女王と、狩人と、白雪姫の場合
童話シリーズを展開しようと思っています。
ただこの物語のように、一通りの童話ではなくなっています。
新たな解釈と、創作で作っていく予定です。
むかしむかしのお話。 人々が夢を抱いた物語たち……の時代は過ぎ去った。
美しさを追求する継母に命を狙われた可憐な姫、可憐な姫の命を奪うことを躊躇い逃した狩人。
可哀想な姫を匿った7人の小人たち、嫉妬に狂い焼いた靴を履かされた女王。
さて、物語は終わっても世界は続き、新たな物語が湧き上がる。
白雪姫と継母女王と狩人の場合
モグモグモグ……。
ピンクの色調で纏められた豪奢な部屋。
その天蓋付きのベッドにさまざまなクッキーの入った缶を置いて、肘をついて寝転びながら当代の白雪姫は季節を追うごとに発行される書物を読んでいた。
書物には最新の化粧品や髪型。 見目麗しい男性の肖像画などが掲載されている。
最近話題の巷の子女に人気の『世界』という名の雑誌である。
気配を殺してベッドまで近づいた人物はヒョイッと雑誌を取り上げた。
「あっ……」
間の抜けた声が白雪姫から漏れる。
ゆっくりと面倒臭そうに起き上がると、唇を尖らせて言った。
「何すんのよ鏡の精。 乙女の部屋に入ってきて、憩いの時間を邪魔するなんて不作法じゃない?」
白雪姫に睨め付けられる茶髪のストレートロングに銀縁眼鏡の長身の男性。
紺のシンプルな詰襟に身を包んだ美青年、鏡の精はチラッと雑誌に目を向けてから、パタンと閉じた。
「はぁ〜、白雪姫が朝から配達物を気にしていると思えばこんなくだらない本の為でしたか。
しかも今日は普段なら嫌がるマナー講座も、ダンスレッスンも、歴史の授業も全て大人しく終えたというから来てみれば……、淑女にあるまじき格好で寝転がり物を食べる。 国民も驚きの事実ですよ」
「いーじゃない。 部屋くらい猫はかぶりたくないわ」
「猫をかぶるのではなく、できれば淑女の模範として常態化してほしいのですが、マナー担当の講師が見たら憤死ものですよ」
わざとらしく勿体ぶった言い方で、イライラさせてくるのは鏡の精の特徴だった。
ネチネチと嫌味な奴、それが白雪姫から鏡の精への評価。
不真面目で自堕落、それが鏡の精の白雪姫への評価だった。
ようするにこの2人とことんそりが合わないのである。
犬猿の中の2人に割って入ったのはドアをノックする音だった。
「こらこら2人とも、言い争う声が廊下まで聞こえていますよ」
美しい金の髪、ブルーグレイの瞳に白い肌の淑女。
ラベンダーカラーのドレスに身を包んだ白雪姫の継母であり、この国の女王である。
「お母様!」/「女王陛下」
「鏡の精、少しは大目に見てあげて? 白雪姫、ゴロゴロするのはいいけれど、流石にクッキーはベッドで食べてはダメよ。 メイドたちが可哀想だし、なによりお行儀が悪いわ」
「はーい、わかったわお母様」
「私も女王陛下が言うならば引き下がりましょう」
「ふふふ、ありがとう2人とも」
お上品に笑う女王に白雪姫は問いかける。
「お母様は仕事終わったの?」
「残念ながら少し休憩よ。 お茶でもと思って誘いに来たのだけれど、どうかしら?」
「やったー! それならどこでお茶をしようかしら⁉︎ お母様とお茶なんて久しぶりだわっ」
きらきらしい笑顔ではしゃぐ白雪姫に、女王は暖かい眼差しを向けている。
「貴女が迷うと思って中庭のガゼボに用意させてあるの。ご一緒くださるかしら?」
「もちろん! すぐに用意するから先に向かっててくださいな」
「えぇ、では先にいっていますね」
女王は侍女や護衛を連れて部屋を出て行った。
白雪姫はすぐさま、部屋の隅に控えていた侍女たちに号令をかけると、ついでとばかりに鏡の精も追い出す。
「鏡の精、それじゃ私用意するから。 本は返して出て行って頂戴。 貴女たち、お母様を待たせないようにしたいから軽装で失礼のない服をお願い」
「かしこまりました」
グラデーションピンクのワンピースに着替えた白雪姫は、颯爽と中庭のガゼボに向かう。
ガゼボには既に女王が一人で座っていた。
「お待たせいたしました、お母様」
カーテシーで挨拶をして、女王に合図された侍従が引いた椅子に座る。
「いいお天気で良かったわ。 白雪姫、最近はどうですか?」
「最近ですか? 師匠のところに行って剣の稽古をしたり、季刊雑誌を読んだりですわ」
「まぁ、師匠と言うと森番の狩人ね?」
このスノウホワイト王国には精霊の住むという森が王城の裏手に広がっている。
そこの守りを一手に引き受けているのが森番と言われる狩人の存在だった。
「そ、お母様にとってのいい人よ」
狩人と聞いて一気に明るくなった女王に、白雪姫が揶揄うようにいう。
女王は顔を赤らめて、紅茶を誤魔化すように一口飲んだ。
「やめてちょうだい、狩人さんに迷惑がかかるわ」
「ふふふ、そうね。 お母様が望む時まで私が露払いをするわ。 ねぇ、お母様。 貴女はこの国に嫁いできて、その細い肩で必死に王国を支えてくれているわ」
白雪姫のいつにない真剣な様子に女王も居住まいを正して耳をすませる。
「幼い私のこともあって、お父様が逝去なされた後は大変だったわね。
だから、だからこそお母様の幸せを追いかけてほしいわ。 これから先の人生を未亡人で終わらせるには、お母様は若すぎるもの」
あまり歳の違わない白雪姫だからこそ、そう考えたのだろう。
「お母様、想うだけで幸せなんて。 そんなこと思っていたら幸せは逃げるだけよ」
「……耳の痛い話ね」
女王は逡巡するように顔を伏せる。
「わたくしの人生は半ば散った花のようなものと思っていたけれど。 白雪姫、ありがとう。
でも無理だわ。 何より身分も釣り合わないし、森番の仕事を降ろすわけにはいかないもの。
彼の邪魔はしたくないの」
「じゃあ、お母様はそれでいいの?」
「よく、はないわね。 でもあの人の幸せを遠くから見守る。 そんな幸せがあってもいいとは思っているわ」
「美しすぎる恋ね。 私には無理だわ、私は欲張りだもの」
白雪姫は肩をすくめた。
「それでいいのよ。 そして私もきっとこれでいいの」
そう呟く女王の顔は何処か儚げで、寂しそうだった。