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4 自我崩壊

「これでどうかな……?」


 瞬間接着剤で結合した短剣をダークシャドーに翳すが、影は首を振って嘆息した。

 すると短剣までも落胆するように、またポッキリと折れてしまう。


「……そうさ……はじめから無理に決まってたんだ……」


 翔流は諦めたように短剣を床へと置くと、ふらふらと立ち上がる。


『どこに行くのじゃ?』


「……もういいんだ……もう……」


 糠喜びで終わった翔流は深い傷心を負い、聖域である自室に引き籠もると、パソコンを起動してオンラインゲームをはじめた。

 さらにモニターに頭をごりごりと押しつけ、ブツブツと譫言のように呟く。


「異世界に行けないなら、ゲームの世界に行こう……フレンドがひとりもいなくて、二年以上もプレイして、パーティープレイしたこともないけど、そんなボクだからこそ資格があるはずなんだ……フフッ……ハハッ」


『お、おい……なにをしておるのだ……?』


 翔流の奇行にダークシャドーは首を傾げる。


「さあ、ハイエンドPCよ! いまこそその力を発揮せよ! CPUにGPUよ! いまこそ力を解き放つのだ! オーバーああぁぁクロックぅぅぅっ!」


 埃がこびりついた冷却ファンが、呼応するかのように唸りを上げる。


「いまだ、低遅延モニターよ! ボクを受け入れてくれ! いくぞおぉぉぉぉ!」


 抱きしめるように強く顔面をモニターに押しつけるが、モニターの背面にあるコンセントが抜け、画面が暗くなった。


「あれ? 変だな……行けないぞぉ? 変だぞぉ……おかしいぞぉ……ううぅうぅっ……」


『な、なにか恐怖を感じるではないか……! しっかりせぬか!』


 ダークシャドーが鼓舞しても聞く耳を持たず、今度はベッドに横になり、抱き枕を抱きしめてふて寝した。


「もういいんだ……疲れた」


 人から後ろ指を指され、両親からは再三叱られ、多くの辛酸を舐めてきても希求し続けてきた夢が叶う寸前で躓いた。そんな失望感が倦怠感となって体を蝕んでいく。

 それに異世界に関するすべてのことも飽和状態にあり、これからまた体勢を立て直すだけの気力がいまはもう枯渇している。


『諦めるでない! 他に方法はなにかあるはずじゃろ!』


「……ない」


 下等生物と見なし、敵対する人間を励ますほど、悪魔も追い込まれていた。意図もせず召喚され、右も左もわからぬ世界で頼れるのは、この不甲斐ない男ただ一人だけだった。


『たかが短剣が折れたくらいではないか。代用品なら他にもあるじゃろ』


 虚ろな瞳を壁に張り付く影に向ける。


「……この世界で魔力の秘められた品は、そうそう手に入るものじゃないんだ。だいたいどれに魔力が宿ってるかなんてわかったものじゃないし……」


 それと全く同じ物を求めるとなると困難を極めるし、そもそも予算的に余裕がない。


『だったら探しに行くぞ』


「なにを?」


『代替品をだ。なにか代用できる物があるはずじゃろ。それにワシシが手を貸せば魔力の有無がわかるのではないのか?』


「探すってどこをさ」


『外に出ていろいろな場所や店に訪れてみればよい。商人に訊けば、なにか教えてくれるかもしれぬ』


「そんな商人がこの世界のどこにいるんだよ……」


 ゲームじゃないんだから、魔力の宿った品を教えてくれる奇特な商人や村人がこの世界にいるわけがない。気が触れた客だと煙たがられるだけだ。


『わからぬではないか。それに、此処でうだうだとして居るよりもましであろう』


「……嫌だ」


『なんじゃ、なにが不満なんじゃ』


「……外に……出たくない」


 翔流は引き籠もりで外になんて易々とはいけない。外出するには心の準備と計画が前もって必要だ。たとえ近場とはいえども。


『なんと惰性な勇者だ! しゃきっとせんか! しゃきっと!』


「ああ、もううるさいな……今日は疲れたんだ……休ませてくれ」


『うぐぐぐっ……ならばもうよい……! お主に頼ってなどいられぬ!』


 うだつが上がらない翔流にしびれを切らしたダークシャドーは、壁や床をすいすいと泳ぎ、カーテンの閉め切られた窓の隙間から外へと出ると、夜の街へと繰り出していった。


「……もしかして、出て行っちゃったの?」


 ひとり部屋に取り残された翔流は体を起こし、しんと静まりかえる室内を見回した。

 慢性化して気づかなかったが、自分の生活はこんなにも静かなものだったのかと思い知らされ、大きな淋しさが去来してくる。

 こんなにもだれかと会話をしたのは久しぶりのことだった。

 だからかいまはもの凄く、人が恋しかった。

 それが悪魔であったとしても。


「や、やっぱりボクも行くぞ!」


 あの影は悪魔ではあるが自分と異世界をつなぐ唯一の繋がりだ。

 いまここで見限られでもしたら、もっと異世界が遠のいていくような気がした。 




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