精製
目を覚ましたのは翌日……ではなく、その日の夕方だった。
眠れたのは2~3時間だろうか。
異常事態とかそういうのではなく、日が沈み、丁度窓から直射日光が入る位置に来てしまい、眩しくて目が覚めた。
日に当てられて目が覚めてしまうのはそういう習慣が身についてしまったからだ。
今日はゆっくり寝るつもりだったのに、なんか損した気分だ。
二度寝でもしようかと思ったのだが、ふと隣のベッドを見てみるとそこに居るはずのタルタロスさんの姿が無かった。
どこに行ったのかと思ったら、宿のホールからカノンの話し声が聞こえてきた。
時間も時間だし、仕事から帰ってきて夕食を食べてるのだろう。
もしかしたらタルタロスさんもカノンの夕食に同席してるのかもしれない。
「……ちょっと見に行ってみるか」
様子が気になったので、水分補給ついでに見に行くことにした。
「──と、果物一つから取れる糖はこの程度だ。糖以外の物質は精製の過程で消失するから、蔗糖を単体で使いたい訳ではないなら果物をそのまま食して本来の栄養素を摂取した方がいい」
さながらマジックショーのようにテーブルの上に小物を広げ、タルタロスさんはカノンとアイラちゃん、ライアンさんと対面するように座っていた。
手元に敷かれた紙には魔法陣が描かれ、その上には銀色のスプーンに一匙の白い粉が乗っている。
ここだけ見ると完全に怪しい粉だ。
「すげーーー!!!!!」
「林檎がこんな風になっちゃうなんて……」
「へぇ~、魔術ってこんなこともできんだなぁ」
三者思い思いの感想を述べる。
どうやらタルタロスさんはカノンたちに蔗糖を抽出する過程を披露していたようだ。
僕もちょっと見たかった。
「林檎であればこの効率だが、糖分の少ない他の果物でやるともっと効率は落ちる。つまり一瓶作るのにもかなり時間がかかるからしばらく待っていたまえという事だ」
「わかった!」
カノンは元気よく返事すると、ステーキ用のナイフを手放しスプーンを拾い、躊躇い無く口に運んだ。
「おや、レイ君ではないかお早いお目覚めだね」
タルタロスさんは僕に気付いて声をかけてくれる。
「おはようございます、日差しで目が覚めちゃって……。タルタロスさんこそ随分早いですね」
「ボクは精神的な疲れはあったが、なんだかんだ寝たきりで体力に損耗はほとんど無かったからね。結局寝付けなかったのだよ」
テーブルに敷いた紙を畳みながら言う。
僕はアイラちゃんに水を頼み、タルタロスさんの隣の席に座った。
カノンはすでに自分の食事に戻っている。
「ところで先程ガランと名乗る大男が訪ねてきたのだが、君の知り合いかね?」
「ガランさんですか。一応顔見知りですけど、訪ねてくるなんて初めてですね……」
「何やらギルドからの依頼で君に手紙を届けに来ていたのだよ。ひとまず同室のボクが預かっていた」
タルタロスさんは白衣のポケットから封筒を取り出した。
ご丁寧に封蝋で綴じられている。
差出人の名は騎士団長であるハインリーネ・ヴェルトラーデ。
一瞬何故その名が出てくるのか疑問だったが、すぐに魔族の件の約束を思い出し封を切った。
しばらくモンハン漬けだぁ。