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2話 優しい魔女、ネーゼ


 002

「ぎゃあああああああああああ!」

 不健康そうな短髪の少年と、オッドアイの少女。二人は仲良く、虎のような見た目をした、巨大な怪物に追われていた。

「ゴルルゥゥゥアアア!」

「もうすぐそこまで来てるねーサフィさん。君魔王なんでしょ。魔法とか使えないの?」

「無理じゃああああ!さっきの転移で魔力使い切っちゃったあああ!」

「それってどれくらいで貯まるの?」

「軽く見積もって二十年はかかる!」

「二十年」

 その期間の長さに、驚嘆の声をあげる。

「あと二十年もこいつから逃げらるかな」

「馬鹿たれいちごー!あと数分も経たぬ間に追いつかれて喰われるわい!」

 それもそうだな。慌て過ぎて、脳が混乱していた。

「わっっ……!」

「サフィさん!」

 樹木の根に脚を取られ、すてーんと、間抜けな音を立てて魔王が転ぶ。

「いててて……。って、うぎゃああああ!」

 彼女が顔を上げた先には、大型トラクター並みの巨大な体躯の虎が迫っていた。

「……あ、我輩、もう死ぬのかぁ……」

 ゆったりとした動きで、巨大な虎が腕を振り上げる。獲物を逃すまいと、その瞳はサフィを凝視し離さなかった。

「グルルゥゥ、ガアアアアアアアア!」

 獣は、巨大な腕を、風を切り、そのままサフィ目掛けて振り下ろす。

「……ん?我輩生きてる?」

「ほら、サフィさん。早く立って」

 その腕がサフィを切り裂く直前に、一号がサフィを抱き抱えて、間一発、紙一重のところで交わした。

「後ろを見ないで、そのまま走って」

「え、いちごーも一緒に……」

「僕は、無理だ。今ので足挫いちゃった」

「何やっとるんじゃ!まだ死ぬには早すぎるじゃろ!まだこっち来て三分も立っとらんのじゃぞ!さっきのセリフは物語の終盤までとっておけ!」

「いやー最近ろくに運動して無かったから体力もキツくてね」

「ほら、口を動かさずに、足を、ってうわあああああああ!」

 一号の体をなんとか動かそうとするが、その前にもう一度巨大な虎から斬撃が放たれようとしていた。

「ガルゥゥゥゥアアアア!」

 その咆哮を聞き、一人は一度目の、もう一人は二度目の死を覚悟した。二人は無意識のうちに抱き合い、互いに目を瞑る。

 

 が、どれだけ待ってもその腕が振り下ろされることはなかった。

「君等、何してんの?」

 どしん、と腹の底に響く衝撃、虎が倒れる事で発生したそれは、僕らの体を揺らすに足りた。虎が倒れ伏す要因を作った彼女は、その首元へ突き刺したであろう巨大な、なんだろう、剣?を引き抜く。

 

 

