魔道具で屋外から中に魔法を使うことは不可能だ。」
二人の話しに割り込んできた桶田は言いきった。魔法事件なら、魔術省が担当になる。魔道具を使えば魔法使いの放出したマナの動きで犯人はすぐに分かるモノらしい。
「国の役人は鍵付近と室内をマナスキャンだけして、あとは警備の仕事だとすぐに帰っちまったよ。お貴族様仕事だね。」
地区役人は異世界人や平民など一般人が就くが、国の役人のほとんどは貴族である。区分けした方が平和という裏返しとして、実はこの【ガーダルシア】では身分の差が激しい。他区民への差別が酷く、おそらく彼らはベータ地区の人間を同じ人間とは思っていないようなのだ。
区の中で区外の人間と出会わない限りは平和なのだが………。村田たち区の上部は省の人間と遭遇することがあるため、いろいろと思うところがあるってことは、順一も愚痴として聞いてはいた。
「マナスキャンって初めて聞いたな。」
「普通の事件ならしないだろうな。ベータにはない魔道具だ。密室殺人事件だって報告したら急に国の役人がやってきたんだ。マナで犯人がわかるなら、手柄だけ上げようとしたのだろうな。奴らは掻き乱すだけ乱して、結果も残さずいなくなったよ。お陰でまだ捜査らしいことは全く出来ない状態さ。」
「―――前例がないことと、助けがないことは同情するが、ひどい捜査なのは間違いないね。」
「っ……今後のためにも、協力いただけると助かるよ、自称シャーロック・ホームズさん。」
「ふん。まずは明るい部屋で観察することを勧めるよ。―――光を! 」
魔術師ホームズが魔法を使った。
属性の関係ない生活魔法のライトだが、ホームズお得意の水属性を噛ませて普通の生活魔法よりずいぶん明るい。防災時に懐中電灯を水の入ったペットボトルに当てて明るくすることが出来るそれの応用だと、開発時にホームズが得意気に言っていた。
「魔法省のスキャンが終わったなら、いつでもマナを動かしていいはずだろ。魔力のある人間すべてが使える生活魔法が使えないって、警備員は転生前の地球人なのか? 」
ホームズの小言を聞きながら、明るくなった現場にいる人間はみな同じところに視線が吸い寄せられていた。
裏口側の壁の上部に、ベッタリと血の痕が着いていたのだ。見るからに致死量の。
「なんで、こんなところに………。」
「なんでって、ここが犯行現場だからだよ。」
こともなさそうにホームズは言った。
「そりゃ、そうだろうけど……、でも室内で魔法は使われていないんだから、どうやってあんなところに打ち付けるの? 身体強化魔法でも、マナスキャンな反応があるはず、ですよね? 桶田さん。」
「重力にしろ身体強化にしろ、室内で魔力の動きがあれば、な。――それに、密室だったんだぞ。壁も窓も、魔法どころかゴーストやレイスも侵入できない魔道具だったんだ。転移の魔方陣なんてレアアイテムも、もちろんない。犯行自体が不可能だ。」
「まあでも、ここにご遺体があるじゃないですか。」
「じゃあ人間以外の犯行か? 私はこの世界にきて10年は経っているが、そのようなことの出来る魔獣は聞いたことないね。転生したばかりの君が、そんな魔獣を知っているとでもいうのか? 」
「いいえ? 魔獣だったら、もっと単純な現場になりますよ。こんな姑息な殺人は人間しかしませんよ。」
軽い感じのホームズの応答に、桶田がイラつき始めたのは"観察"を発動しなくとも見てとれた。順一はどうにかこの場を穏やかに出来ないかと、対峙する二人の間に身体を入れる。二人の視線を遮ろうと、無駄に手足を動かして壁になろうとするが、まあ、無理だ。
「あー、こほん。つまり、ホームズくんはなにか、わかったってことかな? 」
順一の言葉を受け、ホームズは愛用の格子柄の鹿撃ち帽を被り直して得意気な顔をした。
「―――ま、僕にかかればね。」