第1章 第2話 『ただいま異世界』
第1章 第2話 『ただいま異世界』
ドゴォォォォォン…‼︎‼︎‼︎
「きゃあああぁぁぁ〜〜〜‼︎‼︎‼︎」
凄まじい轟音と共に人々の叫び声が耳に入ってきた。しかし何も見ることができない。目の前は真っ白である。
「うぇぇぇ〜〜ん‼︎」
今度は赤子の泣き声が聞こえる。明らかに自分の周りで人々が泣き叫び、逃げ惑うような一大事が起きている。しかし自分は体を起き上がらせることができない。
パキパキッ‼︎ドドン‼︎
なんだ今の音…。何か木のようなものに火が燃え移り、そのまま倒れてしまったような感じだろうか。一体自分の身に何が起きているのだろうか。そもそもこの状態のままで自分は大丈夫なのだろうか⁇誰か俺に気づいてくれ‼︎誰か俺を助けてくれ‼︎
そう助けを求めた瑞樹だったが、結局誰からも声をかけられるような気配もなく、そのまま眠るように意識を失ってしまった。
ヴァニシウス暦601年2月9日18時
バンフィルド村
「うわぁぁぁぁ〜〜‼︎‼︎‼︎」
悪夢を見た後のような勢いで瑞樹は目を覚ました。まあ悪夢のような恐ろしさを感じたのは事実なのだが。
「はぁ。はぁ。ここどこ⁉︎」
ベタなセリフを言いながら瑞樹はようやく目を開け、自分と周りの状況を確認することができた。まず自分の姿だが、駿太郎と共に出かけ、家に帰宅する前のそのままの格好をしていた。ズボンの右ポケットにはスマートフォン、左ポケットには財布が入っており、パーカーのポケットにはハンカチとティッシュが入っていた。口に付けていたマスクは、片方の紐が切れて使い物にならなくなってしまっているが、一応捨てずに取っておくことにした。
「まずはここから出るか。いてっ‼︎」
地面に手をつけて起きあがろうとした瞬間、軽い痛みが走った。どうやら左手のひらを切ってしまっているらしい。他にも何箇所か服が切れていたり、足からも痛みが走ってきてはいるが、どれも軽い擦り傷や軽い打撲でそこまで大きな問題ではないだろう。
そして、ここから出るか。という発言についてだが、現在瑞樹は大きな穴のようなものの中央に倒れていたのである。穴と言っても小さくて細長いものではなく、アスレチックの蟻地獄のような、また月のクレーターのような幅広く浅い半球のような穴である。
どうして自分を中心にそんなものが出来上がっているのか不気味で仕方がないが、今はやれることをやるしかない。
まずはスマートフォンを取り出し連絡ができるかどうか確認した。しかし画面に表示されたのは圏外という2文字。
今時よほどの山奥でない限りその文字を目にすることはないが、実際に圏外という文字を見てさらに恐怖感や孤独感が瑞樹に覆い被さった。まさに予想される最悪の状況である。そして自分のいた穴を抜け出すと、追い討ちをかけるような光景が目の前に姿を表した。
「なんだよ…これ…。何がどうなってんだよ…⁉︎」
瑞樹の目の前に現れた光景はまさしく中世か
ら近代の西洋の世界を思わせる作りの家屋が立ち並ぶ村のような小さな集落であった。
しかしその実態は全く平穏とはかけ離れているものであった。火事によって燃え尽きてしまった小屋や現在進行形で燃え続けている家屋まである。村を囲っている巨大な柵のような壁にも火が燃え移っており火の海の中にいるようなまさしく地獄絵図である。そして瑞樹はその火の出所が自分のいたクレーターから広がっていることに気づく。
「まさか…。俺のせいってことはないよね…⁇」
自分の身に何が起きているのか全く検討がつかない上に、自分のせいで村が火の渦に包まれているということまでわかり、瑞樹の精神の不安定さはますます増した。
「誰か………。誰かいませんか〜〜〜‼︎‼︎」
村の住民の無事を確かめるため、また自分の罪の意識を少しでも晴らしたいため、生存者を探すべく瑞樹は一つ一つ家屋の中を覗き始めた。流石に現在進行形で燃え広がっている建物には入ることができないが、既に燃え尽きてしまった家屋や火から逃れることができている家屋を片っ端から物色していく。