「うっま。おいしいなぁこれ」

「本当だ。獣臭さが完璧に抜け落ちてる」

 魔王と、人間が、食器をカタカタと鳴らし、舌鼓を打つ。

 先程助けてくれた、命の恩人と言っても過言ではない金色で長髪の女性は、そんな僕たちを冷ややかな目で眺めていた。

「君等さぁ、危機感なさ過ぎじゃないの。一般人があんな場所歩くとか不用心すぎるでしょ」

「ふぉーふぁもふぃふぇない」

「口にあるもん無くしてから答えろ」

 ゴクリ、と音を鳴らし飲み込む。

「いやー我輩らもあんな恐ろしい所にいく気は毛頭無かったのじゃがな」

「そういえば、なんであんな所に僕らは漂着したの?」

「ミスった☆」

「なるほどなぁ」

 誰にでもミスはある。一度目のミスを叱責するのは、愚者がやることだ。

「次から気をつけてね」

「任せておけい!」

「はぁ、随分間抜けな奴等を拾っちまったな」

 頬杖をつきながら、金髪の女性は深いため息を溢す。

「お前等、家はどこだ。面倒臭いが送ってやるよ」

「ない!」

「は?」

 小さく首を傾げる。

「ないのじゃ!そんなものは!」

「ほう。じゃあ旅の者か」

「そんなところじゃ!」

「にしちゃあ弱すぎだよな。おら、嘘言ってねぇでとっとと家案内しな嬢ちゃん」

 ふむ。困ったな。家が無いのは本当だし、僕たちが弱いのも本当だ。一晩だけでも止めていただけるとありがたいが、生憎手持ちに代価として払える物はない。

「すみません。ふざけているわけではなく、本当に宿が無いんです」

「……はぁ。じゃあいいよ。今晩だけ泊めやるよ」

「え、良いのか⁉︎」

「お前等みてーなガキ二人叩き出してもバケモン共の餌にしかなんねーだろーからな」

 口調こそは荒々しいが、意外と彼女は優しいようだ。助かった。こんなに良い人に出会えるなんて、なかなか僕たちも運が良い。

「ただ、条件がある。今から俺はダンジョンから宝を掻っ払ってくっから、それを手伝え」

「だんじょん?」

「ダンジョン!良いぞ良いぞ!面白くなってきたではないか!」

 困惑気味の僕を差し置いて、サフィの顔は明るく染まる。

 だんじょんとは、そんなにも興味をそそられる物なのだろうか。

 

 

「おおおおおおおおおおおお!これが!ダンジョン!我輩初めて直接見たぞ。うーむこのでざいん、中々見所があるのぅ。特に、この大理石の支柱!素晴らしい!是非ともこれごと持って帰りたいのう!」

 先程の、彼女の家から、歩いて三十分程行く先に、小さな古墳の入り口のような物が岩肌の隙間から覗く。

「うわ、凄い。なんだっけな。昔歴史資料館か何かで見たことあるデザインだ」

 成程。今からあの中に入って、隠された財宝的な物を探すのか。サフィのテンションが凄まじく高かった理由の説明がつく、確かに楽しそうだ。

「それじゃあ、行きましょうか」

「おん?行かねーぞ。あとお前その位置あぶねーからも少し下がれ」

 先に進もうとする僕を、金髪の女性が引き止める。

「え?」

 振り返ると、彼女がいつのまにか取り出したのか、黒い、一瞬寒気がするほど深い黒の旗を構える。

 黒い、深淵と言うに足る煙が噴出され、その全てが洞窟の内部へと向かう。

「黒魔よ。我が身を削り、我が意を満たせ」

 彼女が謎の文言を言い終わると同時

「え……?」

 洞窟の入り口に、夥しい数の獣の骸と、色とりどりの光を放つ宝石のような物が散乱していた。

「お、出てきた出てきた。それじゃお前等あの宝石運べ」

「はぁ⁉︎貴様何をした!折角のダンジョンが崩れておるではないか!」

「ああ、そうか。伝えるのを忘れていたな」

 崩れゆく古墳の入り口に近づき、足を止める。

「私は魔女だ。外道に堕ち、外法を学んだ薄汚い魔女なんだよ」

 

 

「ふぃー疲れたー」

「男がそれぐらいで根を上げるな」

「いやあ、運動不足なもんで」

「ったく、だらしねぇな」

 金髪の彼女の家に再び辿り着く。こうは言っているが、途中僕とサフィの荷物を半分ずつ持ってくれた彼女は、やはり優しいのだろう。

「さて、じゃあお前等もう疲れただろ。休んでいいぞ」

「君は?」

「俺はこいつを整理しておく」

 くいくい、っと運んできた宝石類を指す。

「そう。分かった。何かしておいて欲しい事はあるかい?」

「あ?」

 怪訝そうな表情で、僕の顔を覗く。何かまずい事を言ってしまったのだろうか。

「いや、お世話になりっぱなしだから。少しは恩を返しておこうと思ってね」

「……変わってんなお前。じゃあ、飯と風呂頼むわ。食材はなんでも、ある物好きに使ってくれて構わん」

「了解した」

 余程疲れたのか、ぐったりとしてダウンしているサフィを抱き抱え、リビングへと向かう。正直此処がリビングかどうかは分からないが、この家で一番広く、生活感がある部屋であるから、リビングなのだろう。

「ほら、サフィ起きて」

「……無理じゃあ、起きれぬぅ。魔法の強化を解いた我が身がこれほど軟弱とは、不甲斐ない……」

「魔法使えないの?」

 魔法、おそらく僕の視力を奪ったり、転移させた力の事を指すのだろう。だとすると、魔力、とはその魔法を使用する際にかかる消費エネルギーのような物であるのだろうか。

「この世界に来てから、なぜだか魔力がまるで溜まらぬ。いくら我輩が万に近い魔法を扱えたとしても、動力源たる魔力が無ければただのか弱い乙女なのじゃあ……」

「ふむ。それは困るね」

 正直、この転移は彼女の力ありきのものだったのだろう。

「この世界について、もっと知らなければなるまいな。先程のあれも、魔法とは異なる何かじゃった」

 食器を手に取る。ふむ、この赤色の作物はじゃがいもだろうか?

