麻痺
「え……?か、体が動かない……?」
正確に言えば手足の感覚が麻痺していて、力も上手く入らずに動かすことができない感じだ。
「キノコの魔物の仕業だろうね。黄色い粉は相手を麻痺させる胞子か何かだろう。幸い呼吸はできるし、会話は可能なわけだが……」
そう話している間にもキノコたちは僕たちを取り囲み体を覆っていく。
「こいつら別に攻撃してくるわけじゃない……ですね?放っておけばいずれ帰っていくんじゃ?」
「なに寝ぼけた事を言っているんだ、そんな訳あるまい。状況を見て分からないかね?苗床にする気満々ではないか」
「え!?」
「ボクよりレイ君の方が栄養あるからあっちへ行きたまえ」
「僕をスケープゴートにしないでください!」
たしかに、こいつらの小さい個体はネズミの死骸なんかに寄生していた。
この洞窟に侵入した生物を麻痺させて、その獲物から養分を吸い取って数を増やしていく魔物という事だろう。
つまり僕たちはこのままだと死ぬまでここで麻痺し続ける事になる。
「ど、どうすればいいんですかタルタロスさん!僕こんなところで死にたくないです!!」
「ボクだって死にたくないさ。慌てる気持ちは分かるが一旦冷静になりたまえ。こいつらが根を張るにはおそらくまだ時間がかかる」
そうは言っても恐怖が先行してしまってまともに頭が回らない。
首はなんとか左右に振れるが、嫌だ嫌だと首を振ったところで見逃してくれるはずもない。
「ふむ、瘴気を流し込んでも巨大化するだけか……」
「ちょっと!余計敵を強くしてどうするんですか!?」
「これも試行錯誤の一環だよ。ネズミに対して過剰な瘴気を与えた場合、体が瘴気に適応しきれずヘドロのように溶けてしまった事があるのだよ。だがこいつらは魔素体と同じく瘴気の分だけ巨大化するタイプの魔物らしい」
一応打開策を探してくれてはいるらしい。
僕が体を動かさずにできる事といえば魔法くらいか。
だが自分の腕がどの方向に向いてるか分からない以上攻撃のために魔法を使うのは危険だ。
何かこの状況を打開できる新しい魔法を習得しようにも、手を動かせない現状ステータスウィンドウは開けない。
「あ、ボクの腕がタルタロスさんの方に向いてる事に賭けて、軽いウォーターショットでタルタロスさんを洞窟の外に弾き出すとか?洞窟内に生息する魔物なら洞窟外までは追ってこない可能性ありません?」
「……ボクとしては魔法で蹴り出されるなんて勘弁願いたいが、まあ試しにやってみるといい」
本人に許可が取れたので試しにウォーターショットを使ってみる。
ちゃんと発射されたか僕からはいまいち分からない。
「……使ってみましたけど、どうですか?」
「何の衝撃も伝わってこなかったな」
「万策尽きましたか……」
もはや明日の朝カノンが引き返してくることに賭けるしかないだろうか。
そう諦めかけていたが、タルタロスさんから案を共有された。
「……一つ思いついたことがある。これは最終手段な上に成功するか明白ではない博打になるが、試してみるかね?」
「……内容を聞いてからですね」
「この状況はキノコの麻痺攻撃によるものだ。麻痺というのはボクらのステータスに異常をきたすものと考えられはしないかね?」
「まあ、たしかにそうかもしれませんが、そうだったらどうなるんです?」
「君、自分のユニークスキルの事を忘れてしまったのかい?」
「あっ!」
そうだった。
ステータスリセットで状態異常ごとリセットできるかもしれない!
だが失敗してしまえばそれこそ僕は魔法も何も使えないただの苗床になってしまう。
いやしかし、おそらくもうそれくらいしか策が残っていない。
「…………やってみます」
僕はおよそ2ヶ月振りのステータスリセットを発動した。
気圧が低くなると血管が拡張し頭痛が発生したりするらしいです。
つらたん。
室内の気圧、温度、湿度、酸素濃度を完璧に調節できる防音室とか欲しいですね。