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4.ホームズくんお得意の推理

「この地区には珍しい男がいるね。 」

順一は窓の外にいた頑強な男に目を向けた。

ぼんやりと外を見ていたら、キョロキョロしていて目についたのだ。

その男は紺色の制服を身に付けており、表札や標識を見ながら通りの向かい側をゆっくりと歩いていた。ベータ地区に珍しいガーダルシアの現地人風の外見の人間であった。男は大きな青い荷物を持っていた。


「あの海兵隊の軍曹上がりのことか?」

シャーロックホームズは言った。


「……この世界には海兵隊はいないんじゃないかなあ。少なくともこの国には。」


順一が呟いた瞬間、見ていた男はなにかに気がついたように、道路を急ぎ足で渡って来た。しばらくすると玄関のベルが鳴った。ここの番地を探していたのだろう。お届け物は我が家への配達だったらしい。


「ハイハーイ。なんでしょうか? 」

「シャーロックホームズさん宛てです。光原さん方とかかれています。」

男は玄関に入って来て、荷物をこちらに向けた。ホームズは立ち上がってそれを受けとる。

「hanazonの注文の品だ。異世界も配達が早いね。」

この世界にはネットはないが、似たようなネットワークがある。マジックリングを登録して遠隔の買い物が出来る大手メーカーで、ホームズは買い物をしたようだ。


順一はちょっと意地悪な気持ちになった。ホームズをチラッとみて、配達の男に話しかける。

「わざわざありがとうございます。ちなみに貴方は、配達の仕事をする前は何かしてました? 」

「前職ってことですか? 冒険者をしてましたよ、サーバリーの迷宮で。怪我がもとで引退しましたけどね。こうみえて国営クランに居たんで、引退しても国からの仕事を受けれてよかったですよ。ふふ、クランではパーティーリーダーもしたり、結構腕利きだったんですよ。」



サーバリーは海の迷宮(ダンジョン)と呼ばれていて、クラーケンなんかが出てくるらしい。真珠みたいな宝石が採れるという。

またガーダルシア国営クラン所属は、国の有事にも召集されるため軍隊と言えなくもない。

海兵隊ではないが、当たらずとも遠からずである。

この国では配達業務も国営である。彼は国営冒険者引退後に天下りしたって感じか。


雑談を終えると礼儀正しく一礼をして去っていく郵便の男を見送りながら、微妙に推理が当たっているあたりに順一はちょっとモヤモヤするのだった。



「なんで、海兵隊って言ったの? お得意の推理ってヤツ? 」

順一はホームズに聞いた。

ホームズは届いた荷物をかき回していたが、順一の声には反応した。

「君は本当に、あの男が海兵隊の元軍曹だという事が分からなかったんだな? 」

「まあ厳密には海兵隊じゃないけど……、海の迷宮に潜っていた国所属の冒険者は海兵隊みたいなもんだし、パーティーリーダーは軍曹とも言えなくはないもんね。よく、わかったね。」

「推理そのものより、どうやって推理したかを説明する方がややこしいな。」

推理、と言われたのがよほど嬉しかったのだろう。ホームズはいつも以上に目が嬉しそうに細まった。

もっさりした頭を掻きながら言う。

「もし君が2+2=4になることを証明してくれと言われたら、それが間違いのない事実だと分かっていても、ちょっと困るだろう。」

それから届いた荷物を脇に置いて、ホームズは身振り手振りに説明を始めた。母親に誉められた子供みたいな表情をしている。観察によれば"どや顔"。

「通りの向こう側にいても、彼の手の甲に大きな青い刺青が見えた。世界が変わっても海の男は刺青をするようだ。魏志倭人伝によれば古代の日本人もしていたと言うしな。ガーダルシアの海に関する文献をいくつか見たけど、海の事故でドッグタグがなくなっても、刺青で個人の判別をしたとの記載があった。同じパーティーメンバーで同柄の刺青を入れるしきたりらしい。この国の象徴であるガンダの葉モチーフの刺青だから愛国者か国の仕事をしてるかのどっちかだ。態度は軍人風で、身体も剣を下げる左側にわずかに傾いている。これで漁師などではなく海兵隊員だと分かる。さらに彼はちょっと尊大で、指揮命令を出してきた雰囲気がはっきり残っている。胸を張って歩いてるとこなんか下っ端には見えなかったな。声も大きく、聞き取りやすい。命令の声が通りやすそうだ。それなりに大きな組織にいた雰囲気があった。君に対してもちょっと偉そうにしゃべっていたじゃないか。 ――これら全てから僕は確信した。彼はかつて軍曹だった。」


「案外スゴいね、君。本物のホームズみたいだ。名探偵だね。」

「ふ。たいしたことはないし、ほ、本物のホームズだからな。」ホームズは鼻の頭を擦りながら言った。

うつむき加減だがよく表情を見ると、順一が率直に称賛した事が嬉しかったように思える。頬がずいぶん緩んでいる。

「まあ、名探偵だからしかたないが……。」

「で、名探偵さんはなにを注文したんだい? 」

「名探偵に相応しいものさ。」


ホームズ宛に来ていた荷物から、格子柄の鹿撃ち帽を出して得意気にそれを被って見せた。




「自称シャーロック・ホームズくんはどうかね。」

上司の村田は言った。

今日は週一回の報告のために、順一は地区センターまで来ていた。

村田はコーヒーを、順一は紅茶を飲んでいた。地球の日本と味には遜色なくとても美味しい。こちらの世界でも普通に飲まれているものらしい。

「相変わらずのホームズごっこです。たぶん小説のセリフ丸覚えなんでしょうね。ですが、自宅で魔術も使わず、いたって平和ですよ。リターンの宝珠(オーブ)も減らずに済んでますよ。」

