目標
利き腕の右手が使えないカノンに代わって、僕がカノンに朝食を食べさせてあげている。
いつもほどではないが食い気も戻ってきている。
昨日のカノンの様子を見てライアンさんが心配していたが、調子が戻ってきているのを見てほっと胸を撫で下ろしていた。
ご飯を食べさせ終わったら一度病院に連れて行くつもりだ。
頭に巻いた包帯や添え木など、応急的な戦地での処置なので、しっかりと医者に診てもらいたいからだ。
カノンを病院に預けた後はギルドに寄って、カノンの故郷で魔族と戦闘になった事、カノンが騎士団入りした事、カノンの療養の付き添いで僕もしばらく休む事を報告する。
その後カノンを回収し、宿に戻るという予定の通りに動いた。
報告を聞いたリッテさんは心配したり喜んだり淋しがったり様々な表情をして、後でカノンさんのお見舞いに行きますと言うので、午後は出掛けずにそのまま宿に滞在する事にした。
今はリッテさんが来るまで、僕やカノンの部屋より一回り大きいタルタロスさんの部屋で、ベッドをひとつ借りゆっくりしている。
以前までのカノンならじっとはしてられずに、一人で散歩でもしに行っていただろうに、見違えるほど大人しく僕の腕枕で昼寝をしている。
おかげで僕も身動きが取れないのだが……。
「まったく、人の部屋に来て何をするのかと思いきや、まさかイチャイチャと昼寝を始めるとは……」
「いやぁ、すみません、今までこんなに暇になる事が無かったもので……。せっかくなら3人集まってゆったりしようと」
「まあいいがね。それにしても君とカノン君が結婚とは、一足飛び過ぎやしないか?」
「それは今日になって僕も思いましたけど……」
「それに君は魔王を倒すという役目を終えたら元の世界へ帰るのではないのかね?そうしたらカノン君とは今生の別れになってしまうだろう?」
「そこに関しては、僕は魔王を倒しても元の世界には帰らない事に決めました」
「君の家族よりもカノン君を選んだという訳か。では魔王討伐は諦めてのんびりとこの世界で暮すのかね?」
「いえ、諦めません。できる限りは、僕に託してグランブルク王国から逃がしてくれた友達のために頑張るつもりです。それに元の世界に帰る事も諦めたわけじゃないんですよ」
「ほう?」
「グランブルク王国に居る仲間たちが帰還魔術の研究をしているはずなので、もしそれが完成したらカノンと一緒に僕の故郷で暮らそうと思ってます。もし完成していなくても僕とタルタロスさんで引き継いで、帰還魔術の完成を次の目標にしようと思ってます」
「……世界間を移動する魔術か。難題も難題だが、ご主人様の命令とあらば仕方がないな」
タルタロスさんはそう言いながらも満更では無いような、好奇心を含んだ表情をしていた。
研究者気質のタルタロスさんにとって、こういった題材には惹かれるものがあるのだろう。
「そういえば昼間辺りに手紙が一通届いていた君にも関係する事だから読んでおきたまえ」
そう言って一通の便箋を手渡される。
片腕が塞がっているのでめちゃくちゃ読みづらいのだが、なんとか左手だけで開封し手紙を広げた。
ハインリーネ様からの手紙のようだ。
そこにはタルタロスさんに魔族討伐の褒賞金が出る事、カノンの騎士団入りの事で話があるから王宮へ来て欲しいとのこと。
日程は今日から3日後。
カノンは療養優先で待機でもいいようだ。
まあ2ヶ月は安静にするように言われているし当たり前か。
代理として僕が呼ばれているのだろう。
手紙を畳むと丁度良く宿内にリッテさんの声が響いた。
新章開始です。
よろしくお願いします。