女王と、狩人と、白雪姫の場合2
女王は執務室で考え事をしていた。
白雪姫の昼間の言葉が頭から離れない。
納得していると思っていた女王の心は、全然納得していなかったらしい。
女王は今までのことを振り返る。
18歳の時、女王は別の国の王妃だった。
夫である国王は色欲に耽り、贅沢で国庫を食い潰していた。
その国を保たせていたのが、女王だった。
しかし、色欲に狂った国王に離縁され、国政の手腕を買われてこのスノウホワイト王国に嫁に来た。
スノウホワイト王国の国王は賢王だった。
善政を敷き、民は満たされて国は潤っていた。
しかし残念ながらスノウホワイト国王は病を患っていた。
しかも、後継者は白雪姫という幼い姫だけ。
国王が倒れれば隣国の格好の餌食になるのは火を見るより明らかだった。
だから国王は女王に求婚してきた。
白雪姫の後ろ盾となり、国力を維持させるための思惑の絡んだ政略結婚だ。
最初の結婚で愛されぬ不遇の身だった女王は、一も二もなく返事した。
もとより離縁された元王妃に他の貰い手などなかったのだから。
女王は結婚し、病床の国王の代わりに必死に政務を執り行った。
幸いなことに、元王妃時代の知識や経験。
そして何より金を食い潰す存在がいないことで面白いように思うまま運んだ。
しかし半年後、闘病の甲斐なく国王は急逝してしまう。 残された白雪姫と女王は一気に不穏な空気が取り巻いた。
白雪姫に阿り、担ぎ上げようとする輩を排除し、隣国を牽制し、全てが落ち着く頃には女王も二十代も後半に差し掛かっていた。
もう世間一般ではおばさんである。
若く精悍な狩人からすれば、自分は恋愛対象外……。
そんなことを考えていると、コツンと窓で音がした。
バルコニーに出ると少し離れた木の上に狩人を見つけた。
深緑の羽根突き帽に、同じ色のチュニックと白いズボン。 夜空色の髪と目のお陰で見つけるのは難しかったが、城から漏れる灯りのおかげでなんとか見つけられた。
狩人は弓と矢を女王に見せると女王は頷き窓辺まで下がる。
狩人が真上に打った矢は、バルコニーの上に落ちた。
練習用の穂先のない矢に白いハンカチーフをくくりつけた物を女王が拾うと、満足したかのように狩人は去って行った。
ハンカチーフを開くと短くロール紙に、「ひたむきに務める貴女に森の恵みを捧ぐ」と書かれていた。
中には精霊の森で取れた数種のベリーが入っている。
精霊の力を受けたベリーは何よりの栄養剤だ。
「精霊の森の恵みをわざわざ届けてくれるなんて……。 少しは思い上がってもいいのかしら?」
白雪姫に知られたら冷やかされてしまう。
そう思いながら女王は執務室に戻った。
温かい気持ちが胸いっぱいに広がって心地よい。
初めての出会いは最悪に近いものだったのに。
女王はベリーを一つつまみ、口の中に入れた。
甘酸っぱさが口だけでなく胸にも沁みた気がした。
※ 半年ほど前
ある日の午後、女王は執務室で気になる報告を受けた。
白雪姫が最近どこかに抜け出してしまうと言うのだ。
女王は仕方なく自らが後をつけることにした。
近衛騎士でも撒かれてしまうのに、一介の女性である女王が後をつけれるとは思っていなかった。
だが、女王自らが後をつければ、女王のことを心配する白雪姫が居場所を晒すと考えたのだ。
白雪姫が勘繰らないように、近衛騎士も侍女も全て置いて女王は単身白雪姫の後をつけた。
鬱蒼と生い茂る深緑の精霊の森に入っていく白雪姫。
女王は慣れない森の道に足を取られながら進む。
木の枝や根。 滑りやすい苔や、枯れた落ち葉など暗い森の中では当たり前の道。
しかしこんな森の中を歩くと思ってなかった女王はヒールを履いている。
女王は息が上がるのを感じながら、白雪姫を追いかけようとしたとき。
グキィッ
踏み出した足は変な方向に曲がって転げてしまった。
「うっ……」
思わず涙が溢れそうになる。
白雪姫を探したが姫は何処かに消えていた。
どうしよう、不安ばかりが募っていく。
一度は堪えたはずの涙が頬を濡らした。
無理矢理起き上がるもよろけてしまって、痛みから体を支えられず再び転ぶ。
「ふっ、うぅ」
一人で心細くて泣いてしまっていると、ぐるるると唸り声のようなものが聞こえた。
大きな体躯、熊のような剛毛の魔獣がヨダレを垂らしながらのそのそと来た。
女王は恐怖からすっかり腰が抜けてしまった。
ずりずりと後退りするが魔獣は構わず女王の方に向かってゆったりと歩んでくる。
その時、魔獣の眉間に矢が深々と刺さり、魔獣はドウッと音を立てて横に倒れた。
「大丈夫、お母様?」
見知らぬ男性と白雪姫が一緒にいたが、女王は白雪姫を見た安堵感からか恐怖が一気に溢れてポロポロと涙を零しながら怒った。
「大丈夫じゃありません! あなたに何かあったら先代陛下になんとお詫びすれば良いのですっ⁉︎ 供の一人もつけず1人で歩くなんて、淑女にあるまじきことです!」
