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ランボー試論  作者: 坂本梧朗
Ⅱ 見者の時代
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第4節

 その後のランボーの行状を見てみよう。

 十一月の初旬、友人のドラエーがランボーを訪ねて初めてパリにやってくる。彼はヴェルレーヌに案内され、当時ランボーが住まいとしていたオテル‐デ‐ゼトランジェに行く。このホテルの四階は〈ジュティック〉というサークルの拠点となっていた。このサークルはシャルル‐クロという詩人が呼びかけて作ったもので、「醜い好漢たち」のメンバーがそこに行けば、カフェよりも安い値段でアプサントやラム酒やコニャックを飲め、詩を朗読したり、好きなようにわめきちらしたり、ピアノを叩いたりすることができた。ランボーのために長椅子が片隅に据えられ、そこで寝泊まりできるようにしてあった。ドラエーが到着した時、ランボーは長椅子の上で眠っていたが、目を覚まして、顔をしかめ、両目をこすりながら、「今、ハシッシュをのんだところだ」と言った。ハシッシュとはインド大麻のことだ。「で、どんな具合だい? 」とドラエーが訊くと、「別にどうってこともない…。白い月や黒い月が、互いにおっかけっこしてた…」と答えた。「見者」を目指す「あらゆる感官の放埓」をここでは麻薬による感覚の錯乱として実践しているのだ。この後、二人は外に出た。ランボーはコミューンの銃撃戦の痕をまだ生々しく残している建物に行き遭うと、それらを指で示しながら、「弾丸(バル)弾丸(バル)弾丸(バル)…」と叫んだという。半年前に滅んだコミューンの痕跡はパリの至る所に見られたと思われるが、どんな気持ちでランボーは眺めていたことだろう。ブルジョアに対する憎しみを駆り立てられたのではないかと推測される。

 十二月中旬、ランボーは作曲家カバネルを嘲弄したため、〈セナクル‐ジュティック〉から追放される。カバネルは〈ジュティック〉の支配人役をしていた人物だ。ミルクしか飲まないというこの男のミルクカップの中に射精するといういたずらをランボーはしたのだ。

 年が明けて一八七二年。その一月にはいろんな事が起きる。先ずランボーの方から。一月末、「醜い好漢たち」の夕食会が行われた。例によって、デザートの時に詩が朗読された。オーギュスト‐クレッセルという詩人が自作詩を朗読したのだが、途中で騒ぎが持ち上がった。ランボーが朗読される詩の十二音綴詩句毎に「糞くらえ」と合の手を入れるのを周りの者が何とか黙らせようとしているのだ。しかし、ランボーは一層激しく叫びだした。怒号が起き、椅子が倒れ、叱りつけてやろうとランボーの方に向う者がおり、乱闘が起きた。写真家のカルジャはランボーの肩を掴んでゆすりながら、「黙らないか、がきめ」と怒鳴った。デルヴィリーは「芝居がかった性悪野郎」と言って、逆にランボーから野卑な言葉を投げ付けられた。ランボーは部屋から引きずられるようにして追い出された。騒ぎは静まり、朗読は再開された。しかし、ランボーは引き下がったわけではなかった。会食者たちが出てくると、控えの間で機を窺っていたランボーは、クロークルームで見つけた仕込み杖を抜いて振り回しながら、カルジャに飛び掛かった。カルジャは刃をかわそうとして相手の手首をつかみ、「いい加減にしないか、君! 」と言った。皆が駆けつけて来て、ランボーは散々にやっつけられた。彼を救ったのはヴェルレーヌだった。この事件でランボーは「醜い好漢たち」の会からも追放された。この頃、ファンタン‐ラトゥールという画家が「醜い好漢たち」の夕食会に着想を得て、『食卓の片隅』という芸術家たちの群像画を制作中だったのだが、詩人のアルベール‐メラはこの事件の後、ランボーの様なならず者と同じ画布に収まりたくないと肖像を拒否した。画家は仕方なく、彼の位置に菊の花を挿した花瓶を描いた。こうしてランボーは芸術家仲間から見放され、ただヴェルレーヌ一人が彼の側に居るという状況になる。そのヴェルレーヌもランボーを庇うことで仲間との間に次第に距離が出来ていくのだ。


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