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ランボー試論  作者: 坂本梧朗
Ⅳ 結びとして
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第1節

 ランボーは、詩が結局、「幻覚」の「定着」に過ぎないことを知って、詩を放棄した。「見者」の道もまた「虚偽」だった。こうした挫折に至った原因として、彼の取った方法をあげることは必然的だろう。「あらゆる感覚の、長期にわたる、広大無辺でしかも理に即した放埒」という「見者」になるための方法。これが詩に客観性をもたらし、「未知」に到達するために取られた方法だった。「理に即した」というところに「科学好き」なランボーの合理性志向が表れているとはいうものの、「放埒」とは両立しないものだ。そして実践においては「放埒」が押し切ってしまうのだ。ロマン主義の詩の主観性から脱却するために、高踏派のルコント・ド・リールは、題材を自我を離れた絶対的、永遠的なものに求め、当時の科学的実証主義の方法を導入して、対象の調査・研究を行った。ランボーは高踏派の詩人たちにひかれながら、こうした方法はとらなかった。「科学好き」なランボーがルコント・ド・リールのような方法になぜ眼を向けなかったについては、ドメニー宛「見者の手紙」で述べている「目に見えぬものを視察し、未聞のものを聞くことは、死物の精神を促えるのとは別なこと」と言う考えも関係しているだろう。つまり、「未知」を探究しようとしている彼にとって、過去の事象の調査・研究は方法たりえないのだ。他に、彼の資質と生育環境の影響も考えられる。資質的には彼はロマン主義者であり、「狼狂症の匂い」を持っていた。行動の人であり、書斎派ではなかった。生育環境としては、母親の「専制」下に幼少年期を過ごした。彼は自由になりたくてたまらなかった。詩人としての自覚は自由への衝動とともに訪れた。こうした生活歴的土壌から、彼の発想はいきおい「放蕩」「放埒」に傾きがちとなる。

 パリに出てからのランボーの生活は「放蕩」「放埒」一色となる。周囲を反発すべき、軽蔑すべきブルジョアに取り囲まれたためだろうか、言わば戦闘モードに入った状態で彼は過ごす。連れ合いのヴェルレーヌが陥りつつある悲劇についても、彼には人間的に考慮する余裕がない。ブルジョア家族の崩壊は「見者」にとって歓迎すべきことで、ヴェルレーヌが「見者」を目指すなら恐れることなく突き進めばいいんだというスタンスを取り続ける。そして、飲酒や麻薬の吸引、同性愛や禁忌無視、喧嘩沙汰などの「放蕩」「錯乱」が「幻覚」を生み出すことにしかならないのは必然的だった。

 しかし、ランボーの営為が無駄だったわけではない。彼の「言葉の錬金術」は、『イリュミナシオン』を生み出した。彼にとっては「幻覚」の「定着」にしか過ぎないとしても、それは「フランスにおいて、初めて完全な意味での散文詩の形式を確立させた」(『全集』注釈)詩集だった。ランボーは一八七二年から七四年にわたって、これに収載されている作品を書いたようだ。彼は「幻覚」を楽しみながら書いたのではなかろうか。そんな趣がある。求めていたものとは違ったとしても、いわば「悲しき玩具」を弄ぶように。ランボーはこの作品にも、他の全ての作品と同様に執着しなかった。彼は原稿をヴェルレーヌに預け、印刷の仲介を頼むが、その後は放置して、原稿に関するヴェルレーヌの問い合わせにも応じなかった。彼が出版したのは既述のように『地獄の季節』のみであるが、これも著者取り分の十数部をヴェルレーヌ、その他数人の友人に配布したに過ぎない。しかも残った数部は焼き捨てたという。五百部印刷されたというその本体は代金未納のために書店の倉庫に、ランボー死後の一九〇二年まで放置された。彼の文学放棄が作品の創造だけでなく、作品の受容までを含むきっぱりしたものだったことが分かる。

 

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