介護
動かすのも困難だった手足が途端に軽くなる。
持ち上げようとした腕が勢い余って、腕に乗っていたキノコたちを薙ぎ払う。
「わっ!上手く行きました!」
「それは上々。ならあとは任せるよ」
「はい!」
しかしキノコたちは驚きからか怒りからか、あるいは動き出した獲物を再び捕らえるためか、その身を震わせると黄色い粉が再度舞い散る。
数秒しないうちにまた手足の感覚が遠のいていく。
だが……。
「ステータスリセットにクールタイムは無い!」
よろけた姿勢を立て直す。
何度もステータスリセットを発動しながら剣を拾い、周りのキノコを撃退する。
「相手の攻撃が効かないと分かった途端アゲアゲではないか」
「急に恥ずかしくなるんで水差さないでください」
キノコたちはそれでもなお黄色い粉を振りまいてくる。
おそらくそれしか攻撃方法が無いのだろう。
僕は寄って来るキノコを一体ずつ切り倒していく。
しかしキノコは奥の方から次から次へと増えてきている。
「くっ、対抗手段ができたのはいいけど、これじゃキリがないな……」
「何を馬鹿真面目に戦っているんだ。早く荷物とお荷物を抱えて逃げればいいじゃないか」
「あ、そっか……って、タルタロスさん!?」
言われた通り2人分の荷物と、お荷物を自称したタルタロスさんを抱えて逃げようと辺りを見回すと、雪に埋もれる地蔵のようにタルタロスさんが黄色い粉に半分以上埋もれていて一瞬見落としそうになった。
ムキになってか知らないが粉バラ撒きすぎだろ!
「だ、大丈夫ですか!?」
「……一応。事前に俯せになっていて助かった。仰向けだったら窒息死していたかもしれない」
僕はタルタロスさんを粉から引きずり出し、洞窟の外へ逃げ出した。
キノコたちも多少は追って来ていたものの、穴から出て数メートルのところで引き返していった。
岩壁に沿って少し歩いたが、他に洞穴のようなものは無かったので仕方なく岩壁沿いで野宿することにした。
「はぁ……一時はどうなる事かと……」
「残念ながらボクはどうにかなってしまったままだがね」
「す、すみません、僕があそこにしようって言ったばかりに……」
「まあ最悪の事態は免れた事だし良しとしよう」
タルタロスさんは仰向けのまま言う。
「体、まだ治らなそうですか?」
「ああ、存在しない尻尾を動かそうとしているくらいうんともすんとも言わない」
「何か治す魔術とかあったりしないんですか?」
「ある事にはある。だがボクがこれでは使えるものも使えまい。君に口頭で説明するのも無理がある」
たしかに、魔術を使うには魔法陣を構築する必要がある。
模様を言葉で説明するのは難しいだろうし、魔術は一歩間違えれば大惨事になりかねない。
「おそらくあの麻痺攻撃は相手の動きを止める事に特化していて致死性は無いだろう、時間が経てば次第に治るはずだ。だが習性や性能が特化している事を考えると効果時間はかなり長いだろう。ボクは効果が切れるまで身じろぎすら叶わないだろうね」
「転移魔術で移動するって手段も潰えましたね。……って事は僕が全部背負って歩くしか選択肢が無くなったじゃないですか!?ステータスの筋力と持久力の上乗せも無くなったから余計しんどいんですけど!?」
タルタロスさんはかなり体重軽いとはいえ、それでも多分30㎏以上はあるはずだ。
僕の荷物とタルタロスさんの荷物も合わせて50㎏以上にはなるだろう。
普通にキツい。
「まあそういった話はまた明日にしよう。今日はとにかく心身ともに疲れ果てた。夕食を摂って寝るとしよう」
「……そうですね」
僕もお腹がすいた。
荷物からジャーキーと水筒を取り出し口へと運ぶ。
ちゃんと携帯食料として店で買ったものだから、そこらの魔物を倒して焼いただけのものよりは断然美味い。
「……レイ君」
「なんですか?」
「ボクにも、食べさせてはくれまいか?」
「あっ!そうだった、動けないんでしたよね!」
寝たままだと嚥下し辛いというので、タルタロスさんの上体を起こさせる。
岩壁にもたれかからせると徐々に倒れていってしまうので、仕方なく僕自身にもたれかからせるようにして固定する。
パンやジャーキーを食べやすいサイズに千切って彼女に食べさせる。
「ふむ、体が動かないのは不便極まりないが、介護されるというのは楽でいい。レイ君、ボクの老後も介護を頼むよ」
「嫌ですよ。早く食べて寝てください」
「んぐっ!?」
パンの塊を口に突っ込んで黙らせた。
レタスってなんかサンドウィッチなんかに挟まっているものは普通に想像できるんですが、栽培されている状態のレタスっていまいちどんな感じだったか思い出せなくないですか?
いやまあ必要になったらちゃんと調べるので、屋上菜園の実写映像を撮る際スーパーで買ってきたキャベツをそのまま置いてしまうなんてことにはならないと思いますけど。