生存者を1人も確認できないまま、瑞樹は最後に穴から1番近く、屋根が完全に崩れ落ちてしまっている家屋に手をつけた。元々屋根だったのか最早区別することができない瓦礫を払い除け、部屋の中を確認する。すると何かが燃え尽きたような真っ黒な物体を見つける。
「なんだ………⁇これ⁇」
その物体に手を触れようとした時、瑞樹は恐ろしい真実に気づいてしまう。触れようとしたその物体が人間の体の形状に限りなく近いということに。
「もしかして…これ…⁉︎」
そう。それはまさしく人間の焼死体そのものであった。大きさ的に成人済みの大人であることはわかったが、もはや男性か女性か区別ができないほどそれは燃え尽き真っ黒に焦げきってしまっていた。
「うぉぉえあぁ?ぇえ〜〜。」
受け止め難い事実に体が拒否反応を起こし、瑞樹は嘔吐してしまった。当然彼は死体などを直接見た経験などなく今までの人生で1番の衝撃だったのは間違いないだろう。
その後、日は落ち少しずつ肌寒さを感じる時間帯となった。少しは精神を落ち着かせることができた瑞樹は川の水をバケツに注ぎ、1人で消火活動を行っていた。しかしバケツ一杯の水では消火しきれない家屋がほとんどであった。そのため火が燃え広がっていない家屋を一つ選び、その周りに打ち水のようにして水をかけまくり、多少の水溜りができるほどに水を集中させた。他にもバケツをいくつも常備し、寝床の周りに設置した。
「これだけすれば寝てる間に燃えて死ぬなんてことないよね⁇」
若干怖がりながらも、瑞樹はこの燃え盛る村で一夜過ごすことに決めた。燃えている家屋からは遠く、大丈夫だろうと根拠のない理由ではあったが、真っ暗な村の外に出るよりはマシだろうと考えた。この得体の知れない異世界で何もわからないまま夜中に外出する度胸はない。
「村が丸ごと燃えてるおかげでいつでも暖を取ることはできるな。」
不幸中の幸いとでもいうのだろうか。炎はすぐに手にすることができる。こんな時のために自分1人で火起こしできるようにサバイバル系の動画でも見ておけばよかったと少し後悔した。
そしてやはりサバイバルで最も重要な食料問題だが、瑞樹は驚くべきものを部屋の中から見つけていた。
「にしてもこれには驚いた……。どう見てもただの木箱でしょこれ。」
瑞樹が目にしたもの。それは氷漬けにされたタンスのようなものである。中には肉や野菜などの食品がたくさん入っており、どれも冷凍保存されているようであった。
「これってもしかしなくても魔法の力なのでは………⁇少し興味が湧いてきたぞ。」
こうして冷蔵庫の中の肉や野菜をテキトーに火で炙り晩ご飯を食べ終えた。
「こんなことならハンバーガーなんかじゃなくてもっと栄養のあるものを食べとけばよかったな〜。あ、でも結局さっき吐いたから意味ないか。」
独り言を呟きながら瑞樹は寝床に横になった。そして精神を落ち着かせた時、考えもしていなかった重要なことに次々と気づく。
「風呂に入ってないな。」
一つ目は風呂に入っていなかったということである。大きなタライのような桶のようなものは目についたがあれがこの世界の風呂なのだろうか。瑞樹は比較的代謝が悪く汗をかかないタイプなので1日くらい大丈夫だろうと諦めた。実際は心身ともに疲れており、これ以上動きたくないというのが大きな理由だったのだが。
二つ目にさらに重要なことに瑞樹は気づいてしまった。
「1Dayのコンタクト……付けたままだな。」
瑞樹は視力が平均より少し低く、外出する時はメガネかコンタクトを付けていないと恐ろしくて何もすることができない。ただでさえ得体の知れないこの異世界で、視力が低いまま攻略することは彼にとって苦行以外のなにものでもない。
「1Dayのコンタクト付けたまま寝ていいんですか………⁇ってか1Dayのコンタクトって何日もつんですか………⁇」
異世界に来たということと同等レベルの不安が意外なところから押し寄せてきてしまった。この絶望的な状況でどうやってこの世界で過ごすかというよりも、自然と自分の中から湧いてきた願望。それは…
「やっぱ………元の世界帰りた……」