持論
「……なに、これ」
虚無から戻って来たカノンは、野菜スープに視線を落としながら言った。
「見ての通り、野菜のスープだが」
「硬いお湯食べてるみたいできもちわるい。食べ物じゃない」
「あー、それすごいわかる」
「ひどい言われようだね」
カノンの的を射た感想に思わず賛同する。
タルタロスさんはそれでも、平然と食べ物じゃないと言われた料理を食べ進めている。
すると、ふと何かを思い出したかのように戸棚を物色し始める。
「それほどまでに味が恋しいのであれば、これを使いたまえ」
テーブルにはいくつかの小瓶が並べられた。
「端から、塩、蔗糖、クエン酸、カプサイシンの粉末だ。しっかりと密閉して保管してあるから湿気ってはいないはずだ」
「うわ強引」
塩は言わずもがな、蔗糖はたしか砂糖の主成分で、クエン酸はすごい酸っぱいやつ、カプサイシンは辛味成分だったか。
塩味と甘味と酸味と辛味を無理矢理添加して味付けしろという事らしい。
解決方法が強引すぎる。
ていうかカプサイシンってその成分だけ抽出できるものなのか?
化学はそんなに得意じゃないから分からんけど。
「くえ……なに?食べれるの?」
「クエン酸、食べれるけど酸っぱいから量に気をつけろよ」
と言うや否やカノンは、そのさらさらとした白い粉を一匙掬って口に含んだ。
「んんんんんんんんんんんっっっ!?!?」
「言わんこっちゃない」
顔のパーツが全部中央に寄ったような、到底女の子が見せちゃいけないような顔になっている。
カノンは口の中のものを野菜スープで無理矢理流し込む。
「ていうか普通に調味料あるんだったらちゃんと味付けすればいいのに。塩入れるだけでも」
「ふむ、だが味というものに必要性を感じられなくは無いかね?」
タルタロスさんはスプーンの上で野菜をコロコロ転がしながら言う。
「でもやっぱり食べるなら美味しい方がよくないですか?」
「食事というのはボクにとってただの栄養補給の手段でしかないからね。味というのは食の依存性を高める要因でもある。好き嫌いがあれば当然食べるものは好きなものに傾倒し、栄養の偏りや過剰摂取が発生する。ならば栄養の為に味は排斥した方がよいではないか」
「多分言ってることは正しいんだろうけど、いち文化人として同意しかねる……」
食事は栄養補給の他に娯楽としての側面もあるとは思うのだが、タルタロスさんとしては依存性を高める邪魔な物という持論のようだ。
500年も同じ環境で生きてればこういう考えになってしまうものなのだろうか……。
いや、元々そういう性格なのか……?
と、腕を組み思案顔の僕を傍目に、タルタロスさんはカノンに話しかける。
「さて、食べながらで構わないから話をしよう。まず改めて自己紹介だ。ボクはタルタロス。本名ではないがそう呼んでくれたまえ」
「私の名はカノン!聖剣トリムに選ばれた次期勇者だ!タルタロス……?ってなんか呼びにくいな!」
「まあ好きに呼んでくれて構わないさ」
「ん~、じゃあタロー」
「では今からボクの愛称はタローだ」
いいのかそれで。
「私の事もカノンでいいぞ!」
「君がそう言うならそうしよう。ではカノン、これからいくつか質問するので答えてくれるかな?」
「わかった」
カノンは蔗糖をペロペロ舐めながら、素直にタルタロスさんの言うことを聞いた。
占領されてる蔗糖は使えないので、僕は塩とカプサイシンで野菜スープの味を調整しながら、二人の話の展開を伺った。
ニシノフラワー欲しい……。
ニシノフラワーを引く石が欲しい……。
ニシノフラワーを引く意志だけはある……。