至れり尽くせり懇切丁寧な令嬢誘拐予告状
「お母さま! ついに予告状が届きましたわ!」
「あら……もうそんな時期になっていたのね……私にも読ませて頂戴」
母親である公爵夫人に、嬉々として手紙を渡すイザベラ。
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拝啓
春の気配もようやく整い、心浮き立つ今日この頃、いかがお過ごしでしょうか。この度、ご無礼を承知で突然お手紙を差し上げましたのは、来る4月1日、御身を誘拐するにあたりまして、事前に心の準備や携行品のご用意、ご予定の確認をしていただくためでございます。拘束期間は、4月1日午前9時~2日午前9時までの24時間の見込みです。
こちらで出来得る限り快適にお過ごしいただけるようなおもてなしを心掛けておりますが、常備薬や酔い止めなど体質に合わせて服用すべき医薬品類は予め手荷物としてご準備ください。また、多種多様な化粧品、シャンプー、リンス、スキンケア用品なども当方で取り揃えておりますが、普段お使いになっているものを携行なさっても構いません。
イザベラ様が退屈されることがないよう、ダンスに演劇、マジックショーに曲芸など趣向を凝らしたエンターテイメントの数々をご予定しております。
もし、お一人で静かな時間をお過ごしになりたい場合、個室もご用意しております。図書室の蔵書には様々なジャンルが網羅されておりますが、ご興味のある分野についてご要望があれば、期日までに手配いたします。
また、著名な楽団員による生演奏もございますので、お好きな曲があれば事前リクエストも受け付けております。
荷物に関しては、お申し出があれば事前に業者がご自宅まで伺い、潜伏先まで運送するサービスも行っております。特に、決まった寝具でないとよく眠れないといったケースもございますので、少しでも不安に感じられるようでしたら、お気軽に申請ください。
同封の申込用紙に必要事項を記入し、下記の住所までご返信くださいませ。
また、食品アレルギーをお持ちの場合も必ずお知らせください。もしご自身のアレルギーの有無についてご存知ない場合は、こちらから医師を派遣して、無料で血液検査、プリックテストを行うことも可能です。(最高級の食材を取り寄せる都合上、ご希望の場合はお早めにご連絡ください)
勿論、万が一の場合に備えて、誘拐期間中は常時国内有数の名医と魔導士が複数名待機しておりますのでご安心を。
ご家族様がご心配なさらないよう、またイザベラ様がホームシックになられないよう、さらに後々あらぬ誤解を受けることがないように、鏡型の空間魔道具によって公爵家様と誘拐先のアジトの間で常に対面して会話できるような設備を整えております。
基本的に遠方への外出はご遠慮いただいておりますが、スタッフを伴った状態で徒歩圏内の散歩であれば全く問題ございません。また、閉所恐怖症などのやむを得ない事情をお持ちの場合は、我々が所有しております無人島での青空誘拐プランもご用意しておりますので、該当する場合は是非ご相談ください。
イザベラ様にご満足いただき、一生思い出に残る、人生一度きりの素晴らしい誘拐体験をご提供できるよう、スタッフ一同、誠心誠意、真心を込めて最高のおもてなしをさせていただきます。
敬具
シャドウ誘拐サービス構成員一同より
イザベラ公爵令嬢様
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「ああ……私が現役だった頃が懐かしくなるわね……あの当時は、まだシャドウ誘拐サービスも発足したばかりだったのよ……」
「お母さまったら……そのお話、もう100回は聞きましたよ! その時に誘拐されたお父様と初めて出会われたのでしょう?」
「ええ、そうよ。まさかこうして夫婦になれるなんて思ってもみなかったけれど……きっとあなたも素敵な誘拐をしてもらえるわ」
「はい! 今からとても楽しみです!」
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そもそもこの風変わりな誘拐が行われるようになったのは、隣国で多発していた貴族の拉致事件が原因でした。ほとんどの場合身代金が支払われるか、衛兵により犯人グループが確保されることにより事件は無事解決しました。
しかし、現実離れした危機的状況に対する興奮を、恋愛感情によるものだと錯覚してしまい、誘拐犯や救出に駆け付けた警吏と恋に落ちてしまう令嬢や令息が後を絶たなかったのです。
そこで、王国では隠密任務の専門家である王家の影が主体となり、15歳になった貴族の少年少女を狂言誘拐して、事前に誘拐に対する免疫をつけておくことにしたのでした。当初は賛否両論あったものの、その道のエキスパートである『影』が遺憾なく全力を発揮した至れり尽くせりの誘拐訓練は大変見事であり、すぐさま貴族たちの間で好評を博したのです。
ただ一つ問題があったとすれば、覆面をつけて複数の男女のスタッフが時間交代制で担当することで万全の対策を期していたにもかかわらず、ごく稀に強く互いに惹かれ合ってしまうもの同士が現れることでした。
攫われた側が解放後にいくら問い合わせたところで、秘密保持契約を交わしている王家の影メンバーの個人情報を教え、再会するなどということは到底叶う訳もなく、大抵のカップルは、ほろ苦い失恋を経験することとなりました。
中には組織を辞職してまで想い人と添い遂げようとする、変わり者の凄腕誘拐犯幹部もいたようですが。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「それえは誘拐さえてわいりあす! おほう様! おはあ様!」
「くれぐれも淑女としての気品ある振舞いを忘れず、皆様に失礼がないようにするんだぞ。気を付けて行ってきなさい」
「影のみんなにもよろしくね。連絡待っているわ」
目隠しをされ猿ぐつわをかまされた状態で手を振り、丁寧にエスコートされながら馬車に乗り込むイザベラを、うっすらと涙を浮かべて見送る公爵夫妻。
「あの子もいつの間にか大人になっていたのね……月日が経つのは本当に早いものだわ……」
「君の言う通りだね。影を辞めた君に、狂言ではなく本当に誘拐されてしまったのが、ついこの間のように感じるよ。『解放してほしければ二人の結婚を認めるように』と僕の両親に手紙を残して……」
「もう、あなたったら! ……あの時のことは恥ずかしいから言わないでと何度もお願いしているではないですか! 誰にでもある若気の至りというものです……」
「いや、すまない。だが、どれだけ経っても一目惚れした君に再会できた、あの奇跡のような瞬間に、胸の奥から湧き上がった喜びだけは忘れられなくてね……」
「…………アラン様………………まだイザベラが向こうに着くまでは……十分時間がありますよね……?」
そう甘い声で囁いた公爵夫人は、パタリと魔道具の鏡を倒しました。