料理
「でも良かったんですか?大事な研究材料じゃ?」
「この程度であれば取り戻すのにさほど労力は要らない。時間はかかるがね。今は君たちの信頼を得ることが最重要課題だ。これで安心して床に就けるのであれば安いものさ」
「そこまでして僕たちを引き留める理由って……?」
一時的とはいえ監禁とかして来るような人だ。
何を要求されるのか分からない。
「そう警戒しなくてもいい、ボクは単純に知りたいだけなのさ。異世界人ではないはずのカノン君から何故瘴気を感じないのか。魔素体に胸元まで浸かっていたにもかかわらず何故瘴気に侵されていないのか」
紫色の眼差しがカノンを捉える。
その魔眼は瘴気の濃淡を測ることができるらしいが、この世界で育った住人であれば少なからず体内に蓄積されているらしい瘴気を、カノンからは一切感じないとのことだ。
実はカノンもついこの間まで瘴気の無い世界に居たとかか……、と一瞬思ったがそんなはずはない。
少なくとも冒険者ギルドの受付嬢に「金等級程度の実力はある」と言わせるほどの実績を積んでいる以上、冒険者としての経歴は長いはずだ。
「しょーき……?って言われてもよくわかんないけど……」
カノンはツインテールを揺らし首をかしげる。
短い付き合いだが、カノンがとぼけているわけではない事は分かる。
というかこの子はそもそも嘘とかつけなさそうタイプだし。
そんなカノンの様子に、ただ話を聞くだけでは答えが出ないと察すると、肩をすくめ「とりあえず部屋を移そうか」と、魔素体の収容室を後にした。
次に案内されたのは、怪しげな液体が入った小瓶やら魔法陣が描かれた蓋をされている壺やらがずらりと並べられている戸棚と、大きくて丈夫そうなテーブルや流し台のある部屋。
ありていに言えば実験室のような部屋だった。
流し台には魔法陣に細いパイプのようなものが接続されていて、転送魔術で地上の川から水を引いてきているらしい。
タルタロスさんはその水を大きめのガラスの容器に汲むと、流し台の側らにあった水槽の中へと移す。
水槽の中は白い砂利やら布のようなものやらが層になっており、移された水がポタポタと水槽の下の方から次の装置へと流れていっている。
見た目だけで判断するなら濾過装置だろうか。
「せっかくだ、夕食でも作ろうか。ゆっくり食事でもしながら話そう」
とタルタロスさんは言う。
戸棚から適当に食材らしきものを取り出し、ざっくばらんに刻んでは鍋の中へと放る。
濾過浄水した水を鍋に移し、香草のようなものも適当に投げ入れている。
魔法陣の上に鍋を置くと、だんだんと鍋が煮立ってくる。
熱を発生させる魔術だろうか、IHコンロみたいで便利そうだ。
ただ、どうしても鍋を棒でかき回す姿が料理をしているようには見えなくて、本当に任せていて大丈夫なのか心配になる……。
「あの……、料理……してるんですよね……?なんか適当に目に付いたものポイポイ入れてるだけに見えるんですが大丈夫ですかそれ……」
「問題なかろう、料理は魔術のようなものだ、正しい工程に自ずと結果は付いてくる。これらはとりあえず煮れば食べられるし、あとはセンスで食材に合いそうな調合をしていけばいい」
「センスとか持ち出すのは料理できない人の典型では……」
最初は料理を振舞ってくれるという言葉に目を輝かせていたカノンだが、今や半眼で一言。
「おいしくなさそう」
と言った。
「直球で来たね。だが不味くは無いはずだ」
「自信がすごい……」
そうして出された料理は一見普通の野菜スープだった。
だが何故だろうか、微塵も食欲をそそられない……。
「さあ、実食の時間だ」
促されるままに、まずはスープを一口。
「…………?」
次に野菜を一口。
「…………???」
なんだこれは……?
「どうかね?」
「…………無ですね」
食欲をそそられない理由が分かった。
味はおろか、匂いまでもが無だった。
残ったのは野菜の食感のみ。
それすらも煮込んでいたおかげで柔らかく、噛み応えが存在しない。
カノンさえ理解しがたい現象に直面した小動物のように動きを止め虚空を眺めていた。
背景がクエスチョンマークで埋め尽くされているかのような状態だった。
……これは果たして料理と呼べるのか?
「ふむ、調合は完璧だったはずだが、お気に召さなかったかね?」
「あれだけ食材と香草使って何をどうしたらこんな無味無臭になるのか理解できないんですが……」
「ボクはただ食材から必要な物をだけを取り出すよう、なんとなく調合をしただけだが。味や匂いも必要だったかね?」
「いや食べ物をなんだと思ってるんですか……」
「無論、栄養だが」
あぁ、必要な物を突き詰めすぎて無意識で余計な事するタイプの人だ。
僕は今、料理の腕の良し悪しの間に「無」が存在することを初めて知ったのだった。
今日もメジロブライトがかわいい。