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1 成れの果てと召喚

 深夜の寝静まった閑静な住宅街。

 そこには子供達の間で幽霊屋敷と呼ばれる、高い塀で囲われた家があった。

 家主であった老爺が他界してからは庭も荒れ果て草木は生い茂り、昼間だろうと暗澹としている。

 現在は人が出入りしている様子はなく、近隣住民の間では空き家となっていると認識していたのだが、夜になると明かりが灯るため、だれか住んでいるんじゃないかと不審がっていた。


 それもそのはずで、現在この家には近隣住民と接触することを避け、ひっそりと隠れ住んでいる若者がいた。

 そしてこの敷地内にある物置と化したガレージのなかでは、夜な夜な奇々怪々な儀式が密かに執り行われている。

 計算して配置された燭台は蝋燭が灯り、床には歪な紋様が大きく描かれ、その中央には小さな祭壇が設置してあった。

 その描かれた陣の前では、黒の外套を纏った男が、タブレット端末を片手に奇妙な詠唱を始めていた。


「――スミェールチイージルジー! ミッチトーユスプリャーチパダーリシェ・モッカチャム! 異界の神々よ! 我が望みを叶え、異界へと続く門を開き賜え!」


 たどたどしいうえに聞き慣れない言語と独特な発音。

 意味不明な詠唱を唱え、静まりかえる室内。

 数秒間身動きひとつしていなかった中央に立つ男は深く息を吐くと、肩を落とした。


「……これもダメか」


 若い男は持っていたタブレット端末を凝視して熟考する。


「他に原因があるとすると――これが紛い物なのか? いや、そんなはずは……」


 祭壇に置いてある木箱から、錆び付いた古い短剣を取り出す。

 これは祖父が海外のオークションで購入した、魔力の秘められた年代物の短剣だ。出品者が謳っていただけで、鑑定書があるわけでもないため、真偽のほどはわからないが。


「あ、あれ? 抜けない……ふんぬぬぬぬっ! ――うっ!?」


 蝋燭の明かりを頼りに、装飾の施された鞘から、緑色をした不思議な短剣を引き抜く。

 だが、勢いよく引き抜かれたことで手元が狂い、その際に刃が鞘を持っていた指をかすめ、血が地面へと滴り落ちた。


「うあああああぁっ! ち、血が……し、死ぬ……回復魔法を……ヒーリング! べ、ベ○マ! ケ○ルガ!」


 指を見つめながら力強く回復魔法を唱えたが、血はドクドクと溢れ出していった。

 その後もファンタジーな言葉を呟きながら回復魔法を何度か試みるが、止血に成功するはずもなく、ガレージ内で慌てふためく彼は、喚きながら母屋へと向かっていった。



 古びた外観をしている母屋は、中は近代的にリフォームがされていて、キッチンはすべてオール電化となっていた。だが、キッチンを管理する家主の不摂生から、流しには油に汚れた皿が積み重なり、スープの残ったカップラーメンの容器が至る所に陳列している。空のペットボトルで足の踏み場はなく、捨て忘れの山となったゴミ袋からは強烈な悪臭を放っていた。

 救急箱を取り出し、入念に消毒をして治療を終えた彼は落ち着きを取り戻すと、遅い夕飯の支度へと取りかかった。


「さあ、みんなで晩餐を頂くとしよう。手と手を合わせて、いただきまーす」


 彼が語りかけるダイニングには人の姿はない。

 大きなテーブルの前には六脚の椅子があり、フィギュアが五体、一脚に一体ずつちょこんと配置してあった。


「うまい! このスープ、じっくり煮込んだだけあってよく出汁が出ている。肉も肉汁が溢れ、絶妙な仕上がりだ」

 

 大層なことを語っているが、彼が食べているのはネットで箱買いした安いカップラーメンである。煮込んだわけではなく、お湯を注いで三分間待機しただけにすぎない。肉はもちろん薄く小さな成型肉だ。


「腕を上げたんじゃないのか、ヌヌ。見事だよ」

 

 〝大財閥の御曹司による異世界買収計画〟に登場するヒロイン、赤色の髪をしたメイド服の戦闘少女、ヌヌから返答があるわけではない。大鎌を持って微動だにせず、ポージングをしているだけだ。


「でも、正直なことを言うと、たまには野菜を食べたいかなって……最近、お腹にお肉が付いてきたし、ボクもそろそろ健康を気づかった食事を――あ、いや、この料理に不満があるわけじゃないんだ……そんなに怒らないでくれ」

 

 ヌヌは前方を見つめて微笑んでるだけだが、彼の脳内では立派に会話が成立している。ヌヌが激しい怒りを表して大鎌の刃を向けているのだ。


「贅沢できる身分じゃないのはわかってる。でも、身体は資本って言うしさ……。胃腸の弱い課長ならわかるだろ?」

 

