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第1章 第6話 『村娘カヤ』

第1章 第6話 『村娘カヤ』




ヴァニシウス暦601年2月17日15時



サンテル通り



「それにしても…俺はどこに向かってんだろうか……⁇」


 瑞樹は何やら特殊な力を使って翻訳を可能にした村娘に、これまでの経緯を伝えた。この世界でない別の世界から来たこと。目を覚ましたらそこは燃え盛る村だったこと。そして、1週間近く老婆にこの村でお世話になっていたこと。

 黒い"何か“に遭遇したことだけは言うかどうか悩んだ末、村娘には伝えないことにした。他の出来事も十分常軌を逸しているのだが、あれだけは何かまた違う恐ろしいことだったのではないかと感じたからである。

 村娘の方はというと、初めは何言ってんだこいつ⁇というような表情であったが、少し下を向き考え込んだあとにこっと笑ってみせた。どうやら自分のことを信用してくれるようだ。

 先程は瑞樹に対し、物凄い形相で鍬を突き刺してきた彼女であるが、ひとたび笑顔を見せると予想通りとても可愛らしい女性のようだ。

 この村娘と老婆は家族なのだろうか。歳の離れ方からして祖母と孫といった関係だろうが、村娘の両親や他の家族は居ないのだろうか。この2人で暮らしていたとなると一つ余っていたベッドが誰のものだったのか薄々察することができた。


 そりゃあ全く知らない男が自分のベッドで寝ていたら怖いだろうな〜。


 瑞樹は少し反省した。


「………ところできみは俺の言葉が理解できるようになったみたいだけど、俺がきみの言葉を理解するにはどうすればいいの⁇今やってたやつって俺にもできたりするかな⁇」


 村娘はそれを聞くと申し訳なさそうな表情で両手の人差し指をクロスさせた。十中八九ごめんそれは無理かな。と言った意味のジェスチャーであろう。

 ですよね〜。生まれてこの方魔法なんて使ったことないしな〜。そりゃそうですよね〜。

 わかってはいたが少しがっかりした瑞樹であった。


「それにしても異世界から来た。だなんて相当ぶっ飛んだことを言ったにも関わらず、納得してくれるまで意外と時間がかからなかったな〜。」




「にしてもニートや引きこもりが消えてるってのはなんなんだろうな。」




 瑞樹は異世界に来る前に最後に会話した相手、駿太郎の話していたセリフを思い出していた。まさか引きこもりやニートの連続失踪事件の被害者は自分と同じようにこの世界に召喚されていたのだろうか。だとしたら村娘の理解の早さにも納得がいくし、同郷の者たちにこの異世界で出会えるかもしれないという希望も見えてくる。

 そんなことを考えていた最中、村娘は老婆が収穫した野菜の乗った荷台を馬に繋いでいた。村娘はあの馬に乗ってきたのだろうか。すると、村娘と老婆が何やら言い争いを始めた。村娘は1人だけこの村に居残っている老婆の無事を確認しにきたのだろう。それと同時に何とかして連れて行きたいと思っているに違いない。結局瑞樹は30分近くその言い争いを眺めていた。

 先に折れたのは村娘であった。ついに諦めた村娘は今度は瑞樹に対して手招きをした。そして野菜の積まれた荷台に乗るように指示し、瑞樹もそれに従った。そうして村娘は二度と老婆に声を掛けず、振り返りもせず、馬を走らせた。どうやら老婆を置いてこの村を発つつもりのようだ。

 実の孫が説得に失敗したのだ。おそらく自分が何か言ったところで意味はないだろう。というかそもそも理解されないから本当に意味がないのだが。

 しかし、これだけは言わなければならないと咄嗟のところで思い立った瑞樹は荷台から身を乗り出し老婆に向かってこう叫んだ。


「ばあさぁぁ〜〜ん‼︎‼︎お世話になりました〜〜〜‼︎‼︎」


 言葉の意味は伝わらないだろうが、どうしても瑞樹は感謝の気持ちを伝えたかった。1週間近く食事と住む場所を何の得もない上で与えてくれていたのだ。頑固なことは確かだがとても親切な老婆であった。

 その感謝の気持ちを伝えた瑞樹を横目に見ていた村娘は、何とも言えない表情をしていた。




「それにしても…俺はどこに向かってんだろうか……⁇」


 こうして現在に至る。瑞樹は5時間くらいだろうか。馬を操り一本道を進む村娘の後ろで、野菜とともに荷台で揺れ続けていた。


「そういえば村娘さん。きみの名前を聞いてなかったけど、教えていただくことってできます⁇」


 村娘は少し間を空けてこう答えた。


「………カヤ。」


 少し照れ臭そうにしながら名前を名乗る村娘ことカヤを見て、瑞樹は何故か少しときめきを感じた。すると今度はカヤが瑞樹に対して指を差してきた。


「あなたの名前は⁇」


 と無言で聞いてくれているのだろうか。瑞樹もまだ自分の名前を名乗っていなかったことに我ながら驚きこう答えた。


「え〜……わたくしは瑞樹と申します。改めてよろしくお願いいたします。」


「………ミズ…キ⁇」


「そ、そうです………。」


 またしても瑞樹はときめいてしまった。女子に下の名前を呼ばれただけでこんなに動揺するとは。我ながらなんとめでたいやつなのだろうか。


 その後は特にミズキとカヤの間に会話はなく、なんなら30分ほど、瑞樹は荷台の上で仮眠をとっていた。目を覚ますと、ちょうど目の前にまた新たな村が姿を見せていた。どうやらあそこが我々の目的地らしいが、はたしてカヤさんと老婆以外の他の人間に出会えるのだろうか。そして、自分と同じように異世界転移をさせられた被害者はこの世界にいるのだろうか。

 またしてもミズキの心の中は期待と不安で揺れ動くのだった。

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