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第1章 第4話 『動物の森』

第1章 第4話 『動物の森』




ヴァニシウス暦601年2月11日16時



バンサン通り



「はぁ…。はぁ…。ぜんっぜん着かね〜じゃね〜か………。」


 昨日村を旅立とうとした矢先、突如として現れた謎の存在である"何か"。一通り瑞樹を物色したのちニヤリと笑い、姿を消してから再び現れることはなかった。

 その後瑞樹はしばらく腰を抜かしたままで立ち上がることができなかったが、何分か落ち着くことでようやく動けるようになった。そして、当初の予定より少し遅れて村を出発した。

 初めの頃は軽快に歩いていたのだが、徐々にペースが落ちていき、食料や水や薪を乗せたリヤカーを引っ張る手にもマメが出来始めた。


「大学受験期から3年くらいまともに運動してないしな……。はぁ…体力の衰えがえぐい…。」


 万年ベンチで公式戦にもほとんど出た経験のない瑞樹だが、腐っても運動部を代表する一つであるサッカー部に5、6年滞在していたのである。もちろん厳しい練習を積み重ね、体力には自信があった。しかし引退した後は体育の授業のみ。大学に進学してからはますます運動する機会は減っていく。しかも家で筋トレをしたりジョギングやランニングというのも特にしていなかった。これは引きこもりの中でも更にレベルの低い人種だろう。

 そして久々の運動となると当然お腹の減りようも早い。スマートフォンで正午になったことを確認し、一度木陰で休憩を取ることにした。ただし電波が届いているかどうか、そもそもこの世界に電波があるかどうかもよくわからないため、もはやこの時間が正確かどうかはわからない。

 まあそれは置いといて、瑞樹は焚き火を起こし、生肉を焼き始めた。保存が効きそうにない生肉から先に消化しようという考えである。その後に野菜、そして1番長持ちしそうなパンを最後まで残すことに決めた。

 そしてその日は結局他の村にたどり着けず野原に寝転んで夜を過ごした。


「やっちまったぁ〜〜………。」


 次の日の朝に瑞樹が絶望したことは、バケツに貯めておいた水がほとんど蒸発してしまっていたことである。布か何かを被せておけば少しでも違ったのだろうか。しかし後悔しても手遅れである。そして焚き火も置いておいた薪が全て炭になり今にも火が消えかかっていた。ギリギリのところでなんとか別の薪に火を付け直すことができたが、もう何日と歩くなら確実に足りない。


「これが1週間くらい続いたら本当に死ぬわ………。」


 こうして現在に至る。水はもう一滴ほどしか残っていなかった。絶望的に見えたその時だったが、


サラサラサラ〜


 小川のせせらぎのような音が耳に入り込んできた。


「水‼︎水‼︎」


 瑞樹は我を忘れたように一目散に川へと走り出した。そしてなんの躊躇いもなく川の水を飲み始めた。実際水の底まで見えるほどの透き通った綺麗な小川であり、大きな問題はなさそうな水であった。


「うはぁ〜〜〜。今までの人生で1番うまかったわこの水。」


 そう言ってようやく落ち着きを取り戻し視点を正面に戻すと、そこにはいくつもの大木が立ち並ぶ大きな森が姿を見せていた。瑞樹が村から歩いてきた一本道もその森の中へと続いていた。


「森か〜…。なんか熊とかに襲われたりしないかな〜。」


 しかし、自分がずっと歩いてきた一本道が森に続いている以上、瑞樹に拒否権はなかった。



シーロイヤの森



最初は少し恐怖や不安を感じていたが、自分の今までの人生の中でこんなにも大木が立ち並ぶ大きな森に入ったことがなく、その圧倒的な景色に感動を覚え始めた。


「マジで the 森じゃん。日本の山は傾斜すごいしこんな広々とした森中々ないよね。」


 あまりの森の壮観ぶりにテンションが上がった瑞樹はスマートフォンで撮影を始める始末であったが、時間と共に最初に感じた恐怖や不安がまた帰ってきた。


「やばいな。真っ暗になっちゃった。」


 森を抜ける前に夜になってしまったのである。日が暮れるまでには森を抜けているだろうと思っていたが、どうやら想像以上に大きな森だったらしく一向に出口が見えない。


ガサガサ‼︎ガサガサ‼︎


 何やら草をかき分けるような音があたりからも鳴り出した。


「え……。絶対なんかいるじゃん。ガサガサって言ったよね。めちゃくちゃベタな音なったよね今。今どきガサガサなんて音するんですね。たまにはもうちょっと変化球ほしいかな。」


 あまりの恐ろしさに訳のわからないことを喋り続け、誤魔化すことしかできなくなってしまった瑞樹だが、


グルルルルルルルル〜〜〜‼︎


ぴ〜ぴ〜ぴ〜‼︎バサバサバサバサ‼︎


 まるで地響きのような唸り声が突如自分のすぐ近くから鳴り響いた。それと同時にたくさんの鳥の鳴き声がし、この場から逃げ去るようにして羽ばたいていったのを感じた。まるでこれから起こることに自分は関わりたくないというように。


