石鹸
「うっ……、もう婿に行けない……」
「君は既にカノン君の夫だろうに」
本当はさっさと脱衣所から逃げて湯に飛び込んでしまいたいところだが、介護が必要なカノンの手前そうもいかない。
カノンの右腕のギプスを外して、服を一枚ずつ脱がせていく。
普段カノンの髪を洗ったり体を拭くのを手伝っている関係上、半裸の背面までならやや慣れてきているが、今回に限っては一糸纏わぬ状態だ。
ていうかカノンもタルタロスさんももう少し恥じらってほしい……。
どうしてそんな何食わぬ顔でいられるんだ……。
目のやり場に困るなんてものじゃない。
「……せめてタオルで隠すとかしません?」
「君の妻と奴隷なのだから気にする必要無かろう。せっかくのパーティー水入らずの空間だ、お互い胸襟を開こうではないか」
「胸の襟どころか全部開けっ広げですけど……。まったくこっちとしては冷や水を浴びた気分ですよ……、早くお湯に浸かりたいです……」
僕の自制心を早く隠すためにも。
入浴の準備ができた僕たちはようやく浴場に足を踏み入れた。
「うおおおお!思ってたより広くない!!!」
「ハインリーネ様のとこと同じくらいか?一応大人数入れるサイズの湯船ではあるけど」
タイル張りの室内の奥の方に幅5m、奥行き3mくらいの大きい湯船がドンと設置してある。
シャワーみたいな利器は無く、湯船の方から桶で湯を汲んで流すシステムだ。
ちゃんと石鹸も置いてあるし、店としては結構ちゃんとしているとは思う。
ただ立地がなぁ……。
「滑るから足元気を付けろよ?」
「わかっちょわっ!!!?」
言った瞬間石鹸を踏みやがった!?
カノンは前のめりに体勢を崩す。
ギプス無しの右腕で受け身を取らせるのはマズい。
僕は慌ててカノンを抱きとめた。
「いっ……」
「だ、大丈夫か!?」
「大丈夫……ありがとレイ」
今ので反射的に右腕を動かしてしまい痛みが走ったようだ。
もしその勢いで床に右手を衝いてしまっていたら結婚式どころじゃなくなる……。
最悪の事態までにならなくてよかった……。
「ちゃんと足元見て歩けよ……か、カノン?」
離れようとしたが、抱きとめた腕をカノンが掴んで離さない。
「二人で一緒に歩けばもっと安全だぞ!」
「……二人して転ぶだけだろ」
「その時はレイが守ってくれ!」
「まったく……」
カノンは無邪気な笑みを僕に向けた。
もしそうなったら身を挺してでも守るが、本当の問題はそこではない……。
さっきから僕の左腕に、13歳にしては相当発育のいいカノンの胸が当たっているどころか乗っているのだ。
歩くたびに揺れる感触が否応にも伝わってくる。
なんかもう、色々と限界を迎えそうだった僕は、いっそのこと吹っ切れてカノンの事を抱え上げる事にしたのだった。
いわゆるお姫様抱っこだ。
「うおっ?」
「これなら転んでも上手くやれば僕を下敷にできる、大人しく運ばれてろ。タルタロスさんも気を付けてくださいよ。……タルタロスさん?」
返事が無いから振り向くと、タルタロスさんが蹲っていた。
「ぬあぁ……、飛んできた石鹸が……脛に……」
ちょっとしたピタゴラスイッチでタルタロスさんにも被害が出ていたようだった。
チェーンソーマンの雰囲気というか、藤本タツキ先生の描く作品の独特な雰囲気好きなんですよねぇ。