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第1章 第3話 『漆黒の恐怖』

第1章 第3話 『漆黒の恐怖』




ヴァニシウス暦601年2月10日7時



バンフィルド村



「やっぱ夢じゃなかったのか………。」


 瑞樹は無事、また目を覚ますことができた。しかし見知らぬ天井を見上げ自分が異世界に来てしまったということを思い出し、また不安と緊張に縛られる。


「とりあえず燃えカスになってなくてよかった。」


 木製のドアを開け家から出た瑞樹は、煌々とした太陽の光に当てられ、目をこすろうとしたその時、もう一つ忘れていたことを思い出す。


「そういえばコンタクトつけてんだった。水につけるとふやけるし、顔を洗うにしても絶対に目に入らないようにしないと。」


 そして周囲に目を向けると、太陽の光と同様に、明るくて熱い炎がそこら中でメラメラと燃え続けていた。しかし、打ち水のようにして水をばら撒いていたおかげだろうか、自分が寝ていた家の周りまでは火が到達していなかった。とりあえずここまでは生き延びるための正しい判断ができたと言える。しかし…


「問題はこれから先どうやって生きてくかだよね。絶対に誰かがこの村に帰ってきて自分を助けてくれるなんて保証はないし。」


 瑞樹はまず村の出入り口まで歩いて向かった。実は昨日にも見て回っていたのだが、出入り口には興味深い痕跡が残されていた。それはいくつもの車のタイヤが通り去ったような跡である。加えて何やら血痕のようなものまで残っている。これはおそらく…


「これは普通に考えて村の人たちが避難していったってことよね。やっぱ俺が最初にいたとこを中心に何かとんでもない爆発が起きちゃって、慌てて馬車かなんかで逃げた。とかそんなとこかな。」


 村の中で、瑞樹は馬小屋や柵のようなものも散見していた。おそらく馬ではないにしても何かしらの動物が一緒に暮らしていたことは確かである。異世界だから見たこともない動物の可能性もある。


「それにしても迷わず村を捨てて避難してるってことは、馬車で移動できる範囲内に別の村があるってことでしょ。こうなったら俺も食料と水を背負ってさっさとこの村でちゃうか。食料をできるだけ残すって意味でも1日でも早く出たほうがいいし。もう今日中に旅立ってもいいのでは。」


 こうして瑞樹は村中の家屋から食べられそうな食材を集め、木の枝やつるでできた、背負うリュックのような型のかごを背負い、少しずつ旅支度を整えていった。そして右手には薪を持ち松明のようにして火をつけた。


「自分で火つける手段ないし何本か薪を持っていってずっとこうやって燃やし続けるしかないかな。」


 夜中に明かりとして利用したり、寒さを凌いだり、生肉を焼いて食べたりと火は確実に必要だと判断したが、自分で火を起こすことができないため仕方なくこの策に出たのである。ということで食料だけでなく何本か薪もカゴに入れることにした。そして左手には水をいっぱいに注いだバケツを持ち、ナイフをポケットに入れ瑞樹的、完璧な旅支度が完成した。


「いや重たいわこれ。なんか引っ張って運べるようなものないかな。」


 結局カゴの両サイドに車輪がついているリヤカーのようなものを見つけ、それを片手で引きもう片方の手で松明を持つスタイルに落ち着いた。そして村の出入り口に到着し、改めて村を見渡した。


「半日くらいしかいなかったけど、ありがとうございました。食料は感謝の気持ちを持って、ありがたくいただきます。あと……もしこの火事の原因が自分なら……ごめんなさい。本当にごめんなさい。」


 瑞樹は手を合わせ目を閉じながら謝罪の言葉を何度も口にした。もはや異世界に来れたという感動よりも罪悪感と不安の方が確実に混ざっていた。今後の生活についてもワクワクよりも恐怖の方が確実に勝っている。

 しかしいつまでも前を向かないわけにはいかない。瑞樹はなんとしても生き延びてやるという決意を胸に、村の出入り口へと振り返り歩き出そうとしたその瞬間、


 サーーーーーー


 異様な気配が身体全身を襲い、瑞樹はぴったりと身体を固定されたように一歩も動けなくなってしまった。それは目の前に平然といる得体の知れない"何か“を見てしまったからである。