グルルルルルルルルルルル〜〜〜‼︎‼︎


「嘘でしょ………。なんで……。こんな。」


 全てを察した瑞樹は自分の目から自然と涙が出てきたことに気づいた。


「こんな理不尽なことがあんの?ふざけんなよ‼︎俺がなにしたってんだよ‼︎あぁ⁉︎」


 今にも泣き崩れそうになる気持ちを堪えて瑞樹は咆哮した。怒りの感情でなんとか平静を保とうとしたのである。


「かかってこいよ‼︎人間様の力‼︎ファイアースティックで倒してやる‼︎」


 そう言って火をつけた棒を大きく振り回し、威嚇してみせたのだったが、


「は⁇」


 暗闇から姿を見せた野獣は瑞樹の想像を遥かに超えたサイズだった。見た目は大型犬やオオカミのような姿なのだが、大きさは象レベルに匹敵していた。下手したら象以上のデカさかもしれない。

 気がついた時には再び戦意を消失しかけていた。無理もない。こんな大きな化け物に襲われることなど日本で普通に生活していたらありえない出来事である。だが、一周回ってそのことが瑞樹を冷静にさせた。


「わかったよ…。ここは日本でもなければ地球でもないってことが今確定したんだ。そうだ‼︎ここは異世界だ‼︎今こそチート能力よ‼︎我に力を貸してくれ‼︎アルティメットソォォォォド‼︎‼︎‼︎」


シーーーーン


 そう叫んだが何も起きない。巨大オオカミの方も瑞樹の奇怪な動きに多少警戒したのか足を止めていたのだが、何もないことを悟りまた歩き出した。


「クソが‼︎‼︎死にたくない‼︎死にたくない‼︎」


グォォォオォォオ‼︎


 巨大オオカミは一気に距離を詰め口を大きく開け、今にも瑞樹を丸齧りしようとしたその時、


「クソ‼︎クソ‼︎犬小屋に帰れ‼︎ハァァァアウス‼︎‼︎‼︎」


 ヤケクソにそう叫んだ瑞樹を中心として空間が歪んで見えるほどの衝撃波が半径4キロメートル程に及び拡散した。瑞樹本人にも何が起きたか理解できなかったが、巨大オオカミはぴたりと動きを止め瑞樹を丸齧りする寸前で動かなくなった。


「………なんだ⁇今のが俺の封印された力か⁇」


 中二的な発言をしながら、瑞樹が一歩前に足を出した瞬間、巨大オオカミがものすごいスピードで後退りし、そのまま怯えた様子で走り去ってしまった。


ガサガサ‼︎ガサガサ‼︎


 周りにずっと隠れていたのだろうか。他の動物たちも何やら瑞樹を避けるようにして走り去ってしまった。


「………なにがなんだかさっぱりなんだが。」


 その後、巨大な動物が襲ってくるといったことは全くなかった。こんな森の中で寝られるか‼︎ということで一晩中歩く羽目になったのだが。


「はぁ…。朝になったな」


 日の光が差してきたところで瑞樹は持っていた松明の火を消し投げ捨てた。いつのまにか食料を乗せたリヤカーも水を組んだバケツももう持っていなかった。その理由はとてつもない疲労で何も持ちたくないと思ってしまったからである。

 巨大オオカミと鉢合わせ、よくわからない力を発した後、実は真っ直ぐ立つこともままならない状態になっていたのである。今も歩くことを一度やめてしまえば、そのまま気絶してしまうのではないかと恐れている。すると木と木の合間から外の景色が見えてきた。


「はぁ…ようやく出れる。」


 まるで徹夜明けの朝のように日の光がダメージを与えてくる。実際一晩中歩いていたため徹夜明けなのだが。ようやく明るさに目が慣れて、あたりを見渡せるようになったその時瑞樹は待望していた物を見つけた。


「村が………ある………‼︎‼︎」


 ついに村を見つけたのである。瑞樹の歩いてきた道は一度森から出たのだが、右奥には更に森が続いたおり、村も森と隣接する立地のようだ。この村にも柵が立っており、あれで野獣から身を守っているのだろう。


「あと………少し。」


 徹夜をすることは何度もあったが、一晩中歩くといった経験は瑞樹にとって今までなかった経験だろう。加えて巨大オオカミを追い返した時から脱力感が凄い。後数歩で村に着くというところで遂に倒れ込んでしまった。


「はぁ……。誰か…………。」


 そこで瑞樹は完全に意識を失った。村人に気づかれ、助けてくれることを信じて。




「………⁇部屋の中…⁇」


 どれほど気を失っていたのかわからないが、瑞樹が目を覚ましたそこは村の中の家屋の一室のようであった。どうやら自分はここの村人に助けられたらしい。しばらく部屋の中をぼーっと見回していたが奥の部屋から1人の老婆がシチューのような見た目のスープが入った皿を持ち近づいてきた。

 歳は80代から90代だろうか。髪の毛は白髪の長髪、腰も多少曲がっている。しかしか弱さや非力さのようなものは感じず、むしろ逞しさすら感じる。そんな老婆である。


「え〜と、え〜、この度は〜。」


 瑞樹は自分のことをどう説明すればいいか、どう感謝すればいいか戸惑い、色々と言葉を考えていたのだが、我関せずというように老婆はスープをベッドの横の机に置き、瑞樹にこう話しかけた。


「イアサネバト、イニツイアカタタ、エヂアニシルム。」


「………………は⁇」


 完全にリラックスしきっていた瑞樹の心が一瞬にして砕かれた。身体中の寒気が治らない。普通に考えると当然のことである。しかし異世界もののアニメを見てきても言語問題だけは何とかなるだろうと楽観していた。何度も確認するようだが、ここは異世界なのである。それがいかに恐ろしいことか真に実感させられたかもしれない。


「ヤバい………。マジで帰らせてくれぇぇぇ‼︎」

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