「我輩等の世界での魔法は、魔力を介し世界に干渉する物であったが、あの魔女と名乗る女に魔力の使用は見られなかった」

 ラベルは読めないが、この入れ物の中にある粉は塩だろうか。味的にはしょっぱいから、多分塩だな。これを使うことにしよう。

「我輩の知らぬ力。想像もつかぬ理。ふむ、やはり正解じゃったな、この世界に来たのは」

「正解かなぁ。僕らあの人に会わなきゃとっくに死んでたと思うけど」

「冒険こそが至高の宝じゃ。その先に死があるのなら、受け入れよう」

 おお。

 なんかカッコいいな。

「ところで何やら良い匂いがするのじゃが、何を作っておるのじゃ?」

 よだれを垂らしながら、調理場を覗き込む。先程一瞬感じられた貫禄は、すぐさま何処かに旅立ってしまったようだ。

 

 

「おお。なかなかにうめぇじゃねぇか」

「美味いぞ!よくやったいちごー!」

「あはは。それは良かった」

 辺りが暗くなり、シャンデリアの火が太陽の代わりに僕らを照らす。

「お、そういやまだ名前聞いてなかったな」

「それもそうですね。僕の名前は花本一号」

「我輩はシャルドア・サフィエントじゃ!」

「へぇ、ハナモトにサフィエントね。なんだお前等兄妹じゃなかったのか」

 意外そうに言う彼女。黒髪黒目の僕と、白と蒼の髪と目をしたサフィ。どう見ても兄妹には見えないと思うのだけれど。

「貴方は、名前なんていうんだ?」

 彼女の動きが、突然止まる。

「……あー。そりゃそうなるよな。この流れは」

「……?」

「んいや、あー。どうしよっかなぁ。んー」

 何やら頭を傾げている。

「あー。まあ俺ん事はネーゼとでも呼んでくれや」

「分かったよ」

「了解じゃ!」

 

 

「ふぃーごっそさん。ありがとよハナモト」

「泊めてもらうんだからこれぐらいはするよ」

 好評で何よりだ。料理をするのは久々だったから、少し不安ではあったけれど、満足していただけたのであれば、幸に尽きる。

 ご飯を食べて眠くなったのか、アンティーク感の強い皮のソファでサフィがうとうとしている。

「なあ。ところでさ」

 そんな彼女のために、どこから毛布を持ち出し、そっと被せた彼女は、僕の座る席の正面へと足を運んだ。

「お前等、なんで俺と普通にいられるんだ。怖くはないのか」

「怖い?貴方が?」

「私は魔女で、お前等は人間だ。それが意味する事を知らないわけでもねーだろ」

「知らないなぁ」

 この世界の常識は、生憎僕達にはわからない。

「はぁ……。なんかおかしいと思ったよ……。覚えとけ、魔女は人間を不幸にする。俺は生きてちゃいけねぇ害悪そのもので、人間に忌み嫌われてるんだよ」

 ま、俺も人間なんて嫌いだがなー、と笑ってみせる彼女の表情は、どこか悲痛な物だった。

「だから、てめーらも明日になったらとっとと失せろ。不幸にならねぇ内にな」

 恐らく、僕達の身を案じてくれているのだろう。まだほんの少しの付き合いだが、彼女が優しいという事は充分理解できた。

「明日、近くの町まで送ってやる。美味い飯の礼にな」

「それは、どうもありがとう」

「じゃあ、今日はとっとと寝ろ」

「うん。おやすみネーゼ」

「おう」

 用意された布団に包まり、目を瞑る。

 窓の外から薄裏と指す月明かり。

 ああ、この世界にも月はあるんだな、などとくだらぬ事を考えながら、意識を深く落としていく。

 


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