勇者
もしその話が本当ならこの世界から帰ってない異世界人が居るって事だ。
それが「帰らなかった」か「帰れなかった」かによって状況が変わってくる。
もし後者であれば国王は嘘をついていたことになる、冗談じゃない。
「詳しくって言っても、私そんなに詳しくないんだけど」
「じゃあお父さんかお母さんに話を聞きたい!紹介してくれないか!?」
カノンはピタリと足と止めた……。
さっきまで落ち着きの無かった元気な彼女とは人が変わったように俯きがちに言う。
「……嫌」
家族と何かあったのだろうか。
そうであればあまり強引に頼み込むのは良くないかもしれない……。
「そ、そう……、じゃあできる範囲で教えてもらう事はできるかな……?」
身内の詮索は控えた方がいいだろう、僕もされたらいい気分ではない。
せめて名前だけでも分れば調べようがあるかもしれない。
「私が知ってるのはこの聖剣トリムが勇者の証で、私の家に代々受け継がれてきたって事くらい」
「先祖の勇者の名前とかは……?」
「知らん!」
と言い切られた。
カノンの性格からして嘘をつくタイプではないように思われるが、勇者の子孫っていうのがただの思い込みという可能性も拭えないし、女の子に対してあんまりしつこいのも正直キモい。
手掛かりは聖剣トリムだけか……。
王国の城にある図書館なら何か分かるかもしれないけど、王国には神楽坂が居る……。
「そうか……、まあ急ぎの用でも無いしまあいいか」
僕たちは再び歩き出す。
「レイも勇者になりたいのか?」
「いや……なりたいっていうか、なっちゃったっていうか……、ついさっきまで勇者だったっていうか」
王国軍を追放されたから多分もう勇者ではないのだろう。
正直勇者の定義はよく分からないけど。
「えっ!?だった?どういうこと???」
カノンは素直な疑問を口にした。
僕は道を進みながら話した。
僕が異世界人である事、王国軍に居た事、僕のユニークスキルの事、仲間に追放された事。
長々と話をしてしまったが、町への暇潰しにはちょうど良かった。
カノンも相槌を打つくらいで、意外と大人しく話を聞いていた。
事の顛末を聞き終えると、カノンは家族の事について少し教えてくれた。
「私は、ママとケンカして……、逃げるみたいに出ていったんだ、だからあんまり帰りたくない」
家族を思い馳せてか、彼女の瞳は空を眺める。
「ママは冒険者なんて危ないから止めなさいって、でも私は強くなりたい、魔王を倒して魔物の居ない平和な世界を作るのが私の夢なんだ……、それに私は聖剣に選ばれた、勇者が残した聖剣に選ばれた事には何か意味があるはずだろ!?」
「いやちょっと僕に聞かれても分からないけど……、聖剣に選ばれるってどういう事なんだ?」
「この剣、普通の人には鞘から抜けないらしくてさ、でも私は普通に抜けちゃって、最初は壊しちゃったかと思ったよ」
なるほど、特定の人にしか扱えない武器という事か。
漫画とかでよくある系のやつだ。
「というわけで聖剣トリムで魔王ぶった斬ってハッピーエンドって訳よ!」
「そう簡単じゃないと思うけどなぁ」
「それを簡単にするために強くなろうってんだ!まずは魔物討伐からコツコツとっ!」
カノンはパシンと拳と拳を叩き気合を入れ直した。
顔にはいつの間にかゴーレムと戦っていた時の活気が戻っている。
彼女はとても良い子なんだろう、人の為にも自分の夢の為にも動ける。
ただその行動が危うさを孕んでいることは否めない……。
先の戦いだって彼女一人では勝てなかっただろう。
猪突猛進な彼女にはブレーキ役が必要なんじゃないだろうか?
ここに丁度よく暇な僕が居るじゃないか。
「……僕も町に着いたら冒険者でも始めることにするよ、それで……良かったらなんだけど……」
「……っ!パーティーを組んでくれるのか!?」
「あ、あぁ、そこまで戦力になるかは分からないけど」
「おおおおおおおおお!!!善は急げだ!!!早く町に戻るぞ!!!うおおおおおおお!!!!!」
「ちょっ!待って!!!」
カノンは走り出した。
なんかもう、テンションが上がると走り出すとかいう、そういう習性があるのかもしれない。
はたして僕にブレーキ役が務まるのだろうか、さっそく心配になって来た……。
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