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10 隠せぬ興味

 翔流が否定すると、花凜は勢いよく立ち上がった。


「それで、わたしはなにをすればいいの? もちろん掃除以外で」


「そうだな……まずは異世界のことを学んでもらって、それから――」


 具体的になにをすればいいかわからず、ダークシャドーを見上げる。


『小娘に付着しておる、外部からの禍々しい魔力の根本を探るのじゃ』


「それだ、それ。うっかり忘れていた」


『まったく、しっかりせぬか。重要なことであろうに』


 ダークシャドーが言うには彼女には神聖な力と禍々しい魔力の残滓を感じられたとのことだ。

 その謎を究明する必要がある。

 ダークシャドーと翔流のやり取りに、不審に感じた花凜が口を挟む。


「ねえ、たまにだけど……壁を見てなにと喋ってるの? はじめて会ったときもなにかと喋ってたわよね?」


「ダクシャンと話をしてるんだ」


「だくしゃん?」


「そう、悪魔だよ。紹介しておくべきだったね」


『よろしく頼むぞ、小娘よ』


 悪魔の紹介に花凜は顔を引きつらせる。


「……さらっと言わないでよ。悪魔ってなんのこと……?」


「召喚したダークシャドーって悪魔さ。偶発的に起きた事故のようなものなんだけど、いまはボクが使役しているんだ」


『ワシシは翔流と従属契約した覚えはないぞ!』


 ダークシャドーは激しく否定するが、居候することで似たような契約は締結されたはずだ。

 家主には逆らえまい。


「それはそうかもしれないけど、ボクらの関係を簡潔に説明するにはだね――どうしたんだい、花凜くん?」


「さてと……そろそろお暇しないと……」

 