 おそらく生き物でおそらく人間、そしておそらく自分の常識から欠如したやばい"何か“。そうとしか言いようがない者が突如として目の前に現れたのである。

 人間のようなフォルムをしているのだが全身が真っ暗なのである。それは黒いタイツを全身に装着したり、黒い絵の具を全身に塗りつけたりして全身を黒く見せているとかそういった次元の話ではなかった。

 まさに漆黒。ためしに手をかざすとブラックホールに吸い込まれるようにしてそのまま消滅してしまうのではないかと感じてしまうほどである。


 スッ


 その"何か“は気がついた時には瑞樹のすぐ目の前に立っていた。移動している瞬間を全く捉えることができず、脳の処理が間に合っていないかのような感覚であった。瞬きするうちに動いたのだろうか。とにかくやばい。わかることはそれだけだ。

 その"何か“は瑞樹の周りを歩きながら、色んな角度から一通り物色してきた。その間瑞樹は何もすることができず、ただただ泣きそうになるのを堪えているのみだった。なんなら呼吸をしていいかどうかすら恐ろしさのあまり考えてしまうほどである。

 するとその"何か“は大きくため息のようなものをついた。よく見ると漆黒の顔面の中だけに口だけがくっきりと姿を表していた。その姿はただ真っ暗なだけよりもむしろ悍ましさや異端さを強く感じさせた。

 そして気がついた時には瑞樹の元を離れ、10メートルほども離れた先に移動していた。するとその"何か“の足元から魔法陣のようなものが姿を現しそこから上へ目掛けて紫色の光が放たれ"何か“を包み込んだ。


 これもしかして瞬間移動かなんかで帰る気なんじゃ……‼︎


 そう思った瑞樹はようやく身体を動かすことができた。相手は全く得体の知れない"何か“だが、この世界で初めて会った人間である。藁にもすがる思いで勇気を振り絞った瑞樹はこう叫んだ。


「あなたが俺をこの世界に召喚したんですか‼︎⁉︎」


 村人が全員避難し終わり未だに炎が燃え広がっている中に、複数人で様子を見にきたわけでもなく単独で、しかも馬車を使わずに瞬間移動で来た。明らかに謎めいた行動原理である。そうなってくるとこの"何か“は高確率で自分の今の状況を理解し、見に来たということで間違い無いだろうと瑞樹は思った。出なければあんなにマジマジと見つめてきたりはしないだろう。


「……………。」


 "何か“は無反応である。本当にそのまま居なくなりそうな勢いのままだ。


「待って‼︎お願いします‼︎俺を元の世界に帰してください‼︎‼︎‼︎」


ザァァァァアッ‼︎‼︎‼︎


 気がつくと"何か“はまた一瞬のうちに瑞樹の目と鼻の先に移動していた。身体を前のめりにし、まさに瑞樹に今の発言の真意を確認したいかのような動きを見せた。あまりの恐怖に腰が抜け、倒れ込んでしまったが、なんとか言葉を発した。


「………はぁ。その………。スマホが圏外だからソシャゲのログインボーナスも受け取れないのよ………。それに買ったばかりの漫画とラノベも読みたいし。今年こそはパルダリメイクが来るかも知れないからそれもやりたい。家族にも会いたい。しばらく帰省してなかったし。」


 瑞樹が次々と現実に帰りたい理由を説明した。そう。彼は"この異世界で生き延びる"ことよりも"現実世界に帰りたい"ということの方が願望として勝ったのである。

 "何か“はしばらく同じ体勢のまま動かず、みずきの言葉の意味が理解できないのか、考え込んでいるようだったが、


 ニヤァァァ〜


 唐突に口が動き満面の笑みの表情を見せた。もちろん口しかないため本当の感情は読み解けているか定かでは無いが。


 サッ


 気がついた時にはすでにその"何か"は姿を消していた。


「………。もう、なんだったんだよ…………。」

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