うわーんっと力一杯泣きながら喚く女王に白雪姫は懸命に宥める。
やっと、えぐえぐと泣き止んできたところに弓矢を持った男性が声をかけた。
「申し訳ありません、怖い思いをさせてしまって。 私はこの精霊の森の森番をしております狩人です。立てますか?」
「えっと……その、足を」
気恥ずかしさから顔を隠す女王に、狩人は微笑んでいる。
「足をどうかされたのですか? 診てもよろしいでしょうか?」
「お願いします」
蚊の鳴くような声で言った女王に、狩人は安心させようと再び微笑むと足を診るためにスカートから足首を出す。
左の足首が見事に腫れて熱を持っている。
「これはひどい。 随分と痛いでしょう? 白雪姫、女王陛下を小人達の家に連れて行く。 そこで手当をさせてもらおう」
「わかったわ。 師匠はお母様をお願いね?」
白雪姫もホッとしたような顔をすると、先に何処かに行ってしまった。
「さ、女王陛下。 卑小な身の上ですが御身に触れる栄誉をお許しください」
「よしなに頼みます。 あの……、そんなに畏まらないでくださいまし、白雪姫と同じように話してくださればよろしいですわ」
「! わかりました。 では、私の首にしっかりと捕まってくださいね?」
女王は狩人の首に腕を回すと、狩人に抱き上げられた。
細身に見えるのに、しっかりと筋肉のついた体は危なげもなく女王を抱き上げ森の中をしっかりとした足取りで歩いていく。
「白雪姫に『師匠』と呼ばれていたのはどういうわけですの?」
「あぁ、白雪姫は半年ほど前から剣を習いに私の元まで来ていたんです。 追い返してもひょっこり顔を出すので好きにさせてしまい申し訳ありませんでした。
城の人たちには許可をとっているか確認しておけば、こんな事態は防げたでしょう。
本当に申し訳ありませんでした」
「私もそんなに以前から白雪姫がご迷惑かけているとは知らず、申し訳なく思います。
つい最近、ようやっと知った次第でお恥ずかしいわ」
女王が顔を伏せて言うと、狩人は高らかに笑って言った。
「迷惑だなんて思いませんよ。 女王陛下、私は幸運だと思っています。 何より美しい貴女様に会えましたからね」
「お上手な方ね」
「本心ですよ」
そうこう話している内に赤い三角屋根の家に着いた。
狩人がひと声かけるとドアが開いて、中に招き入れられる。
「いらっしゃい、狩人。 お前さんこんな時じゃなかったら思い切り冷やかしてやるんじゃがのう」
ドワーフの7人の小人は鉱山から帰ってきたばかりなのか、汚れた服装をしていた。
「意地悪を言わないでくれよ、グランピー。 そんな場合じゃないし、女王陛下に失礼だよ」
「こりゃたまげた! 女王陛下とは露知らず失礼おばいたしました。 あちらの椅子に腰掛けてください。 薬はドクの奴が調合しております」
「ありがとう、グランピーさん」
グランピーが示した椅子にゆっくりとおろす狩人。
「狩人、ユーカリにラベンダー、ペパーミントを泥に加えた湿布薬だ。 これを貼れば効き目は抜群にでるじゃろう」
「ありがとう、ドク。 確かに精霊の森で取れたものなら効果は折り紙つきだね」
狩人はそう言って、特製湿布薬を受け取る。
「女王陛下、今から手当をいたしますね」
「よろしくお願いします」
湿布薬を貼ると包帯を固定するように巻き、ドクが持ってきた短い添え木を包帯で巻き込むようにして巻いて、手当ては終わった。
これが女王と狩人の初めて会った記憶だ。
それから女王と狩人は今回ベリーの受け渡しのように、清い交際をしている。
否、交際と言うにはあまりに幼いやりとりだろうか?
毎度会うたび、文を交わし、贈り物をする。
手一つ繋ぐでもなく、好きと口にするでもない。
女王は狩人の森番という立場から、狩人は女王の身分からお互い『好き』と言う事を封じ込めている。
白雪姫が美しすぎる恋と評するのも理解できることだった。
※ 女王と狩人が初めて会った日、精霊の森奥にて
精霊の森の奥にある林檎の木の精は、不機嫌だった。
なぜなら彼女のお気に入りの人間にちょっかいを出す人間がいるからだ。
エバーグリーンの目に真っ赤な髪をした少女のような姿をして、ピンクから赤へとグラデーションでかわっていくシフォンのワンピースを着ていた。
そんな彼女の元に光の精霊達が集まる。
光球におなじ光の蝶の羽がついたような光の精霊達は林檎の精の近くに集まる。
「ふーん、そう。 私のお気に入りにちょっかいをかけているのは白雪姫と言うのね? ちょっと思い知らせなくちゃならないようね」
そう言って自身の林檎の木になる青い小さな林檎に魔法をこめる。
「半年後が楽しみだわ。 白雪姫、思い知らせてあげる」
林檎の精は魔法をかけた林檎を見ながらうっそりと笑った。