密着
「……なあカノン、前から言おうと思ってたんだが、男に対してそんなベタベタしすぎるの良くないと思うぞ」
「べたべた?」
後ろからバシャバシャと水音がする。
手に粘着質のものが付いてるって意味で捕らえたのだろうか。
多分水の中で手を擦ってる音だ。
「僕に抱きついたりしすぎって事だよ。ましてや一緒に風呂入るとか……」
「でも、パパとはいっつも一緒に入ってたぞ?」
「それは家族だからだろ?」
父親と一緒に入ってるのか……と思ったが、カノンが家出をしたのは9歳の時って話だし、歳が一桁の娘となら普通……か?
でもさすがに13歳ともなれば父親ももう一緒に入る事は無いんじゃなかろうか。
ていうかいっつも一緒に入ってたって事は、カノンの故郷では風呂が一般的って事か。
それとも温泉地帯だったり?
もしこの世界にも温泉があるんだったら是非入っておきたい。
……というのはさておき、そろそろカノンにも歳相応の貞操観念というのを知ってもらわなければならない。
おそらく家出した時から今まで常識の転換点が無く、精神年齢がそのままなんじゃないかと思う。
僕が教えるにしても解説っぽくなると全然聞いてくれないし、逃げるカノンを捉えようにもそもそも僕の方がフィジカルで劣る。
どうしたものか……。
「レイもパパみたいなもんだろ?」
カノンはバシャバシャと水遊びをしながらそう言った。
「は?どうしてそうなる?」
「だっていっつも一緒に居るし、ご飯食べさせてくれるし、困ってたら助けてくれるし。……そうだ!レイが私のパパになればいい!」
「いやパパは無理があるだろ!?僕だって16歳だぞ!?せめてお兄ちゃんだろ!?」
「やだ!パパがいい!今日からレイは私のパパだ!これで一緒にお風呂入っても大丈夫だな!」
カノンはまたしても僕に後ろからギューっと抱きついてくる。
今度は足までがっしりと僕をホールドしていて、体操座りの状態で拘束され全然身動きが取れない。
いやそれより問題はカノンが全身で密着してきてる事だ。
腕も脚も腹筋も、僕を離すまいと力んでいるのがダイレクトに伝わってくる。
全身絞めつけられて痛いほどの力でしがみ付いてきている。
「だあああああっ!!!だから抱きつくなっての!!!そろそろ怒るぞ!」
もはや僕には口答えしかできなかったが、そう言うとカノンの拘束がパッと解けた。
「ごっ……ごめん、なさい……」
カノンの態度が急に萎らしくなる。
いやそれ以上にカノンの口から謝罪の言葉が出てきたのが初めてで、態度の急変以上にそれに驚いている。
そこまで強く言い過ぎたつもりは無いのだが、もしかして「怒る」ってNGワードだった……?
「い、いや、離してくれればそれで……」
僕も釣られて口ごもってしまう。
ようやくカノン編っぽくなってくる気がする。