変貌
皇帝の分身が消え、それに代わって霧が立ち込める。
巨大な足で踏み均された平地が霧で埋め尽くされ、魔人の姿すら見えなくなる。
そしてその霧に大きな影が投影された。
巨大な骸骨ほどではないが、少なくとも私の背丈の4~5倍はあるだろう。
聞いたことの無い咆哮が響き、あたり一面の霧が吹き飛ばされると、大きな影の姿が露わになる。
それは一言で言って珍妙極まる姿だった……。
猿のような頭に、鋭い爪を持った四肢、尾はうねうねとうねる蛇のようで、身の回りには微かに霧を纏っている。
このような獣は今まで見たことも聞いたこともないが、少なくとも猛獣である事は確かだろう。
そもそも皇帝の召喚するものが須らく奇々怪々であることは今更だが……。
「……巨大なだけで所詮ただの獣ではないか」
「今までの術を見てきた中で出た感想がそれか?あるいは虚仮威しだとでも思っているのか?」
獣の足元に皇帝は居た。
並ばれると大きさがよく分かる。
皇帝でさえ一飲みにできそうなほどだ。
「こやつは奥の手の一つ、腕のある魔族でもそう拝めることの無い代物だ。事実我も遣うのは初めてだ。なにせ代償が重くてな。その上、上手く調伏できるか分からぬし、加減もできん。心してかかるがよい」
皇帝は右手に持っている斬り落とされた左腕を真上に放り投げた。
謎の召喚獣はその腕を口でキャッチし、ごくりと飲み込んだ。
なるほど、あれは使用するのに術者の身体の一部をコストとする召喚獣か。
発動する度に身体を喰われていくとなれば当然そうそう使うことの無い魔術だろう。
今回は丁度そのコストとして使用できる左腕が手に入ってしまったという訳だ。
人体をコストとする魔術は見たことも聞いたこともないが、その代償に見合った魔術であろうことは想像に難くない。
とはいえ使用する度に身体が物理的に減っていくのは重すぎる代償だが。
望んで自分の身体の一部を捧げる人間なんて……この世にフェシィくらいしか居ないだろう。
それはともかく、おそらく司教様も知らないであろう空の魔術がどんどんと出てくるな。
皇帝が負けた場合の保険として私がここに残ると言ったが、半分はこのリベルグの皇帝にのみ伝承されるという空の魔術の情報を少しでも持ち帰る事も目的だ。
本来の予定には無かったが思わぬ収穫になった。
負傷しているレイをミザリー一人に任せてしまったが、大抵の魔族ならあいつ一人でもなんとかなるだろうし、レイも負傷しているとはいえミザリーのように馬鹿ではないだろうから、上手くミザリーに無い頭を補完してくれるはずだ。
やはり残って正解だったな。
皇帝の左腕を喰った召喚獣は次第にその姿を霞ませていく。
……もしや失敗か?
とも思ったが、どうやら召喚獣は消えていったのではないようだ。
召喚獣はその姿を変化させていっている。
端的に言うと小さくなっていっている。
巨大化するならまだしも、小さくなってしまっては単純に戦力減なのではなかろうか?
「……教えてやろう。この術の成す事は単純明快だ」
皇帝のその言葉は私に対しても投げかけているように聞こえた。
「鵺は、貴様が勝つ事の出来ぬものとなる」
朧気だった召喚獣の姿は皇帝より少し小さいくらいの人型にその姿を変貌させたのだった。
体感なんですが、今年の秋って3日くらいで過ぎ去りませんでした???