 〝左遷先が異世界でした〟の主人公、内海課長に同意を求めた。

 だが、七三分けで眼鏡を掛けたスーツ姿のフィギュアは、にひるな笑みを浮かべているだけだった。


「え? 儀式の方かい? それは……またダメだった。でも、着実に進歩はしてるんだ。だから〝魔法少女イキマース〟と最近ネットで好評な〝アウトローが異世界でヤミ金業者になりました〟に使われている召喚魔法を流用してみようと思う」

 

 心の師であり友人でもある内海課長をみつめると、箸を止めて語気を強めた。


「遊んでいるだけだって!? ボクは一生懸命やっているよ! 今回の儀式では、怪我までしたんだぞ!」

 

 どこか誇示するように、不器用に包帯がぐるぐるに巻かれた指を立ててみせる。

 出血をした指の傷の深さは浅く、絆創膏一枚で済みそうだったが、大袈裟なまでに包帯を巻いていた。

 まだまだ彼の一人芝居のような脳内会話は続き、今度は小さく頷いた。


「……もちろん現世の創作物からでは実現性が乏しいことは承知してる。だから過去の賢人達の知恵に重点を置いてはいるんだ。まだ翻訳が終わってはいないが、海外から取り寄せた召喚に関する文献から、異界に関する記述などについても解読できた」

 

 ちぢれ麺を力なくすすると、今度は獣耳をした銀髪少女のフィギュアに視線を転じる。


「リーエ、いいんだ。悪いのはボクなんだから責めないでやってくれ。課長が言っていることは正論なんだから……。だからボクも覚悟を決めているところなんだ。時間も残されてはいないわけだし、そろそろ最終手段に打って出る頃合いなのかもしれないって……」

 

 彼が落ち込んで独り言が止むと、古い置き時計の針が時を刻む音だけが、室内を満たしていった。


「――とにかく、気分を変えて食事を摂ろう。せっかくのディナーが冷めてしまっては台無しだ」

 

 フィギュアは微笑んでいるだけだったが、彼を叱るのも慰めてくれるのもこのフィギュア達だけだった。

 孤独な生活に耐えかね、フィギュアを家族と見立てて淋しさを紛らわすようになっていた。最初はふざけて遊んでいるだけだったが、いつしか彼らの声が脳内で再生され、毎日会話するようになっていた。

 そんな独り言ばかりの食事を終えると、彼は自室へと戻った。


 雑多に積んだ本と脱ぎ散らかした服、謎の鉱物やわけのわからない収集物に囲まれながら、パソコンモニターの前で異世界についての情報を収集していく。

 異世界モノのドラマやアニメや映画を鑑賞しながら、インターネットで世界中にある遺跡、超常現象にオカルトな事件や都市伝説に細緻な噂まで集めては整理していく。

 だが、少し情報を整理すると関係のないまとめサイトを閲覧して、気が付くとファンタジーな世界の知識を集めることを名目にMMORPGをはじめたりと、時間だけが消化されていった。


 対人恐怖症な彼はオンラインゲーム内でもフレンドが一人もいないため、ソロで黙々とクエストを消化していく。その姿はまるでBOTかNPCなのではないかと、匿名掲示板では囁かれ、話しかけると逃げていくことから外国人なのだろうと結論づけられていた。

 MMORPGの有意義さも感じることのないまま、ふと時計を確認すると四時間以上が経過していた。

 そして、なにをしているんだと己を心の中で叱咤すると、だれかに別れの挨拶をすることもなくログアウトする。そこから異世界モノのライトノベルを読み始めるが、急激な睡魔に襲われ、今日もさほどの進展が得られぬまま明日にしようと寝床についた。


「今日はもう休むことにしたよ」


 ベッドには一足先にスタイル抜群のエルフの描かれた抱き枕が横たわっていた。


「こう眠気に襲われていたら、作業効率が悪いからね。おやすみ」


 横になった男は抱き枕を強く抱き締め、眠る前の異世界妄想に耽りながら、惰性な一日は終わりを告げようとしていた。



 そして、男が夢の中へと落ちていった同じ頃。

 真っ暗なガレージの中で、異変が起きていた。

 風もないのにシャッターが激しい音を立てて降りていった。

 すると燭台が倒れ、棚からは物が落下した。

 本の山は崩れ、紙が破かれていく。

 カリカリと壁やシャッターを削るような音がし、ガレージ内をなにかが暴れ回っていた。

 さらにどこからともなく呻き声がした。


『……ううっ』


 小窓から差し込む月光に照らされた床や壁には、正体不明の大きな影が蠢き、闇と同化するように息を潜めた。


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