7 残念な魔法少女
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住宅街から坂を上り、小高い丘へと行くとそこには由緒正しき宇清神社がある。
地元住民になじみの深いこの神社を管理する宮司の娘、綾加田花凜は巫女姿ではなくスウェット姿で境内を竹箒で掃除していた。
秋も深まり、注連縄を締めた御神木や周辺の木々から落ち葉が参道にたまり、花凜は丁寧に落ち葉を掃き集めると、朝の日の光を浴びながら大きく背伸びをした。
それから手に持つ竹箒をじっと見つめ、なにを思ったのか自転車に跨がるように股へと挟んだ。
瞼を閉じて意識を集中し、力強い意思を宿して目を見開く。
「えいっ!」
そこから気合いを入れた掛け声と共に小さく飛び跳ねると、木から見下ろしていた一羽のカラスが嘲笑するように「カーッ」と鳴いた。
「……もう一度よ。箒さん、お願いだから飛んでちょうだい」
懇願するように箒に語りかけるが、もちろん箒が飛ぶはずもなく、花凜は何度もあがくように飛び跳ねた。
「えいっ! えいっ! えいっ! ……どぅえええええぇぇぇいっ!」
そんな小学生のようなひとり遊びを女子高生にもなってしていると、
「ふふっ。おはよう、花凜ちゃん」
朝から参拝に来た近所に住むお婆さんに、恥ずかしいところを目撃されてしまう。
「お、おはようございます。あははははっ……」
顔から火が吹き出そうなほど赤面しながら、花凜は社務所へと逃げていった。
本殿からほど近い住居へと戻ると、朝食を摂り、その後は茶の間でくつろいだ。
テレビからは休日の朝から放送されているアニメ、〝野良猫と見習いウィッチ〟の軽快な曲が流れ、魔法少女が戦っている。
女の子が魔法少女となり魔法で困った人々を救い、さらには悪い魔女や悪人を懲らしめるという、定番の少女向けアニメだ。
弟は興味がなさそうにようやく遅い朝食を摂りに台所へと行き、花凜はファッション雑誌を開きながら横目でアニメを視聴していた。
そこにトイレから出てきた父親が、朝の情報番組を観ようとリモコンを手に取ると、チャンネルを替えてしまう。
カラフルでピチピチのアニメ少女から、いきなり無彩色で萎れたおじさん達にテレビ画面が汚染されてしまった。
「ちょっと! チャンネルを替えないでよ!」
最終局面でチャンネルを替えられた花凜は激怒する。
「おまえ、雑誌を読んでるんだろ?」
「この後の番組を観るために点けてるの!」
この後の番組のことなどどうでもいい。野良猫と見習いウィッチをリアルタイムで視聴するために毎週早起きをして欠かさず観ているのだ。それも無関心を装いながら。
「はじまってからでいいだろ」
「忘れちゃうからダメ! いいからはやく戻して!」
怒られた父親はチャンネルを戻すと、悄然として祖母と母の居る台所へと避難していく。
「あれ、絶対に観てるよな?」
「難しい年頃なのよ」
達観しているかのように母は洗い物をしながら答えた。
花凜は昔から魔法が大好きで、その気持ちが色あせることはなかった。
小さい頃、ずっと魔法学校から招待の手紙が届くのではないかと期待していたし、映画の影響から箒にまたがり斜面から助走をつけて飛ぼうとして、足を骨折したこともある。そんな失敗があっても、いまだ空を飛ぶ夢を諦めきれず、時々だが思い立ったように箒にまたがってしまう。
今の自分は周囲と社会に無理やり迎合してできた虚像だ。
本当は魔法少女や魔女のように振る舞って生きていきたい。
この間もカラオケ店で流行の曲を一曲だけ歌い、後は聞き手に回ったが、できることなら魔法少女もののアニソンをメドレーで熱唱したかったぐらいだ。
だが、そんなことは友人にも家族にも知られるわけにはいかない。体裁ってものがある。人間関係がある。白眼視されるのは勘弁だ。
それに高校生なのだから、魔法がないことぐらい十分に承知している。けれど魔法への羨望は成長するにつれて日に日に大きくなっていくばかりだった。
そして感じるのは違和感。
周囲と同調することができないことでの温度差と、魔法が使えない現実への落胆。
どんどんと本来の夢見がちな自分が現実に塗りつぶされ、周囲の影響から少しずつ自分自身を見失いかけていた。
そんなときだった。
変な男に出会ってしまったのは。
「おい、もうテレビはいいのか?」
「用事を思い出したからいい」
野良猫と見習いウィッチの次週予告とエンディングまできっちりと見終わった花凜は、上機嫌で茶の間を後にする。
今日こそあの男に魔法を教えてもらおうと決心して。
「やっぱり観てたよな?」
父の言葉は聞こえてないことにした。
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