就寝
「話は伺っています、ご家族の方ですね。ひとまず手術は終わっています、中へどうぞ……」
寝袋のような布団の上に青髪の女性が横たわっている。
ポニーテールだったはずだが、おそらく横たわらせるために解かれている。
肌は青白く吐息はか細い。
血を多く失ってしまっていることが分かる。
この世界にはまだ輸血という技術は開拓されていないのだろう。
自然治癒に任せる感じの処置だ。
カノンへの処置も縫合と塗り薬、骨折部には添え木と、原始的な対応だ。
治癒魔法なんていうのも聞いた事が無いし、魔術ならあるいは方法があるのかもしれないが、タルタロスさんが何も言わないって事は現時点でこれ以上手段がないという事なのだろう。
カノンはエリカさんのもとへ駆け寄る。
「ママぁっ!」
「……カノン……?はは……やっぱり、聞き間違えじゃ、なかったみたいだな……。元気にしてたか……?」
「わ……私は元気だ!ママ、ごめんなさい……!喧嘩して……家出して……ずっと帰らなくて……、それに私のせいで……」
「いや、謝らなきゃいけないのは、私の方だ。ヨハンが死んでから……お前も辛かっただろうに、まだ9歳だったお前に、いい加減大人になれだなんて……。私の方が大人げなかったな、まったく」
「大丈夫だから!私もちゃんと大人になるから!だからママも早く元気になって……!」
「そう、だな……。寝て、起きたら、いつもみたいに治ってるだろ……。こっちに来な、カノン。仲直りしよう。それで……昔みたいに、一緒に寝よう」
「……うん……」
言われた通り、カノンはエリカさんの隣で横になる。
こうして並んで寝ていると親子そっくりであることが目に見えて分かる。
「レイ君、どうやらご就寝するようだし、ボクらが居ると寝にくいだろう。部屋を出るとしよう」
「そうですね……」
まさか4年ぶりの親子の再会がこんな形になるなんて……。
ちゃんと説得して、もっと早くに帰省させていればなんて思っても遅い。
とにかく今の僕にできることは二人の邪魔をしない事だけだ。
僕とタルタロスさんはひとまず待機所へと戻った。
「タルタロスさん……」
「なんだね?」
「カノンのお母さん、良くなりますかね……?」
「ふむ、正直なところ、おそらく既に失血死していてもおかしくない量の血液を失っているはずだ。待機組の団長も言っていたが、生きているのが不思議なレベルであるというのがボクの所感だね。カノン君もかなり体が頑丈なようだが、そのあたり親譲りなのかもしれないな」
「輸血……なんていうのはやっぱりできないですよね……」
「輸血か。他人の血を分け与えるというのはできなくはない。だが、人体に詳しい魔術師、清潔な環境と器具を用意し、さらに本人に適合する血液の提供者が居ないと不可能だ。親子であるカノン君なら適合する可能性はあるが、もし適合しなかった場合はむしろその血で母親を殺すことになってしまう。ちなみに僕も多少人体学を齧ってはいるが、専門ではないから期待はしないでくれたまえよ?」
「はい……」
その後、会議を終えたハインリーネ様が僕たちのところまで来て、この後どうするかを教えてくれた。
魔族はどうやら綺麗さっぱり居なくなったものの、一晩は様子見としてここに滞在するそうだ。
明日に再び索敵をして安全の確認ができた後、一度村へ戻り報告を終えた後王国へ戻るという予定だそうだ。
僕たちの事も一緒に連れて行ってくれるらしい。
日は既に雲で覆い隠され、ぱらぱらと小雨が降り始めている。
今日のところはもうこれ以上何もできないだろう。
僕たちは大人しく明日を待つことにしたのだった。