 花凜はどこか狼狽しながら、リビングから玄関へと向かおうとした。


「待ちたまえ! いまのやり取りで完全にボクを変質者としてみているだろ!」


「最初からそうみてるわよ! ……ただ、あんたがここまで重症な患者とは思わなかっただけ! ごめん、関わったことはなかったことにして……」


 悪魔を視ることのできる変人。

 成人してもなお、異世界に行きたいと思いを馳せる危険人物だ。冷静になって考えればそんな狂人と関わり合いたくはない。


「待ってくれ! 病んではいるが、そこまで重症じゃない!」


「病人はみんなそう言うのよ……お大事に」


「頼むから、きちんと話を最後まで――!」


 彼女の持つ不思議な力を解明するまでは帰すわけにはいかない。

 また異世界が遠のく。

 それだけは絶対に嫌だ。


 どうにか引き止めようと咄嗟に彼女の肩に手を置くと、激しい抵抗に遭う。


「触らないでよ!」


 花凜の裏拳が鼻に直撃して床に倒れ込むが、翔流は異世界のためにも必死になって「ご、誤解だ! 行かないでくれ!」と、女子高生の足首をつかんだ。


「いやああああああ!」


 これもまた咄嗟に取った行動ではあったが、まさに変態が女子高生を襲うかのような絵面だった。


「この変態サイコパスっ! 死ね! 死ね、死ねッ!」


「ちが――うがっ!?」


 もう片方の足で後頭部を何度も踏まれ、意識がもうろうとしていく。


 まずい。

 非常にまずい。


 事態はあらぬ方向へと転びはじめ、このままでは未成年に猥褻、監禁したとして逮捕される。そうなったら前科持ちの勇者になってしまう。


「ダクシャン! なんとかして存在を証明してくれ! このままではボクが濡れ衣を着せられてしまう!」


『なぜワシシがそんなことせねばならん』


「彼女の協力が必要なんだろ! それにボクが捕まったら、異世界に還れなくなるぞ!」


『……仕方がないのぉ』


 翔流の嘆願にダークシャドーは渋々と花凜の足から伸びる影へと入った。

 だが、花凜がびくんと震え上がると、すぐさまなにかの力によって弾かれるように、ダークシャドーは外へと出てきてしまった。


『ぬぬっ!? やはりこの小娘は、得体の知れぬ神聖な力で守られておるぞ!』


 花凜はきょろきょろと室内を見回し、寒気がするのか身を震わせる。


「なにいまの気味の悪い感覚……本当になにかいるの?」


「ダクシャンが、キミは神聖な力で守られてると言っている。だからこれ以上のことは無理そうだ……でも、本当にここに居るんだ! 信じてくれ!」


「神聖な力って……それってわたしが神社の娘だからかしら……なんでそのことを知ってるのよ」


「キミが神社の娘? こんなに素行が悪いのにか?」


「悪かったわね、品がなくて!」


「あ、いや、これで神聖な力ってものにも納得がいった」


 神社の娘となれば清廉可憐な巫女と思っていたが、彼女はどこからどうみてもギャルだ。真逆の生き物だ。

 けれど巫女の素質を持つ可能性がある神社の娘と、異世界を希求する者が巡り会ったことに、少なからず奇縁を感じずにはいられない。


「ねえ、もしかして……本当に悪魔が近くに居るの?」


「だから居るんだって。いまもダクシャンがキミをみている」


 落ち着きを取り戻した花凜は壁をみつめて引きつった笑みを浮かべ、顔面をぼこぼこにされた翔流はどうにか立ち上がる。


「それで相談なんだが、キミの家にはなにか怪しい物はないか? ダクシャンが言うにはキミからは神聖な力の他に、禍々しい魔力のようなものが感じられるらしいんだ」


「それってわたしにも魔力があるってこと?」


「ダクシャン、そこのところはどうなんだ?」


 翔流もそこのところはよく理解していないため、ダークシャドーに答えを求めた。


『その女の内側からは魔力は感じられん。だが、女の外側に穢れた魔力の残滓がついておるのは確かじゃ。これはなにか外部から発生した闇の力がこびりついたのだろう。この娘に影響がないのは神聖な力によって守られておるからのようだ』


「なるほど。つまりは、力を帯びたなにかからその魔力は発生し、匂いのように花凜くんに付着してるってことか」


「なんだ、そういうこと……」


 魔法使いになりたいと願う花凜はしょんぼりとしてしまう。


「それで神社になら曰く付きの物もありそうだけど、なにか心当たりはないかな?」


「あるにはあるけど」


「だったら持ってきてくれないか。それがもしかしたら異界への扉を開く鍵となるかもしれない」


「たくさんあって無理よ。不吉な物を神社に引きって取ってもらいに来る人がいて、それでお祓いをして供養したり、蔵に保管しておいたりしてるの」


「なら、見学させてくれないか。そして必要な物を貸し出してくれればいい」


「簡単に持ち出せないわよ」


「頼むよ。キミが読みたいであろう貴重な魔術関連書籍をいくつか貸してあげるから」


「どんなの?」


 翔流はリビングの隅で山積みになっていた本の山から本を見繕っていく。


「これなんてどうだい? 〝魔術入門書。初心者にも分かる魔法の知識〟それと〝魔術理論と実践編〟これさえ読めば基礎的な知識はつけられるはずだ」


「基礎知識ね……」


 魔法好きのはずの花凜はあまり興味がなさそうだった。もしかしたら基本をすっ飛ばして実践でっていうタイプなのか、それとも活字だらけの小難しい本が苦手なのか。

 次々と翔流が魔術関連書籍を薦めていくなか、花凜はふと積まれた書籍の中に紛れ込んでいた漫画を手に取った。


 〝ウィッチガールウララ〟


 十五年ほど前にアニメ化されて人気に火が点いた、現代魔法少女が異世界に飛ばされてしまう漫画だ。いまでも根強いファンがいるが、内容的には一般向けではない作品だった。


「その本も貸そうか?」


「い、いらないわよ、こんなオタク向けの漫画!」


「だろうね。そうなると他には――あの、花凜くん?」


 翔流が片付けようと花凜の手から漫画を受け取ろうとすると、彼女はぐっと漫画を掴んで離さない。


「で、でもあれかな。参考資料にはなりそうだし、目をとおすくらいならしてもいいわよ。もちろん暇なときにね」


「べつに無理しなくてもいいよ」


「いいのよ、これで! とにかくそういうわけだから、全巻用意しておいて」


「え? 全巻読むつもり?」


「か、借りるだけで読むかどうかはべつよ! でも、つまらなかったとしても、中途半端に読むのは嫌なの! それで他にはなにかないの?」


「ええと……またキミの趣味じゃないかもしれないけど、魔法少女ものの漫画やアニメもどうだろう? まずはわかりやすい物から手を付けていくのはアリだと思うんだ」


「……あまり漫画とか好きじゃないんだけど、ものによるわね」


「たとえば、そうだな。〝銃口の魔女テレサ〟や〝通信制魔法少女〟は魔法好きなら楽しめるかもしれない。ラノベなら〝異世界転生したらおれ杖EEE――え?〟で、これは杖に転生したスケベな主人公が魔女の杖として生きていく話しでね。一蓮托生で立派な魔女の杖へと成長していく話しなんだ。前半は鈍器として扱われるエロコメディ系なんだけど、後半からは本格的になっていっていく」


「ふーん。なかなか面白そうじゃない」


 態度では平静を取り繕っているが、興奮を隠しきれず目の瞳孔が開いている。


「それと制作会社が倒産してプレミアがついているPCゲーム〝森の魔女は真夜中に嗤う〟はどうだろう。これは資料としても貴重な――」


「――いいわよ!」


 花凜はやや食い気味に了承した。


「え……本当にいいのかい……?」


「それで手を打つって言ってるの! 魔法のためよ! 魔法の!」


「それは……助かるけど」


 怒ってはいるが、彼女の口元はだらしなく緩み、目がぎらぎらと輝いている。


「このさいね、あんたのくだらない妄想でもなんでも付き合ってあげる! そのかわり、ちゃんと魔法のことは教えなさいよね!」



 再び魔法への情熱を燃やした花凜は、どこか浮かれたように今後のことについて話し合っていった。

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