「リターンの宝珠(オーブ)使わんですむんは、区の財政的にも助かるわ。」

「まー明らかに日本人なんですけどね。なんでホームズなんて名乗ってるんでしょうか。まあ、ちょっと推理っぽいものを見せてくれましたけども。」

そう言って順一は先日の配達人の推理を村田に聞かせてみた。なぜか順一が得意気などや顔して。

「ほーう。なるほどねえ。」

「さらにアースドラゴンの皮を使った、知性と精神のステータス上昇効果の付いた鹿撃ち帽をオーダーメイドしてましたよ。それを被って、ホームズごっこをしながら生活してますよ。楽しそうにね。」

「………まあ、一か八かやな。」

「え? なんですか村田さん。」

「本当に、推理が出来るなら……。丁度ついさっき聞いたばかりなんだが、知り合いの警備担当が頭を抱えてる事件が起きてて、な。」

「事件、ですか。」

「なんせ平和なこのベータ地区で、起きたこともない密室殺人事件が起きたもんだからどうしてええかわからんって言ってなあ。」

「――密室殺人事件!! 」

安全なこの地区には警察がなく、警備員と言う名で巡回する人がいるだけである。基本的に捜査するものもいないらしい。

「だから、猫の手も借りたいらしくてな…。」





名探偵シャーロックホームズ様


昨夜、ベータ商業地区で今まで起きたことがない"密室事件"が発生しました。

この件に関して手助けをお願いできないでしょうか。


午前二時ごろ、巡回中の警備員がドスンドスンという音を聴いて、音のした方向へ駆けつけると鍵の掛かった空き店舗から転がったランタンの光が見えたそうです。かつては洋服屋や雑貨屋などが入っていたが、ここ数年は店が入っていない店舗だそうです。

警備員が住居地区に住んでいる管理人を叩き起こして鍵を開けて貰い空き店舗に入ると、家具のない部屋の中に冒険者用の武骨なランタンと男性の死体を発見しました。

窓も扉も魔術式の鍵で閉められており、完全な密室でした。

被害者はベータ地区で不動産会社を営むキンイチ・イトウという日本からの異世界転生者で、計算という頭脳系スキルを持った人物でした。

物件の管理人によれば、なかなか買い手のつかない現場にあたる空き物件を買い取ってくれる予定だったそうです。同業者に話をきくと仕事の出来る男だったようですが、非常に几帳面でちょっと性格には難があったらしいので、警備員たちはまず恨みを持つ人物の洗い出しを行っているそうです。

現場の警備員の桶田という男にこの手紙をお渡ししていただければ、詳しい状況を説明してくれるはずです。彼が私の同期で、ベータ地域の警備責任者であり、この事件の担当となっております。この世界には警察という組織もなく、捜査という概念がまだないため、彼はかなり頭を悩ましているようです。

あなたのご意見を伺う事ができれば、非常にありがたい事と存じます。彼に力を貸してください。


場所は以下の通りで―――




村田からのあらましを書いた手紙を渡すと、ホームズは口元に手をやりニヤリと笑った。

「名探偵シャーロックホームズ様………ね。手紙で事件解決の依頼とは、彼は良く解っているなあ。」

「呑気なこと言ってる場合じゃないよ。ホームズくん、急いでゴーレム車(タクシー)呼ぼうか? 」

「ふむ。行くべきかどうか、決心がつかないな。僕は手がつけられないほど怠惰な人間だ。誰よりもね、 ――気分が乗った時は、活動的になれる時もあるが。」

「もう! ホームズ名乗ってるんなら、絶好のチャンスじゃないのさ。普通こんな手紙来ないよ! 日本なら警察は一般人頼らないんだし、捜査情報こんなに漏らさないわけだし。」

「……行って覗いてみるのも悪くないか。僕は自分の興味のためにやってみよう。もし他に何もなくても彼らを笑ってやれるかもしれないな。」

ホームズは寝転がっていたソファーから立ち上がって、順一のほうに手を伸ばした。そのソファーは順一がアルファ地区の貴族向けの店から買い付けた、赤い亜龍種の革製で特に付与はないがさわり心地は最高によい。お気に入りの品だが、最近はすっかりホームズのベッドになっていた。


「よし、行こう! 」

「ん? その手は何? え、俺も一緒に行くの?」

「もちろんだとも。ワトソンだからな。」

「……まじか。」

とはいえちょっと興味のあった順一は、その手を取るしかなかった。

その一分後には、二人は通りを行き来するタクシーとも言えるゴーレムの馬車に乗って、手紙に書かれた住所を告げていたのであった。


※Amazonの段ボール箱の文字を変えてhanazonで荷物を送ったら姪っ子甥っ子に喜ばれた。

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